コラボ配信(3)
「なんかテントがありますね」
アリアについて歩いていると、少し開けた空間に出る。そこにはテントが設営されており、人が居た形跡が残っていた。
「結構古いけど、まだ使えそう」
輝夜はテントの骨組みを調べながらそう言う。
所々錆びていたり、かなり老朽化が進んでいるもののまだ何とか使えそうであった。
「持ち主はどうなったんでしょうか」
エミはテントの周囲を見回しながらそう言う。
「これじゃない?」
輝夜はテントの裏にあった頭骸骨を拾い上げてエミに見せる。
白骨化してからかなり時間が経っており、とても脆くなっていた。輝夜の持った頭蓋骨も少し力を入れるだけで簡単にひび割れてしまう。
頭蓋骨を見たエミは小さく悲鳴を上げ、その場に尻餅をつく。
「あ、ごめん驚かせるつもりはなかったんだ」
輝夜はエミに謝ると、頭蓋骨を元の場所に戻してテントの中に入る。
テント内にはすでにアリアが入っており、金の装飾が施された椅子をテントの中央に置いて優雅にくつろいでいた。
輝夜は椅子を避けるようにして、テントの端の方で寝そべる。
「三人だと、少し狭いですね」
エミもテントの中に入ると、端の方に体育座りをしてそう呟く。
「アリア、指輪に戻りなよ」
「それもそうだな」
アリアは椅子をしまい、指輪に戻る。
この状況で何を話そうかと、エミと輝夜は話題を考えるも特に何も思い浮かばず、両者の間に沈黙が訪れる。
「なんか、キーンって音が聞こえない?」
沈黙を破るようにして輝夜はエミにそう聞いた。
目を閉じて音に集中すると、モスキート音のような耳の音が微かに聞こえてくる。
「いえ、全く聞こえません」
エミは耳を澄ませてみるが、何も聞こえてはこない。
「……あの」
輝夜がただの耳鳴りかなと考えていると、テントの入り口から一人の少年が顔を覗かせる。まだ幼さが残っている顔つきに、二次成長期の来ていない小柄な体格も相まって、どことなく小動物のような印象を与える。
「子供?」
少年を見た輝夜は顔に驚愕の色を浮かべる。
少年の年齢は十代前半にしか見えず、ダンジョンに入れる年齢だとは思えない。
「君どうやってダンジョンに入ったの?」
エミはゆっくりと少年に近づき、彼の目の前でしゃがんで微笑みながらそう聞く。
「怖い人に無理やり連れてこられて……そしたら、おっきい口が僕らの事を食べちゃったんだ」
そう言う少年の体は怯えたように小刻みに震え、その表情には恐怖の色が窺える。
「そっか、怖かったね」
エミは少年の体を優しく抱いて、そっと頭を撫でてあげる。
「お姉ちゃん達が一緒に居るから大丈夫だよ」
エミはそう言うと、少年を抱き抱えてテントの中に入る。
輝夜はテントの周りを見回り、出口に繋がっていそうな通路を探してみるが、それらしき場所は見当たらず、完全に行き止まりである。
「アリア、やっぱり出口は無さそう?」
『どこも行き止まりだが、壁自体は大した強度はない』
「少し手荒になるか……」
輝夜は肉壁に手を当てて呟くように言うと、ブレザーの内側に隠し持っている手榴弾に軽く触れる。
テントに戻ると、エミが安心して眠ってしまった少年に膝枕をして優しく頭を撫でていた。
「どうでした?」
輝夜に気付いたエミはそう尋ねる。
「出口は見当たらないけど、壁を爆破して穴を開ければ出られると思うよ」
輝夜は腕を組んで少し考えてからそう言う。
「本当ですか?」
「ただ、ギガワームが地上に出るまで待たなきゃいけないけど」
地中を移動するギガワームの体に穴を開ければ、その穴から砂漠の砂が流れ込んで出られなくなる。最悪の場合は生き埋めになる可能性もある。
ただ、これだけの巨体は地上に出れば、その音や振動が伝わってくる筈であるため、タイミングさえ見計らえば脱出自体はそう難しくない。
その時が来たらすぐ動けるように、二人は夕食としてコンビニで購入したおにぎりを食べ、テントの中で交互に睡眠を取る。
◇◆◇◆
