スタンピード(7)
「死体だけあれば良いって言われてるから、遠慮なく殺すね」
オリヴィエーロが笛を鳴らすと、何処からか拳大の翅の付いた蟲が無数に集まり、一斉に輝夜へと襲いかかる。
輝夜がその内の一匹を銃で撃ち抜くと、その場で爆発して酸性の体液を撒き散らす。
咄嗟にその場を飛び退いて難を逃れる輝夜。
「虫ってだけでキショイのに……」
《観てるだけで吐きそう……》
《虫型のモンスターはこれだから嫌いなんだ》
《可愛いと思うんだけど、虫》
体液を被った他の個体も同様に爆発し、広範囲に酸性の体液が飛び散り、白煙を上げて地面や岩を溶かしていく様を見ながら顔を顰める。
「ほらほら、どんどん行くよ!」
オリヴィエーロは人差し指を輝夜に向ける。彼の背後の空間に黒い穴が開き、そこからカジキマグロのような鋭い口先を持ったトビウオのようなモンスターが勢いよく射出される。
「ブーストスクエア」
輝夜はナイフを手に取ると、前方に跳躍し、向かって来るトビウオへと突っ込んで行き片っ端から斬り落としていく。
連続して甲高い音が響き、その度に両断されたトビウオが地面へと落ちる。
勢いそのままにトビウオの群れを抜けた輝夜は、ナイフを逆手に持ち変えて、オリヴィエーロに殴りかかる。
しかし、拳が届くよりも先に虫型のモンスターがオリヴィエーロの背中を掴み、上空へと連れ去る。
「君の戦闘スタイルは配信でいくらでも観ることができた。ブーストってスキル、一つしか強化出来ないんでしょ」
そう言ってオリヴィエーロは笛を吹き鳴らす。
《バレてる……》
《有名人だし、戦闘スタイルも研究されてるか》
《だとしたら、流石に不味いんじゃね?》
上空に無数の黒い穴が出現したかと思うと、そこから虫のモンスターが大量に湧いて出る。
「肉体にリソースを割いている今、銃の強化はできない。上空から絶え間なく攻撃を続ければ、何れは押し込める」
オリヴィエーロの合図で一斉に襲いかかるモンスター。
《落ち着けよお前ら。よく考えろ》
《深層ソロで踏破する化物だぞ?》
《ちょっと研究したくらいで倒せるレベルか?》
「……ナディ、アイテムボックス」
『はいはい』
しかし、輝夜は一切動じる事なく、アイテムボックスから6本の銃身を持つガトリングガン、M134機関銃を取り出す。
抱えるようにして持ち上げ、上空に銃口を向けてトリガーを引く。
「デデン♪デンデデン♪デデン♪デンデデン」
楽しげに口ずさむターミネーターのテーマソングと共に毎分三千発も発射される7.62x51mmのNATO弾により、モンスターの群れは瞬く間に駆逐されていく。
《ほらな》
《確かに。いらない心配だった》
《ターミネーターの鼻歌を歌いながら、ガトリング掃射するJK》
《一個人が所有して良い代物じゃなくて草》
《どこで手に入れたんだ》
《政府が頑張ったんじゃね?》
《そういえば政府公認なの忘れてた》
「……は? な、何、それ……何でそんなの持ってるんだよ……」
個人で所有するにしては明らかに過剰な銃火器を見て、唖然とするオリヴィエーロ。
《そりゃ誰だってそういう反応するよな》
《遺物はめちゃくちゃ強いし、物量で押す作戦は正解だった》
《実際、あの数のモンスターを無傷で一方的に倒す方がおかしい》
《相手が悪かった》
「趣味で買ったんだ」
地下室に埃を被って放置されている厳ついミニガン。そんな映画のワンシーンを再現したくて購入した、半ば観賞用の銃火器。最も、地下室なんてものは持っておらず、クローゼットに置いておくのも邪魔であるため、アイテムボックスの肥やしとなっていたのだが。
《……ん? 今なんて言った?》
《趣味で買った!? ミニガンを!?》
《電動ガンでいいだろ!》
《戦争でも始める気か!?》
「使い道があって良かった」
輝夜はそう言うとオリヴィエーロにミニガンの銃口を向ける。
「ひっ……ド、ドラゴン! 僕を守れ!」
そんなもので撃たれたら蜂の巣どころか、原型すら留めない。オリヴィエーロは恐怖の余り短い悲鳴を上げ、慌てた様子でドラゴンを呼ぶ。
