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スタンピード(6)

 突然走り出した輝夜を、夕香達は追いかけようとする。

 芹矢は夕香の肩を掴んで止める。


「ダンジョンに居るとは言ったが、洞窟の外に居る可能性もあるだろ。お前らはそっち探せ」

 

 輝夜達と居ても戦力的に足手まといとまではいかないが、ほとんど役に立たないという事は十分に理解しているものの、先の戦いぶりから、二人に任せるとオリヴィエーロを殺しかねないと思った夕香は芹矢の提案に渋い表情をする。


「夕香さん。ここは彼の言う通り、我々は他の場所を探しましょう」

「……わかりました。ですが、オリヴィエーロは生け捕りです。絶対に殺さないでください。絶対ですよ」


 新見の言葉に夕香は渋々頷くと、しつこいくらいに念を押してから来た道を戻る。


◇◆◇◆


「おい一人で突っ走んなアホ。追いかける方の身にもなれ」


 ダンジョンゲートに飛び込もうとしていた輝夜に、テレポートを併用しながら全速力で走って追い付いた芹矢は、少し息を切らせながら悪態をつく。


「他の三人は?」

「適当に言いくるめといた」

「うい、じゃあ行こうか」


 輝夜はそう言うとダンジョンゲートに入る。

 一階層は周囲を海に囲まれた絶海の孤島。常に曇天で薄暗く、強風が吹いて波が荒れている。

 鬼ヶ島大洞窟のダンジョンは三階層からなる浅いダンジョンである。ただし、三階層攻略は非常に困難。オーガが出る事もそうだが、それ以上に問題となるのは次の階層へ降りるのに危険が伴うという事である。


 鬼ヶ島大洞窟ダンジョンの二階層に降りる場所は海底にある。

 渋谷のダンジョンも下の階へ降りるために水中に潜る必要があったが、鬼ヶ島はその比ではない。

 鬼ヶ島大洞窟のダンジョンの海は、白波を立てながら渦巻く渦潮が頻繁に発生する。そして海には鮫のような肉食のモンスターも生息している。

 大抵は下の階層に行く前に渦潮に飲まれるか、モンスターの餌になるかのどちらか。挑んだハンターの大半が、一層を突破できずに攻略を断念する。

 公式にこの鬼ヶ島を攻略した事があるのは氷室透しか居ない。

 そう、公式には。


「懐かしいな。オーガがスキルの練習相手に丁度良かったんだ」

「銃だと急所に当てないと倒せないから、ちょうど良い練習相手だった」


 芹矢も輝夜も、鬼ヶ島ダンジョンに足しげく通っていた時期があり、二人ともソロで踏破している。

 二人は躊躇うことなく荒れ狂う海に飛び込む。

 頻繁に発生する渦潮の中から、一際大きい渦潮に向かって泳ぎ、自ら渦潮へ飲みこまれていく。

 流れに身を任せて海底へと沈んでいくと、やがて洞窟の入り口にたどり着く。

 海底まで泳ぐの面倒だけど渦潮に飲まれたら楽にいけるじゃんという、輝夜の馬鹿げた発想から生まれた攻略法である。


 海底であるにも関わらず洞窟内に水が入ってくる事はなく、一度洞窟内に足を踏み入れれば、問題なく呼吸する事が出来る。


 洞窟内を進んでいくと、下の階層に降りる為の階段があり、それを降りれば荒れ地が広がっていた。

 岩石のように硬くなり、ひび割れた地面。枯れかけた雑草や低木が申し訳程度に生えている程度。

 しばらく適当に進んでいると、ドスンドスンという地響きのような足音と共に、一体のジャイアントオーガが現れる。


「お、ようやくお出ましか」


 輝夜はさっそく魔法を試してみようと思い、遺物を取り出す。

 目の前にウィンドウが現れ、使用する事が出来る魔法の名前が表示される。現在使える魔法は二百を超えていた。

 

