スタンピード(3)
六月二十四日。正午。女木島にいるオリバーの合図により、高松市沿岸部を埋め尽くす程のジャイアントオーガが姿を現す。数にして三千体。
時間も数も宣言した通り。
「ジャイアントオーガ来ます!」
「よし、戦車隊撃ち方用意! 建物への直撃は避けろ!」
撃ての掛け声と共に一斉に砲撃を開始する。あらかじめ設定された砲撃区域に、ありったけの砲弾を叩き込む。大気をたたき割る様な爆発と共に、大量の土砂が吹き上げられた。
120mmの榴弾の直撃を受けて、ジャイアントオーガの体が宙を舞う。それでも、ジャイアントオーガの驚異的な再生能力により、直撃以外はものともせず、雄叫びを上げて突っ込んでくる。
「直撃以外は効果なし! 凄まじい速度で傷が再生していきます!」
「構わん! とにかく撃ち続けて数を減らせ!」
百発以上の榴弾の雨を潜り抜け、さらに接近してくるオーガの群れに対して、輸送ヘリにより上空へと運ばれたハンターによって魔法が撃ち込まれ、さらに迫撃砲と機関砲による一斉射撃が行われる。
今回の防衛戦では、先ず沿岸部に向けて戦車による一斉砲撃を行い、次にハンターと迫撃砲による爆撃でジャイアントオーガを殲滅するという二段構え。
そして、それを突破したジャイアントオーガに対しては……。
「全員武器を構えろ! 一匹たりとも後ろに通すな!」
近接戦を得意とするハンターが複数人で一体のジャイアントオーガを取り囲んで各個撃破していく。
この三段構えによる作戦により、なんとかジャイアントオーガの進行を防いでいた。
しかしながら、ジャイアントオーガも少しは知恵が回るモンスターである。建物の瓦礫や乗り捨てられた車両を力任せに放り投げる。
戦車や機関砲の上空から降ってきた瓦礫によって戦車が押し潰されていく。
防衛戦における最大の火力は戦車による一斉射撃。その戦車の数が減れば、それだけジャイアントオーガは攻めやすくなる。
ジャイアントオーガの数は順調に減っているものの、その驚異的な生命力と膂力の前に自衛隊、ハンターらは徐々に劣勢を強いられていく。
◇◆◇◆
高松市で激しい防衛戦が繰り広げられて居る一方で、五名のハンターを乗せたヘリが女木島上空へと到達した。
「それじゃ、お先に」
「えっ、ちょっ……」
輝夜はそう言ってウインクをすると、夕香達が止めようと声を出す間もなくヘリから飛び降りる。
「男なら一度はやってみてぇよな」
そして芹矢もそう言うと数百メートルはある高さのヘリから、一切の躊躇なく飛び降りる。
常人なら墜死確実の高度だが、芹矢はヘリから飛び降りた瞬間に地面の手前までテレポートをして、そこから片膝を付き、拳で地面を叩くように着地する。
「スーパーヒーロー着地だ……本当に膝痛ぇなこれ」
「もしかして、家に置いてあったデッドプール観た?」
地面につく手前で、ナディの風魔法でゆっくりと減速しながら降りてきた輝夜は、膝を押さえる芹矢にそう聞いた。
「めっちゃ面白かった」
「なら、今度一緒にスパイダーマン観ようよ」
「トビーマグワイア?」
「いや、トムホランドの方」
女木島にもまだ多くのオーガが残っており、ヘリの音を聞いたのか、七体のオーガが集まって来る。
「気が向いたらな……さて、暴れるか」
指の骨を鳴らし、拳を強く握りしめた芹矢は地面が割れるほどの勢いでオーガに飛びかかると、目にも止まらぬ速さでジャブを放つ。
空間が歪み、風船が割れるような音と共に、オーガの頭が弾け飛ぶ。
仲間がやられた事で激昂したオーガ達は、一斉に咆哮を上げた。
並のハンターなら威圧感に飲まれ、たまらず耳を塞いで動きを止めただろう。
「久しぶりに運動すると気持ちがいいな」
それほどまでに恐ろしい咆哮を受けても、芹矢の動きは鈍るどころか更に加速していく。笑みを浮かべて軽口を叩く余裕すら見せる。
「テレポート」
芹矢は一瞬にしてジャイアントオーガの背後に回り込むと、手刀をジャイアントオーガの右肩に当てる。すると、手刀の先から見えない刃が放たれ、ジャイアントオーガの右肩から左脇腹にかけて両断されていく。断面からは噴水のように血が吹き出す。
「良いスキルよなぁ」
輝夜は鞄からカスタムの施されたアサルトライフルを取り出す。HK417。全長約一メートル、重量にして六キログラムを越えるライフルを、輝夜は片手で軽々と持ち上げる。
「ブーストスクエア」
そしてライフルにスキルをかけると、五体のジャイアントオーガに銃口を向けて引き金を引く。
スキルによって強化された7.62mmNATO弾のフルオート射撃は、ジャイアントオーガの強靭な身体を容易く貫き、頭蓋骨を粉砕し、傷口から大量の血をまき散らしていく。
マガジンに込められた二十発を全て撃ちきるのにかかる時間はたったの二秒。
僅か二秒で五体のオーガは物言わぬ肉片と成り果てた。
「オメェの方がよっぽどズルいスキルだろ」
程なくしてヘリがゆっくりと高度を下げてくる。
「ごちゃごちゃ文句を言われるのは面倒だ。先に行くか?」
「最初からそのつもりだよ」
二人はヘリから夕香達が出てくる前に、鬼ヶ島大洞窟を目指して走る。島にはまだジャイアントオーガが残っているものの、二人の相手ではなく、順調に洞窟までたどり着くことができる。