しかし、ドラゴンがそれに応じることはない。
◇◆◇◆
芹矢と対峙したドラゴンが空気が裂けるような咆哮を上げる。口の端か炎が溢れたかと思った次の瞬間、勢いよく火炎が放射される。
芹矢は迫り来る炎を前に一切動じる事なく、むしろマスクの下で笑みさえ浮かべる。一瞬にしてドラゴンの背後に回り込み、悠然とドラゴンの頭上に降り立つ。
「あのガキんちょには礼を言わねぇとな。お陰で暫く仕事しなくて済む」
ドラゴンは鬱陶しい虫を払うように首を振り、芹矢を振り落とそうとするが、芹矢はドラゴンの首にしがみついて離れない。
「とはいえ、どうやって倒すか……」
ドラゴンの素材はかなりの高値で取引されるため、出来るだけ傷のない状態で倒すにはどんな方法が良いかと考える芹矢。
「ま、コレでいいか」
内ポケットから医療用のメスを取り出して軽く振る。たったそれだけで、斬撃でも飛んだかのようにドラゴンの首が切断される。
◇◆◇◆
アリアから発せられる絶対者のオーラを感じとったドラゴンは、対象が獲物ではなく敵であると理解し、口から炎弾を吐く。
「自分の眼前に立っているのが何であるかの判別ができる程度には賢いようだな」
アリアは片手で振り払うようにして炎弾を弾く。火傷を負うものの吸血鬼の驚異的な回復力によってすぐに治癒されていく。
「よい攻撃だぞ。それに免じて、苦しませずに殺してやろう」
アリアは血を硬めた刃を飛ばし、ドラゴンの首を切断する。
◇◆◇◆
「ドラゴンを……瞬殺……?」
芹矢とアリアがドラゴンを容易く屠ったのを目の当たりにしたオリヴィエーロは、その現実が受け入れられず、呆然としたまま固まる。
《アリアちゃんはともかく、あの仮面の男はマジでなんなんだ?》
《魔葬屋だと思ってたけど、全然違うな》
《なんかテレポートとか、メスでドラゴン斬ってたけど……スキル?》
《スキルか、もしくは遺物かだろうな……けど、あんなスキル持ってるプロ居たっけ?》
《思い浮かばないけど、また埋もれてたってパターンでは?》
《ハンターポイント制度のせいで埋もれてる猛者、他にも居るだろこれ》
「何ぼけーっとしてんの?」
ミニガンを投げ捨てて大きく跳躍した輝夜は、オリヴィエーロの足を掴んで力任せに引き寄せる。
「っ!? しまっ!」
オリヴィエーロの体から虫を引き剥がし、彼を抱えたまま地面に着地すると、彼の背後に回り込んで襟を掴み、ブーストをオフにして平手で思いっきり彼の尻をひっぱたく。
「いっ……!」
予期せぬ痛みに、肩を跳ね上がらせて背筋を伸ばすオリヴィエーロ。
そして無防備になった腹の右側、肋骨の下辺りを指先で突く。
「うぶっ……」
直接肝臓を突かれ激痛にオリヴィエーロは苦悶の表情を浮かべ、震える体をくの字に折り曲げ、膝から崩れ落ちる。
《これは痛い。総合格闘技やってたけど、マジで悶絶する》
《ラバーショット的なやつか》
《内臓直接やられるからな……》
輝夜はゆっくりとした動作で呼吸もままならず、ただ蹲るオリヴィエーロの首から笛を奪いとる。
「か……えっ……!」
「やーだよー」
笛を取り返そうと伸ばす手を足で払い退け、笛を芹矢に投げて渡す。
笛を受け取った芹矢は鑑定で笛の使い方を探り、唄口を服の裾で拭ってから口に咥えて吹き鳴らす。モスキート音に似た高い音が鳴り響き、その音の不快さに顔をしかめる輝夜だが、芹矢にその音は聞こえないようで、何も鳴らないと不思議そうに首を傾げて何度も吹き鳴らす。
「うるせぇ! ちゃんと鳴ってるよ!」
輝夜は耳を押さえて、芹矢にそう言う。
「アリア、手足縛って」
「よかろう」
アリアの魔法により手足を拘束し、四つん這いの状態にさせ、尻を平手で叩く。
限界まで伸ばした輪ゴムで弾いたような乾いた音が鳴り響き、オリヴィエーロから苦痛の滲んだ声が漏れる。
《これは決着だな》
《終わったな》
《ジャイアントオーガの進軍も止まったってさ。あとは各個撃破で掃討していくって》
《これで一件落着か。結構被害多かったな》
《一応、まだ戸塚エミの救出残ってるからな》
輝夜はその後も容赦なくオリヴィエーロの尻を叩き続ける。
