スタンピード(2)
「……プロハンターって、意外と多いんだね」
プロハンターの人数は七百余名。しかし、一万を越えるハンターの内の数%しかプロにはなれなと考えれば妥当な人数ではある。
『誰を選ぶのよ?』
「いやぁ、ぶっちゃけ誰でも良いんだよね」
『じゃあ、強い人選べばいいじゃない』
「誰が強いかなんて……」
輝夜はふと高専で聞いた話を思い出す。ハンターポイントに応じてプロ契約の打診が来る。ポイントが多いと言うことはそれだけ多くダンジョンに潜っているということになる。
輝夜はリストの中からハンターポイントが多い二人を選び、その二人を攻撃隊のメンバーとして加える旨のメッセージを夕香に送る。
キッチンからカップ麺を取り出してお湯を沸かす。待っている間にテレビをつけると、どこも女木島の話題で盛り上がっていた。これ以上、国民の好奇心と恐怖心を刺激する話は他にない。
テレビの画面ではコメンテーター達が各々好き放題に意見を述べている。
└三千体ものオーガを本当に殲滅できるのか。
└攫われた戸塚エミをどうするのか。
└今回の騒動で起きた被害の補填はどうなるのか。
└百足旅団の正体は一体なんなのか。
└すべてに関わっている朱月輝夜とは一体何者なのか。今後の動きについて。
└百足旅団と朱月輝夜の関係について。なぜ彼女は狙われているのか。
「契約者も有名なものだな」
様々な意見が飛び交うニュースを見ながら、カップラーメンを啜るアリア。
「それ僕のなんだけど」
「うむ、うまそうな匂いがしたのでつい」
「しょうがないな」
輝夜はキッチンからもう一つカップ麺をとりだしてお湯を注ぐ。
「ネットも貴様の話題で持ちきりだ。もっとも、良い反応ばかりではないがな」
そう言ってアリアは輝夜にタブレットの画面を見せる。そこには女木島のオーガも百足旅団も輝夜がすべて黒幕であると書かれていた。
「百足旅団の出てくる案件には全部絡んでるから、そういう陰謀論が出てくるのも不思議じゃない」
テレビは女木島のオーガについて焦点を当てて解説していく。
『女木島のオーガは通常のオーガと比べて巨大で非常に硬く分厚い皮膚を持っており、自衛隊の配備されている機関砲の35mmでようやく貫通。5.56mm弾では傷一つ付ける事ができません』
『今回の防衛は、自衛隊とハンターが協力するんでしょ? なのに自衛隊の武器が効かんってどないすんです?』
テレビに映った専門家の言葉に、ゲストが大袈裟な表情で尋ねる。
『遠距離から魔法と戦車や迫撃砲による爆撃が主になるでしょう』
『それだと街に被害がでるんとちゃいます? 街を守る自衛隊が街を壊すってアカンでしょ』
ゲストの発言を受けた専門家は、自衛権の発動について話をする。
自衛権発動の三要件は急迫不正の侵害があり、それを排除するために他の適当な手段がない場合にのみ、必要最小限度の実力行使が許される。
『この場合、自衛隊に配備されている小銃は効きませんから、戦車やヘリ、機関砲による火力制圧が最小限度の武力行使にあたるでしょう』
輝夜はテレビを消して、カップ麺を啜りながらアリアがタブレットで見ている掲示板を横目で覗き込む。
└なんで防衛メンバーのリストに銀の弾丸が居ないんだ?
└魔葬屋も居ないし、トッププロも何人か参加してないな
└なんか別の作戦とかあるんじゃね?
└もしかして、島に直接攻め込むとかかな?
└参加してないプロハンも上位数人だし、あり得るな
「極秘と言っていたが、なんだ気づかれているではないか」
「ハンターポイント順で選んだのはミスったか」
◇◆◇◆
その翌日。攻撃隊のメンバーと顔合わせをするために、輝夜達は再びハンター協会に足を運んでいた。
ハンター協会の地下には、ハンターが自由に使える訓練スペースがあり、輝夜、芹矢、夕香の三人はそこで他の二人が来るのを待っていた。
「他の二人が来る前に、芹矢さんにはこれを渡しておきます」
夕香はそう言って懐から一枚のカードを取り出す。
「ダンジョン出土品の取り扱い免許です。これがあれば正規のブローカーとして登録することができます」
「お、なんか色々と世話をかけたみたいだな」
芹矢は輝夜から免許証を受け取り、そのまま内ポケットにしまう。
それから程なくして訓練場に二人の男が姿を現す。
氷のように青い頭髪に透き通る海のような青色の瞳を持った眼鏡をかけた優男。もう一人は逆立った金髪に二メートルに迫るであろう巨体から、獅子を思わせる雰囲気を醸し出している。
「はじめまして銀の弾丸。お会いできて光栄です」
眼鏡を持ち上げながらそう尋ねる青髪の優男。ダンジョンの出土品を取り扱う大手企業を経営する社長でありながら、ハンターとしても活動している新見明。
「魔葬屋の姿が見当たらんな」
周囲を見回しながらそう言う獅子のような男の名前は周防多々良。
「氷室さんは今アメリカに居ます」
「なんだ、相変わらず忙しい奴だな。うちに来れば十倍の金を出すと言うのに」
夕香の言葉を聞いた周防は溜め息混じりにそう呟く。
「金になびくような男でもないでしょう。それよりも、本題に入りましょう。我々に課せられた責任は重大。銀の弾丸の実力は申し分ありませんが、そこに居る彼は一体何者なんですか?」
新見は眼鏡を持ち上げながら、暇そうに欠伸をしている芹矢に目を向ける。
