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スタンピード(1)

「ナディーーーーー!」

 

 外に出てきた輝夜は、消化液でぼろぼろになったブレザーを投げ捨てて大声で叫ぶ。


「ナーーーーーディーーーーー!」

『聞こえてるわよ』


 輝夜の背後からナディが声を掛ける。


「ナディ、すぐにここから出るよ」

『ちょっと、何があったのよ』


 いつまで待っても合流してこなかったため、輝夜達に何かあった事は察していたが、一緒に居た筈のエミの姿がなく、輝夜に何があったのか説明を求める。


「エミさんが百足旅団に連れていかれたから、女木島ってところにカチコミに行く」


 輝夜は急いでダンジョンの出口向かいながら、ナディに捲し立てるように説明する。

 ブーストスクエアで出口まで走った輝夜は、その勢いのまま出口に飛び込む。


「輝夜さん!」


 ダンジョンから出ると出入口で待っていた夕香が、焦った様子で声を輝夜に声を掛ける。


「ちょうど良かった。すぐに女木島って所に行きたいんだけど、手配してもらえないかな?」

「その事でお話がありますので、ダンジョン協会まで来てもらえませんか?」


 夕香は輝夜を引き留め、車に乗るように促す。


「……わかった」


 今すぐに女木島へと向かいたい輝夜だったが、夕香に言われて渋々と彼女の後に着いていく。

 車で十分程度の場所にあるダンジョン協会本部はフロアが五十階にも及ぶ超高層オフィスである。輝夜はそこの最上階にある会議室に案内される。


「それから、藤堂課長と鮫島会長以外は輝夜さんの経歴を知りません」


 会議室に入る直前で夕香がこっそりと耳打ちする。

 会議室には政府や協会の重要なポジションに位置する人間が一堂に会していた。


「時間がないので手短にお願いします」


 輝夜はそんな重鎮達のプレッシャーに一切物怖じする事なくそう言う。


「輝夜さん。我々は貴女の配信を見ていましたので、戸塚エミが拐われた事も知っています」


 ハンター協会の会長を務める鮫島清臣(さめじきよおみ)は、そう前置きをしてから女木島のオーガが通常のオーガよりも強力な個体のジャイアントオーガであること、そしてその討伐のための作戦を、女木島の映像を見せながら説明する。

 四方からハンターが攻め入り、ジャイアントオーガを分散させた所に少数精鋭のハンターをヘリで輸送し、指揮を執っているオーガの排除に当たる。その後は自衛隊の強力による殲滅戦によりジャイアントオーガを一掃するというものである。


「君にはこの作戦の要である攻撃隊に加わってもらう予定だったが、期限が二日後となった今、作戦を実行に移すのは難しい」


 二日などハンターをかき集めるだけで潰えてしまう。女木島に攻め入るにはあまりにも時間が足りない。


「よって香川県高松市沿岸部沿いに防衛線を敷き、ジャイアントオーガの進行を食い止める」

「それじゃあエミさんは見捨てろって事ですか?」


 眉間に皺を寄せて怒気の含んだ声色で詰め寄る輝夜を落ち着かせるように、鮫島は首を横に振って答える。


「そうではない。水際で食い止め攻撃隊の突入までの時間を稼ぐ」

「攻撃隊の人数は十人程度を予定していたが、防衛に戦力を割かねばならないため、攻撃に割ける人員はその半分程度……」

「なら僕一人で行きますよ」


 鮫島の話を遮るように、輝夜はそう言う。

 流石の鮫島もその言葉は予想しておらず、面食らったような顔で言葉に詰まる。

 

「それは許可できない。あまりにも危険だ」

「じゃあせめて、攻撃隊は僕のメンバーは僕に決めさせてくれませんか?」


 輝夜の要求は、過剰なものだとその場に居る誰もが思った。輝夜にメンバーの選考を任せるということは、実質的に輝夜が攻撃隊を率いるということになる。

 実力は折り紙付きだが、輝夜の経歴を知っている二人を除いては、輝夜は十六歳の新米ハンターだと思っている。作戦の要となる攻撃隊を委ねるには、輝夜には経験も実績も足りないと思っていた。


「……人選を聞いてもいいかな?」


 沈黙を破るようにして、藤堂慶一郎はそう言った。


「古い友人です。名前は菊池芹矢」


 芹矢の名前を聞いた一堂は、皆一様に首を傾げる。


「聞いたことのない名前だな」

「どこと契約しているプロだ?」

「……登録されているハンターライセンスを調べたが、プロ契約はおろか、ハンター活動もあまりしていないようだが」


 鮫島がタブレットで、芹矢のハンターとしての活動歴を調べる。十年程前にハンターライセンスを取得して以降、数ヶ月に一度ダンジョンに潜る程度であり、ほとんど活動していない。