「……ん?」
夜遅くに目が覚めた輝夜は、テントの中に自分しか居ない事に気が付く。
「……エミさん?」
テントを出て周囲に呼び掛けるも、返事は戻ってこない。
輝夜はブレザーを羽織り、エミと少年を探して周囲を散策する。
少し歩いていると、再びモスキート音が聞こえてくる。
「またこの音……」
輝夜はその音に耳を澄ませて、音が鳴っている方へと歩いていく。
暫く歩くと、ひらけた空間に出る。
そこには、空間の中央の盛り上がった場所に腰掛け、笛を吹いている少年の姿があった。
「この音、君だろ」
笛から鳴り響くキーンという音。
輝夜はこっそりとドローン飛ばして、少年に声をかける。
「おかしいな。普通の人間には聞こえない筈なんだけど、よく気づいたね」
少年は輝夜に気がつくと、笛から口を離してそう言う。
「身体能力を強化できるからね。普通は聞こえない音も聞こえるようになるんだ」
「ふーん」
笛をしまい、興味なさげに生返事を返す少年。
「この音でギガワームを操ってるの?」
「へぇ、そんな所までお見通しなんだ。その通り、特殊な音でモンスターを自在に操る事ができる。それが僕に与えられた遺物の力だ」
少年は眉を上げて少し驚いたような表情を見せ、その後、楽しそうに頬を緩めて答える。
「エミさんを返してくれない?」
「用が済んだらね……それより、今も配信してるんだろ?」
「……絶賛配信中だよ」
輝夜はこっそりと飛ばしていたドローンを指差してそう言う。
「嬉しいなぁ、僕もダンジョン攻略配信とかやってみたかったんだよね。あ、名乗った方が良いかな?」
「お好きにどうぞ」
輝夜は心底どうでもよさそうに答える。
「それでは改めて配信をご覧の皆様、僕の名前はオリヴィエーロ・ビーストテイマー。信愛を込めてオリバーと呼んでくれ」
少年はカメラに向かって仰々しく両手を広げた後、名乗りながら左手を胸に当ててお辞儀をする。
「オーケーわかった。それでオリバー君、君が何者か教えてくれないかな?」
「それ聞く必要ある?」
オリバーは服の裾を捲り、左胸に刻まれた百足の刺青を見せる。
《また百足旅団か》
《こんな子供まで百足旅団の一員なのか……?》
《世も末だな》
「はいはい、マヌケ旅団ね。君ら本当にどこにでも現れるじゃん。暇なの?」
事あるごとに百足旅団が出てくるため、いい加減に飽きてきたと溜め息をつく輝夜。
「まさか、用もないのにこんな所に来るわけないじゃん」
オリバーは鼻で笑い、肩を竦めながらそう言う。
「用って?」
「君を殺すため……と言いたいんだけど、今日はただ、君たちにメッセージを伝えに来ただけさ」
「よく僕がこのダンジョンに来るってわかったね」
「そりゃコラボ配信するって戸塚エミが告知してたし、渋谷ダンジョンに行くって配信枠まで立ててたんだからゴブリンでもわかるよ」
オリバーは半ば呆れ気味に答える。
「わざわざ自分が何処に行くか教えるなんて、マヌケはどっちだろうね? お姉ちゃん、自分が狙われてるって自覚あるの?」
オリバーは小馬鹿にするような口調で、ニヤニヤと笑みを浮かべて輝夜を煽る。
不快に思う輝夜だが、何も言い返すことが出来ずにオリバーを睨み付ける。
「おぉ怖い顔だ。殴られる前に伝言を伝えるとするよ」
そんな輝夜の様子を見たオリバーは、満足げな表情で肩を竦めるとドローンのカメラに向かって話し始める。
「鬼ヶ島に居るオーガは三千体。僕の号令一つで一斉に海を渡って街を襲う」
高松市に現れたオーガや、鬼ヶ島について何も知らない輝夜はオリバーの言っている事が理解できずに、眉を顰めて訝しむような表情で彼を見る。
「二日後の正午から、三千体のオーガが海を渡って香川県に上陸して街を壊滅させる。その後は淡路島を通って大阪、京都と順に街を壊滅させて回る。それまでに頑張って準備しておいてね」
しかし、オリバーはそんな様子の輝夜を気にも留めずにドローンのカメラに向かって話を続ける。