「ん? あぁ、俺の事ね」
芹矢は面倒くさそうに着ているジャケットを脱いで輝夜に渡すと、軽くストレッチを始める。
「何してんの?」
「こういうのは、腕ずくでわからせるのが一番早い」
新見と周防の二人は芹矢の実力を疑っている。そのため腕ずくで黙らせてやれば、文句が出てくることはない……というのは建前で、ナメられているように感じてムカついたから、鼻っ面をへし折ってやろうと思っただけである。
「待ってください。怪我でもしたらどうするんですか」
肩をぐるぐると回しながら訓練場の中央に向かおうとする芹矢の肩を、夕香が掴んで止める。
「氷室といいお前といい、血の気が多いよねぇ」
「お前が一番血の気多いけどな。猫かぶり」
「お? 僕とやるか? ボコボコにしてやるよ」
口元に挑発的な笑みを浮かべて芹矢を挑発する輝夜。
「輝夜さん、冗談はそれくらいにしてください」
夕香は溜め息混じりにそう言うと、手を叩いて全員の注目を集める。
「よく知らない相手に命を預けるのが不安なのはわかります。ですが、芹矢さんは転移のスキルと鑑定のスキルを持っています」
夕香の言葉に驚きの声を上げる新見と周防。
「今回の作戦は、オリヴィエーロ・ビーストテイマーの身柄と遺物を確保し、オリヴィエーロの今回の侵攻を止めることにあります」
「なるほど、鑑定スキルがあれば遺物さえ確保すれば良いというわけか」
「しかしそんな希少なスキルを二つも持っていながら、これまで名前すら聞いたことがありません。彼は一体何者なんです?」
是非ともうちに欲しいとばかりに、熱い眼差しを芹矢に向ける。
「彼はダンジョン専門のブローカーです。これまで注目されて来なかったのは、裏方として国を支えてくださっていたからです」
「つまりは鑑定スキルを持つから抜擢された、非戦闘員と言うことか」
よくもまぁそれっぽい事をスラスラと言えるものだと思いながら、夕香を見る輝夜と芹矢。
「だが、このままじゃ後ろに隠れてろって言われねぇか?」
「言われるだろうね。間違いなく」
「となると、君は我々の後ろに下がり身の安全を第一に考えてくれ。我々が必ず守るので安心したまえ」
新見が芹矢にそう話しかける。
やっぱりなと思いながら、芹矢と輝夜は苦笑いを浮かべて顔を見合わせる。
「わーったよ」
芹矢は特に反発することもせずに、大人しく頷く。
輝夜も芹矢も、誰かと協力するつもりなどなく。女木島に降り立った瞬間から好き勝手動くつもりであった。
輝夜と芹矢は顔を見合わせると、静かに笑みを浮かべた。
◇◆◇◆
放送局から派遣されたカメラマンが、高松市沿岸部から五キロ以上離れた場所に構築されていく防御陣地をカメラに収めていた。
戦車や自走砲が並び、五機の戦闘ヘリと六機の輸送ヘリが配備されている。
「やっぱりこれだけの規模のスタンピードとなると、凄い規模ですね」
カメラマンは目の前の光景に感嘆の声を漏らす。
「しかもそれが人の手によって起こされたとなれば、国内外から注目も高い。どれだけの視聴率が稼げるか」
放送局の局長は、興奮を押さえきれず口許に笑みを浮かばせる。
今回の戦闘はダンジョン出現以降、初の大規模戦闘になる。国内のみならず国外からの注目度も高く、テレビによる中継が行われる事となった。
中継権を手に入れるために、各局が多額の予算を投じていた。
録画ではなくライブ配信。不慮の事態に備えて十五分程度の遅れはあるものの、一体どれだけの視聴率を叩き出すかわからない。
予算をすべてつぎ込んでもお釣りが来る。
「しかし、なんで放送を許可してくれたのでしょうか?」
「朱月輝夜の成功例があるからじゃないか?」
百足旅団の一件で落ちた支持率は、政府公認ライバーとなった朱月輝夜の活躍によって回復し、百足旅団の件以前よりも高いものとなっている。
それだけではなく、朱月輝夜の活躍によってダンジョン後進国である日本のハンター育成に注目が集まっている。
今回のテレビ中継はオーガの件で再び揺らいだ支持率を回復させ、さらに磐石なものにするための策略。そしてオーガを殲滅することで、二人のハンターの存在によって『辛うじてダンジョン先進国を保っている国』というイメージを払拭し、ダンジョン先進国としての立場を盤石なものにするためのアピールであると局長は考えていた。
「でもそれ、諸刃の剣じゃないですか?」
防衛に失敗しようものなら、政府への信頼は失墜する。
「腹を括ったってことさ」
失敗は許されない。多くのハンターや自衛隊員が命を懸けて戦うのだから、失敗すれば自分達も首を切る。今回の防衛には、それだけ決死の覚悟が込められている。
「だから私も予算の全てを投じて中継権を手に入れたのだ」
オーガに蹂躙される映像を見たい視聴者など居るはずもなく、仮に居たとしてもそんな映像を放送することはできない。
そうなれば、多額の費用を投じた放送局も、倒産を免れない程の大赤字になってしまう。
局長は防衛が成功する可能性に全てを賭けていた。
「だからこそ、彼らには必ずやって貰わなければならない」
局長は不安で震える声で呟くようにそう言った。
局長の言葉に、カメラマンも頷いて見せる。
全世界が固唾を飲んで見守る放送を、自分のミスで台無しにするわけにはいかない。
どんな結果になろうとも、絶対にカメラを止めないと自然と肩に力が入る。