「とりあえず……これ使ってみるか、ブーストスクエア、グランドストレングス!」

 

 どうせなら派手にやってやろうと思った輝夜は、ブーストスクエアで魔法の威力を底上げした上で、適当に目に付いた魔法をジャイアントオーガに使う。

 しかし、何も起こらなかった。


「あれ?」


 魔法が不発したのかと、輝夜は首を傾げる。


『あーあ』


 ナディが呆れた様子でそう呟く。

 直後、赤いオーラに包まれみるみるうちに体が肥大化していくジャイアントオーガ。

 風船のように膨らみ、最終的に破裂する魔法だと思った輝夜は、後ろに飛び退き、飛び散ってくるであろう血や肉片に警戒しつつ、爆発する瞬間を見ないように腕で顔を覆う。


『アンタ、それ強化魔法よ』

「……え?」


 ナディの声に、輝夜はジャイアントオーガに視線を戻す。

 少し目を反らしていた間に二倍以上の巨体に膨れ上がり、高さは十メートルに届かんとしていた。


「普通はストレングスで気付くだろ。マジで学がねぇな」


 芹矢はそう言って輝夜を嘲笑する。


「うるさいぞ」


 輝夜はお前も同じ高校だったろと内心で言い返しながら、拳銃をスクエアで強化してジャイアントオーガの頭に銃弾を放つ。

 しかし、銃弾はオーガの頭を撃ち抜く事はなく、額に当たって弾かれる。


「ダメかぁ」


 普通の弾丸ではジャイアントオーガの肉体に傷を付けることは出来ない。その強靭な肉体をスクエアで効果を底上げした魔法で更に強化をしたことにより、スクエアで強化された弾丸すらも弾き返す程の肉体となってしまったのだ。

 スクエアで強化した銃よりも強い武器など、輝夜は持ち合わせていない。

 つまり、輝夜ではあのジャイアントオーガを倒すことは出来ないという事だ。


「芹矢、ちょっと手伝ってよ」

「てめぇのケツはてめぇで持ちな」


 芹矢のスキルであれば、どれだけ硬かろうとも関係なく倒せるため、輝夜は彼に丸投げしようとするもバッサリと断られる。


「……ナディ」


 困った表情でナディに助けを求める輝夜。


『はぁ、仕方ないわね』


 ナディは溜め息を付くと、輝夜に魔力を渡す。

 その瞬間、光を屈折させて可視化できるほどに濃密な魔力が全身から立ち上り、空気がビリビリと震える。


「ブーストエクステンド」


 ブーストによる身体強化は、五重が輝夜が制御できる限界である。しかし、銃へのブーストに制御できる限界はない。

 ブーストエクステンドは延長という意味の通り、魔力が続く限り永遠にブーストを重ねるものである。一秒経過する毎にブーストを五つ重ねる事が出来る。

 二秒経った辺りで銃をジャイアントオーガに向けて撃つ。

 十にも重ねたブーストにより強化されたそれは、もはや銃と呼べる代物ではなくなっていた。

 銃声が輝夜の耳に届くよりも速い。音速を遥かに超えた速度で弾き出された弾丸が、ジャイアントオーガの頭を、スイカが爆発したかのように粉砕する。

 肉片が周囲に飛び散り、首から噴水のように血を吹き出して膝から崩れ落ちる。


「頭の悪い力業だ」

「うるせーよ」


 鼻で笑う芹矢にそう言い返した輝夜は、先へと進んでいく。

 しばらく進んでいると、再びジャイアントオーガが現れる。


「よし、次こそ……エアスライサー!」


 ナディがよく使う魔法を見つけた輝夜は、これならばさっきのような失敗はしないだろうと思い、ジャイアントオーガに向けて魔法を放つ。

 空気の刃がジャイアントオーガの皮膚を切り裂く。多少の出血はあるものの、オーガにとっては大したダメージではない。


「おぉ! 魔法かっけー!」

 