「や、やめっ……! あぁっ……!」
肝臓を突かれた痛みと、尻を執拗に叩かれる痛みから呼吸が乱れ、顔を真っ赤にして口の端から涎を流す。
《……これは……ちょっと……》
《これ大丈夫? 彼、新しい扉とか開かない?》
《オネショタ尻叩き……閃いた》
《お巡りさんこいつです》
オリヴィエーロの言葉に耳を傾ける事なく、輝夜は満面の笑みで彼の尻を叩き続ける。
「悪さをした子供を躾るなら、尻叩きって昭和の時代から決まってるんだよ」
「ふざけるなっ! 今は令和だぁ!」
オリヴィエーロの言葉を遮るように、再び尻を叩く。
「エミさんはどこ?」
「……教えるもんか」
もう一度叩く。
「エミさんの居場所は?」
「こんな事をしでぇっ!」
叩く。
「手駒はやられて、笛も自由も奪われて、君が出来る事は何もないんだよ?」
輝夜はオリヴィエーロの腹に手を伸ばし、肋骨の下辺りを軽く押す。
また肝臓を直接やられるのではないかと思ったオリヴィエーロは先ほどの痛みを思い出し、短い悲鳴を上げて肩を震わせる。
「ほれほれ、早く言いなよ」
グリグリと軽く押しながら口許に笑みを浮かべる輝夜。
《これ楽しんでるよな》
《意外ととSっ気ある?》
《相手は極悪人とはいえ、絵面が児童虐待なんだよなぁ》
《自業自得ではある》
「……ひっ……わかっ……た……」
屈辱的な仕打ちに耐えかねたオリヴィエーロは涙を流して下唇を噛みながらも、戸塚エミの居場所を話す。女木島にいくつかあるビジネスホテルの一室に眠らせているらしく、輝夜は外に居る夕香に連絡してビジネスホテルを探すように伝える。
「話したんだから……もう解放して……」
「まだ、ごめんなさいって言ってないよね?」
四つん這いのオリヴィエーロの目の前でしゃがみ、微笑みながらそう言う輝夜。
「ご……ごめんなさい……」
オリヴィエーロは怯えた表情で、今にも消え入りそうなか細い声でそう言う。
「よく言えました。とはいえ、君の身柄は政府に引き渡さなきゃいけないから、しばらくは大人しくしててね」
輝夜は満足そうにそう言うと、オリヴィエーロの頭を軽く撫でてから立ち上がる。
「さて、後は夕香さんがエミさんを助け出したら終わりかな? それまで少しコメントとお話してようか」
《あのマスクの人は何者?》
「昔からの知り合いだよ。腐れ縁」
《あの人はどんなスキルや遺物を持ってるんですか?》
「それは教えられないかな。他人の手の内をベラベラと教えるのはちょっとね」
暇潰しにコメントを読んだり、少し雑談をしていると、夕香から戸塚エミを救出したという連絡が入る。彼女らと合流するために配信を閉じ、オリヴィエーロを連れてダンジョンを後にする。
◇◆◇◆
「輝夜さん、戸塚エミさんの身柄は確保し、今はヘリで病院に搬送していますが、容態に異変はなく、命に別状はないようです」
「よかった。これ、主犯ね」
輝夜は肩に担いでいたオリヴィエーロを地面に下ろす。
「本当に子供とは……いえ、後は私の方で護送します」
本当に少年であることに驚く夕香だったが、すぐに気を取り直し、スマホで連絡を取ってオリヴィエーロの護送の手続きを始める。
「それからもう一つ、香川県高松市のジャイアントオーガも進行を停止。自衛隊とハンターの共同で残存勢力の殲滅に当たっています。新見さんと周防さんもそちらに向かいました」
淡々と事務的に報告する夕香。
「そっか、それじゃあ僕の仕事は終わり?」
「はい。そうですね」
「終わりだってよ」
「んじゃ、俺は帰る。暫くは遊んで暮らすわ」
芹矢はそう言うと、一人だけテレポートでさっさと帰っていく。
「輝夜さんには話がありますからハンター協会までご足労願います。本当は芹矢さんも一緒に来てほしかったのですが、仕方ありませんね」
はぁとため息混じりにそう言う夕香。
「……」
「そんなあからさまに嫌そうな顔をしないでください」
「早く帰って酒飲みたい」
「もうお酒飲みながらで良いですから来てください」
夕香は投げやりになってそう言う。
「わかった。じゃあ行こう」