鬼が住んでいたと言われるだけあって、洞窟内は広く天井も高い。
戸塚エミが居るとするなら、恐らくはこの洞窟の最奥だろう。
洞窟の外に身を隠して洞窟内の様子を窺う二人。
洞窟内では、無数のジャイアントオーガが待ち構えており、輝夜が此処に来るのを待ち構えているかのようだった。
「これじゃ、先に進むにも一苦労だな」
芹矢がどうしたものかと考えていると、五十連発のドラム弾倉を装填したライフルを構えた輝夜が、躊躇うことなく洞窟に飛び込んで行く。
けたたましい銃声が数秒ほど続いた後、服に返り血を付けた輝夜が洞窟から出てきて、満面の笑みで芹矢に手を振る。
「やっぱアイツ化け物だわ……」
芹矢は若干引きながらも、洞窟の方に向かっていく。
洞窟の内部はオーガの死体から流れる血で染まっており、歩く度にピチャピチャと音がする。
「弾切れちゃった」
輝夜は弾の切れたライフルを投げ捨てると、鞄からショットガンを取り出す。
一挺何十万もする代物を平気な顔で使い捨てる輝夜。銃は強力な武器だが、弾がなくなればただの重り。魔力も温存しておきたいため、アイテムボックスを使いたくない状況ではさっさと捨てて少しでも身軽になった方が良い。
ジャイアントオーガを倒しながら順調に進んでいた二人だったが、輝夜が突然立ち止まった。
「ん? どうし――」
洞窟の奥から近付いてくる強い気配感じ、芹矢も立ち止まる。
暗闇に包まれた通路の奥から、大太刀を携えた一体のジャイアントオーガが近付いてくる。
他のオーガ達とは違う異質な雰囲気。
それは輝夜を一瞥するも、興味なさげに視線を逸らすと芹矢を見据えて大太刀をゆっくりと抜く。
「女の首はいらねぇってよ」
「武士かよ」
芹矢は輝夜の前に出ると、左手を輝夜の前に翳す。
「手出し無用に願う」
芹矢はそう言うと、ジャイアントオーガを挑発するように手のひらを上に向けて手招きをする。
「何ちょっと影響受けてんだよ」
輝夜は半ばあきれ気味にそう言うと、好きにしろと言わんばかりに、ショットガンを肩に担いで後ろに下がる。
芹矢に呼応するかのように、オーガは大太刀を上段に構えると足を擦るようにジリジリと間合いを調整する。
「輝夜ァ、なんか合図くれ」
輝夜は面倒だと思いながらも、ポーチからマナポーションを取り出し、それを一気に飲み干す。そして空になった瓶を壁に向かって放る。
ガシャンと音を立てて割れる空き瓶。それと同時にジャイアントオーガは上段に構えた大太刀を芹矢の首目掛けて、切っ先で天井を削りながら振り下ろす。
しかし、大太刀は芹矢の首を切断することなく、彼にあたる直前で空間が歪み、まるで刀の方から避けるようにして、彼の首をすり抜ける。
「フッ……それは残像だ」
「本体だろ」
「ああ、本体だ」
ジャイアントオーガは自分の大太刀の刃先を不思議そうに眺める。
「理解できねぇって面だな。教えてやるよ」
芹矢はそう言いながらゆっくりとジャイアントオーガの方へと近付いていく。
岩盤を削りながら無闇に大太刀を振り回すジャイアントオーガだが、すべて芹矢の体をすり抜ける。
「俺のスキルは空間操作。空間を自在に操ることができる。少し空間を弄ってやればお前の刀は俺に当たらねぇし、どれだけ防御が堅くてもそれを無視して攻撃できる」
芹矢は手前の空間を掴むと、それを手元まで引く。空間が歪み捻れる。
「慣れればこういう芸当もできる」
芹矢がパッと手を離すと、空間が戻りその勢いで衝撃波が発生する。
衝撃波によりジャイアントオーガの体が僅かに浮き上がり後方へと押し退く。
「ま、こんなのはただのお遊びだがな」
芹矢はそう言うと両手を付きだし、空間を掴む。
「このスキルの真骨頂を見せてやる」
芹矢は紙を破り捨てるかの如く、空間を引き裂く。
どれだけ強くとも、どれだけ硬くとも、紙に描かれたイラストにすぎない。空間ごと裂かれれば、そこに居るすべてのものは等しく切断される。
「名付けて【掟破り】」
真横に両断され、断面から噴水のように血を吹き出しながらゆっくりと倒れるジャイアントオーガを見ながら、芹矢は腕を組みどや顔でそう言う。
「……ぐやさーん! 輝夜さーん!」
洞窟の入り口の方から輝夜を呼ぶ声が響いてくる。
オーガを倒しながら進んでいた為、夕香達が追い付いてきたのだ。
「ありゃりゃ、追い付かれちゃったか」
逃げられないよう周防に首根っこを捕まれた輝夜は、両手を上げてヘラヘラと笑みを浮かべる。
「一人で勝手に突っ走らないでください! 一体何を考えているんですか!?」
独断専行が過ぎる行動に、今回ばかりは夕香も真面目な表情で説教をする。
「だって一人の方が……」
「だってじゃありません!」
「……悪かったから、そんな怖い顔で睨まないでよ」
鬼のような形相で睨み付ける夕香に、輝夜はおとなしく謝る。
「まぁ、その……俺達も一応はプロなんでな。ここまで来て何もしないじゃ、食って行けんわけだ」
「プロとしての信用にも関わりますので、ここから先は力を合わせて行きましょう」
なんとしてもついて行くという新見と周防の二人に、輝夜は諦めたように溜め息混じりに肩を落とす。
「……お好きにどうぞ」