 それでも輝夜にとっては魔法が使えたという感動の方が勝る。


『エアスライサー』


 ナディの飛ばした空気の刃がジャイアントオーガを縦に両断する。

 消費した魔力は変わらず、それでいて輝夜の魔法と比べ物にならない程の威力。

 輝夜が魔法を使うよりも、私が使った方が良いと言わんばかりの誇らしげな表情で、腕を組んで胸を張るナディ。


「……どうしてそういう事をするの?」


 悲しげな表情でナディを見る輝夜。


『あの程度の魔法で喜んでたから、高みを見せてあげたのよ』

「ブーストスクエア、エアスライサー」


 したり顔で言うナディを見た輝夜はムッとして、スクエアを使いジャイアントオーガの死体に向かって魔法を放つ。

 縦に両断されたオーガを今度は横に両断する。


『魔力の無駄使いね』


 どんなもんだと誇らしげな表情をする輝夜に、ナディは鼻を鳴らしてそう言う。

 スクエアは魔力の消費が激しい。

 肉体や銃の強化に使えば一定時間効果が持続されるが、魔法に使えば一度きり。魔法を使う度にスクエアを使うのはあまりにもコスパが悪い。

 良い遺物を手に入れたと喜んでいた輝夜だったが、自分で魔法を使える爽快感以外は、完全にナディの下位互換である。


「……た、楽しさはあるから」


 輝夜は遺物をポーチにしまい、代わりにマナポーションを取り出して一気に飲み干す。

 

「なんなら売るか? 三世代くらいは遊んで暮らせるぞ」

「魔法で遊びたいから売らない」

「贅沢な玩具だな」

 

 金よりも娯楽を優先する輝夜に、芹矢は半ば呆れ気味に呟く。

 他愛のない会話をした後に、二人は再びダンジョンの奥を目指して進む。

 ほとんどのオーガが出払っているためか、ダンジョンには殆どモンスターが残って居らず、ピクニックのような穏やかな道のりだった。

 暫く進んでいると、やがて巨大な岩に腰を下ろして輝夜達を見下ろすオリヴィエーロの姿が見えてくる。


「待っていたよ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべて輝夜達を見下ろすオリヴィエーロ。


「三階層に居ると思ってたんだけど」

「僕もそのつもりだったんだけど、何処から降りればいいかわからなくてさぁ」


 オリヴィエーロは楽しそうに笑いながらそう言う。


「君が座ってる岩を退かせば、下に続く階段があるよ」


 オリヴィエーロが座っている大岩を指差しながら教える。


「……そういうRPGの隠し階段みたいな感じなんだ」


 道理で探しても見つからない筈だと、オリヴィエーロは両手を上げて笑う。


「さて、早いとこ始めようか」


 輝夜はそう言いながら、アイテムボックスを開く。

 そしてアイテムボックスの中から一機のドローンを取り出して配信の準備を始める。


「……なにやってるの?」


 オリヴィエーロは不思議そうな表情で輝夜に尋ねる。


「配信準備だよ」


 ここまで来ればもう機密は関係ないため、思う存分に配信しても構わない。


「それは見ればわかる。なんで今さら配信をするのか聞いてるんだけど?」

「君の醜態を全世界に晒して、一生消えないデジタルタトゥーを刻むため」


 輝夜の言葉に、オリヴィエーロはやれるものならやってみろとばかりに鼻を鳴らす。


「おい。俺は顔出しするつもりはねぇぞ」

「じゃあ、これ被りなよ」


 輝夜はアイテムボックスからサイバーパンクな見た目のフルフェイスのマスクを取り出して芹矢に放り投げる。

 なんでこんなもん持ってんだよと思いながらも、芹矢は特に口に出さずにマスクを被る。

 輝夜はドローンを操作して配信を開始する。配信タイトルは【マヌケ旅団のクソガキにお仕置き!】である。


《防衛戦の方に居ないと思ったら別行動だったのか》

《なるほど、少数精鋭で本丸を倒すって事か》

《結構押され気味だから急いだ方がいい》


 配信を開始すると、ポツポツとコメントが書き込まれていく。


「今日はタイトルにもある通り、今からあのクソガキをお仕置きしてわからせます。ついでにモンスターを操ってる笛の遺物を回収してオーガの進行を止めます。それからエミさんを助けます」