「いくらなんでも、戦闘経験の少ない素人を行かせられるものか!」

「腕が立つとは思えんぞ」


 ただでさえ過剰な要求であるというのに、プロでもないハンターを攻撃隊に加えるというのは、許容できる範囲を越えている。


「強さは僕が保証します。それではダメですか?」


 輝夜は自信に満ちた表情でそう言う。

 ソロで深層を攻略する化け物じみた強さを持つ輝夜が太鼓判を押す程の逸材。そんな人材が本当に居るのか……と、その場に居た誰もが興味を示し、生唾を飲み込む。


「……わかった、責任は私が取ろう。ただ、如月夕香を含めたプロハンター三名を攻撃隊に加えるのが条件だ」


 断固として退こうとはしない輝夜から、えもいわれぬ気迫を感じた鮫島は、彼女の言葉を信じようと思った。


「……わかりました」


 輝夜は渋りながらも、鮫島の提示した条件を飲む。


「攻撃隊のメンバーは決まり次第、如月夕香に伝えて欲しい」


 鮫島は輝夜の会議室の入り口で控えていた夕香に視線を向ける。

 素性のわからない人間を攻撃隊に加える事、そしてこれまでフリーランスのハンターとして活動していた輝夜が暴走しないように、手綱を握っておけ……鮫島の視線から、そう受け取った夕香は小さく頷く。


「では目的は戸塚エミの回収。オリヴィエーロ・ビーストテイマーの確保及び彼の持っている遺物の奪取ないし破壊だ」

「わかりました」

「プロハンターのリストは夕香さんから受け取ってください。なお、この作戦は極秘事項であるため、必要以上の口外は禁止とする」


 話は終わり、輝夜は夕香と共に会議室を出る。夕香からUSBメモリを受け取った輝夜は彼女の車でマンションに送ってもらう。


 政府から与えられたマンションではなく、男の時から使っていたマンションに帰ってきた輝夜は、汚れてボロボロになった制服を脱いでゴミ箱に捨ててシャワーを浴びる。

 服を着替えた輝夜は、鍵のかかったクローゼットを開ける。中には様々な重火器が整然と並んでおり、まるで映画のワンシーンのようである。


「すごいですね」


 夕香はその光景を見て、思わず感嘆の声を漏らす。ダンジョンが出現して以降、少し緩和されたものの、未だに世界で最も銃の手に入りにくいこの国でこれほどの銃を揃えるのは至難である。