《……え?》
《は?》
《高松市のオーガ事件って……》
《嘘だろ?》
《俺大阪住みなんだけど》
《大阪はまだ猶予あるでしょ、ガチでヤバイのは香川県民》
《香川県民は今すぐ逃げろ》
《少なくとも沿岸部から離れた方がいい》
オリバーの日本に対する宣戦布告とも取れる発言を受け、コメント欄は一気に阿鼻叫喚に包まれる。
オリバーの発言は一気に拡散され四国、関西、中国地方は混乱して統率が取れない状態になるのが目に見えている。
これまで配信を利用して百足旅団を出し抜いてきたが、今回は逆に配信を利用された形となった。
「っ!」
「今は配信を切らない方がいいんじゃないかな?」
このままではマズイと思った輝夜は、ドローンに手を伸ばして配信を終了させようとするが、オリバーの言葉にピタッと手を止める。
「不安だけ与えられた人間は、どんな行動に出るか分からないよ?」
オリバーの言う通り、配信を止めてしまうと不安は一気に広がり、憶測やデマ情報が飛び交い歯止めが効かなくなってしまう。
「……なんでそんな事をするんだ?」
「なんでって、面白そうだから以外に理由なんてある筈ないでしょ」
オリバーが言い終わるや否や、輝夜はエミから借りた拳銃をスカートの裾から抜くと、銃口をオリバーに向ける。
「っ!」
構えた銃が軽く手に伝わる重さから、マガジンが入っていない事に気付く輝夜。
「弾なら寝ている間に抜いておいたよ。意外と可愛いパンツ履いてるんだね」
オリバーは指先で摘まんだ拳銃のマガジンをプラプラとさせるようにして輝夜に見せる。
「うわキッショ、同性でも引くわ」
輝夜は露骨に嫌そうな顔を浮かべ、身を守るようにして両腕で体を抱きしめ、軽蔑するような視線を浴びせる。
オリバーは輝夜の反応を楽しむようにケラケラと笑いながらその場を立ち去る。
「待て! エミさんを返せ!」
「そんなに返して欲しいなら、鬼ヶ島まで取り返しにおいでよ。もっとも、ここから生きて出られたらだけど」
オリバーはそう言って高笑いを上げる。
それと同時に、空間全体が脈打つような胎動を始める。
肉壁が波打ち、オリバーの体を包み込んでいく。
「じゃあ、生きて出られたらまた会おうね」
オリバーは笑いながら手を振り、肉壁に包み込まれて姿を消す。
それから程なくして空間全体から粘性のある液体が滲み出してくる。
輝夜の肩とスカートに数滴の液体が掛かると、そこから白煙を上げながら焼けるような音を立てて服が溶け始める。
「消化液っ!?」
輝夜は制服のブレザーを脱ぎ、肉壁の側まで走る。
壁から滲み出る消化液をブレザーで拭い、輝夜は壁に耳を当てる。微かに車が走っている時のようなくぐもった音が聞こえてくる。
ギガワームが砂の中を移動している音だと思った輝夜は、一か八かの賭けに出る。
ナイフを取り出して肉壁に突き立てて壁の一部を抉りとる。
「ブーストスクエア」
輝夜はブレザーの中に隠し持っていた手榴弾を手に取ると、ブーストで強化してナイフで抉った窪みに手榴弾を置いてピンを抜く。
そして一目散に走って距離を取る。数秒後、けたたましい爆発音と共に発生した圧力と破片がギガワームの肉壁に穴を開ける。
ギガワームが暴れているのか、空間全体が激しく揺れる。
「ついでにもう一個どうぞ」
輝夜はさらにブーストで強化した手榴弾を放り投げる。
ギガワームはたまらず地上に飛び出し、巨大な体を大きくくねらせる。
輝夜の開けた穴から、光が差し込んでくる。
「よし!」
輝夜はブーストで身体能力を強化して穴から外に飛び出す。それに続いてドローンも穴から出てくる。
膝で衝撃を吸収しつつ、体をひねりながら倒れこむようにして着地する。
「ブーストスクエア」
残った手榴弾をギガワームの口の中めがけて投げ込む。手榴弾は炸裂と同時に周囲に破片を撒き散らしてギガワームの頭部を吹き飛ばす。
ギガワームは力なく倒れ、振動と共に砂埃が舞い上がる。
「よし、出られた」