《エミちゃんを頼みます》

《エミちゃんが心配》

《ところで、一緒に居る男っぽいのは誰だ?》

《防衛戦に居なかったし、背丈的に魔葬屋じゃね?》

《香川の方、ガチでヤバい》

《かなり苦戦してる》

《なんでサイバーパンクなマスク被ってんだ?》

《それは知らん。趣味じゃね?》


「そこに居る奴はただの置物です。気にしないでください。それと、あまり時間を掛けずに行きます」


 輝夜はサイバーパンクのマスクを被った芹矢を軽く紹介し、オリヴィエーロに向き直る。


「……ん、もういいかな?」

「律儀に待ってくれてありがとう」


 手首と足首を軽く回し、肩と腕のストレッチをして軽い準備運動をしながらそう言う輝夜。


「ヒーローの変身中は攻撃しないのと一緒だよ」

「悪いけど、ニチアサの時間帯は寝てるんだよねっ!」


 輝夜はスクエアを使い、オリヴィエーロに飛びかかる。

 オリヴィエーロに掴みかかる手前で上空から巨大な火球が降ってくる。逸早くそれに気付いた輝夜は空中で体を捻り、その反動で横に避ける。

 地面に着弾した火球は、周囲に炎を撒き散らして爆発して地面を抉り、黒煙が立ちこめる。

 あと少し気付くのが遅ければ、自分も巻き込まれていたところだったと、輝夜は冷や汗をかく。

 空から黒く巨大な影が輝夜達を覆う。見上げると、そこには巨大なドラゴンが彼女らを見下ろしていた。

 赤熱した岩石のような鱗に包まれ、口の端から溢れる炎。鋭く光るその双貌は輝夜達を獲物として見ていた。


《何でこんな所に居るんだよ!》

《ドラゴン!?》

《嘘だろ!?》

《最強クラスのモンスターじゃんか》


「良いだろう? ロシアのダンジョンで手懐けたんだ……(つがい)でね」


 ニヤニヤと笑みを浮かべてそう言うオリヴィエーロ。

 輝夜らの後ろ側の上空に、もう一体のドラゴンが逃げ道を塞ぐかのように姿を現す。


《ドラゴンが二体も……》

《もうダメだ……》


「洞窟の三人組といい、ドラゴンといい、君って面倒臭いね」


 溜め息混じりにそう言う輝夜。


「洞窟の三人組は知らないよ。大方どこぞの賞金稼ぎでしょ」


 彼女の言葉を聞いたオリヴィエーロは首を横に振って答える。


「それはそれで面倒だな……まぁ後で考えるとして、芹矢も手伝ってくれない?」

「あっちのドラゴンは受け持ってやるよ。素材は全部頂くぜ」


 後ろに居るドラゴンを指差してそう言う芹矢。


「お好きにどうぞー」


 輝夜は芹矢の方を見向きもせずに、軽く手を振って答えると、指輪からアリアを呼び出す。


「私がもう一体を受け持てば良いのだろう?」


 アリアはあくびをしながらそう聞くと、ゆっくりと上空で佇むドラゴンに視線を向ける。


「よろしくー。さ、これで三対三だ。続きをやろうか」


 オリヴィエーロに向き直った輝夜は、拳の関節を鳴らしてそう言う。



続きを投稿するのが遅くなって申し訳ありません。3~5日に1話くらいのペースで頑張りたい。

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