「ちょっとツテがあって」


 輝夜はその中からアサルトライフルやマシンガン、スナイパーライフル、ショットガンを手に取ってカーペットの敷かれた床に並べる。

 胡座をかいて座り込み、慣れた手付きでマガジンに一発ずつ弾を込めながら、スマホを床に置いて芹矢に電話をかける。


『よう、どうした?』

「今から東京来てよ。僕の家知ってるでしょ?」

『わかった。十分後に行く』


 芹矢はそう言うと電話を切る。それから十分程のたった頃、輝夜の部屋にどこからともなく芹矢が現れる。

 彼の持つスキルによるものである。


「おう、来たぞ……なんだ客の紹介か?」


 顔に驚愕の色を浮かべる夕香を見た芹矢は、輝夜が連れてきた新規の顧客だと思い自己紹介をする。


「違法品でもなんでも欲しい物があったら言いな。大抵のもんは用意できる」

「政府所属ハンターの如月夕香です」


 夕香は懐から名刺入れを取り出して、一枚の名刺を芹矢に手渡す。


「これはご丁寧にどうも……あ? 政府?」

「違法品について、詳しく知りたいんですけど」


 芹矢の腕を掴み、顔をぐっと近付ける夕香。


「……おい輝夜、俺を売ったのか?」


 芹矢は夕香から目を逸らすようにして輝夜に視線を向けてそう言う。


「自分で墓穴掘ったんでしょ。夕香さん、古い友人だから見逃してくれない?」


 輝夜はマガジンに弾を込めながら、芹矢達に目を向けることすらせずにそう言う。


「それでは、あなたが輝夜さんの言っていた菊池芹矢さんですか」


 夕香は少し驚いたようにゆっくりと芹矢の腕を放す。


「あぁ、そうだよ」


 芹矢は夕香に捕まれた手首をさすりながら頷く。


「……はぁ、また書類仕事が増える」


 輝夜は刑事責任を負わなくていい立場にある。しかし、反社会的立場に居る芹矢と関わっている事が明るみになれば、少なからず批判される事となる。

 それを未然に防ぐためには、芹矢を正規のブローカーとして登録しなくてはならない。

 仕事が増えた夕香は、額に手を当てて大きなため息をつく。


「芹矢、調べて欲しいものがあるんだ。ナディ、アイテムボックス」


 夕香の気苦労など人知れず、輝夜はアイテムボックスからラスベガスで奪ったネックレスを取り出して芹矢に渡す。


「なんで持ってんだ」


 オークションの招待状と引き換えに売り払った筈の遺物を、輝夜が持っている事に疑問を抱きながらも、芹矢はネックレスを調べる。


「なんだこれ? なんで遺物の性能が上がってんだ?」


 以前調べた時とは比べ物にならないほど性能が上がっており、芹矢は目を見開いて驚く。


「やっぱりそうなんだ。刀とかパンチにも反応してたからおかしいと思ったんだ」

「これどこで手に入れた?」


 芹矢は神妙な顔でネックレスを眺めながら、輝夜にそう尋ねる。


「百足旅団から奪った」


 輝夜は芹矢の方に目を向けることもなく、淡々とマガジンに弾を込めながらラスベガスでの出来事を説明する。

 それを聞いた芹矢は、少しの間考える素振りを見せる。


「これ、しばらく預かっていいか?」

「どうぞ」


 輝夜がそう言うと、芹矢は懐にネックレスをしまう。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 話が一段落した所に夕香が割って入る。


「目の前で堂々と闇取引しないでください。というか色々と聞きたいんですけど、まず何で見ただけで性能がわかるんですか?」

「鑑定ってスキルがあるからな。大体の事は見ればわかる」

「えっ、嘘でしょ」


 芹矢の言葉を聞いた夕香は、口に手を当てて驚く。

 鑑定スキルがあれば、ダンジョンの研究は飛躍的に進歩する。どの国の研究機関も血眼になって探しているスキルを持った人間が目の前に居る。

 

「いえ、スキルも気になりますが、遺物の性能を上がってるってどういうことですか?」

「どうもこうも、そのままの意味だろ」

「百足旅団が遺物の性能を上げる術を持ち合わせているのだとしたら、遺物ばかりを狙う理由にも納得が行きますが……一体どうやって?」

「それは後で調べるんだよ……で、輝夜よ。用件はこれだけか?」


 夕香からの質問責めが面倒になり、芹矢は話題を変えるために輝夜に話を振る。


「いや、ネックレスはついで。女木島を攻めるから力を貸して欲しいんだ」


 マガジンに弾を込め終えた輝夜は、今度は銃本体を分解して部品を一つ一つ丁寧に掃除し始める。


「事情は知ってる。裏社会でもその話題で持ちきりだからな」


 百足旅団のオーガによる襲撃。関西に居を構える裏社会の人達を中心に百足旅団は敵対視されている。


「だから手伝ってやらん事もねぇ」


 その討伐に手を貸したとなれば、芹矢の名前は裏社会でかなりの影響力を持つ事ができる。


「が、ボランティアは御免だ」

「そこはご安心ください。我々政府から報酬を支払わせて頂きます」


 夕香がすかさずフォローを入れる。


「そうか、なら問題ねぇ」


 芹矢はそう言うと、キッチンの棚の奥から高級コニャックとグラスを手に取ると、ソファーに腰を下ろしながら蓋を開ける。


「決行はいつだ?」


 グラスに氷を入れ、コニャックを注ぎながら芹矢はそう聞く。


「明後日の昼……おい待て何飲んでんだ」


 芹矢の方を一瞥した輝夜は彼が手に持っているグラスに気付き、思わず二度見する。


「棚の奥にあったコニャック」

「お前、それ高いやつだぞ!」

「そうなのか? そのわりには、あんまり旨くねぇんだが」


 芹矢はグラスにコニャックを注ぎながら、本当かよと訝しげに眉をひそめてボトルのラベルを見る。


「酒の善し悪しもわからねぇお子ちゃまが高い酒飲んでんじゃねぇよ。さっさと返せバカ舌味音痴」


 輝夜は芹矢からグラスをひったくり、注がれていたコニャックを一気に飲み干すと、芹矢に向かって舌を付き出して中指を立てる。


「そう怒るなよ。今度目ん玉ひん剥くくらい高ぇ酒送ってやるよ」


 両手を上げてそう言う芹矢。


「なら、それで手打ちにしてやろう。あ、それと、しばらくはここ自由に使っていいよ」


 銃のメンテナンスを終えた輝夜は、それらを大きめのカバンに一纏めにして入れると、クローゼットから服を取り出して着替え、部屋の鍵を芹矢に投げて渡す。

 

「おう、そうさせてもらうわ」

「んじゃ、僕は帰るけど……夕香さんはどうする?」


 カバンを担いだ輝夜は玄関に向かいながら、夕香の方を見る。


「私は仕事が出来たので一度戻ります。攻撃隊のメンバーが決まったらメッセージをください」

「わかった」

 

 


皆毎日投稿してて凄いなぁ。

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