コラボ配信(2)
「いやー飲み込まれちゃったねー」
「なんでそんな笑っていられるんですか!?」
ケラケラと笑う輝夜とは対照的に、エミは頭を抱える。
《はやく誰か助けに来て》
《とりあえずダンジョン協会に連絡はしたけど……》
《こういうときってどうすれば良いんだ? 遭難したときはあまり動かない方がいいけど》
《モンスターの体内だから、そもそも助けられるのかどうか……》
《ギガワームの体内って初めてみた》
《意外と広いんだな》
《ちょっと探索してほしい。新しい発見があるかも》
〈配信に来たらなんだこれは。モンスターに飲み込まれたのか?〉
〈まぁ、銀の弾丸なら何の心配もいらないな〉
《それよりモンスターの体内でも配信切れないのスゴいな》
《それな。科学の力パネェ》
エミを心配し、様々な対策案を考えるコメント欄とは対照的に、輝夜のコメント欄は楽観そのもの。心配のしの字すらないどころか、モンスターの体内でも配信が途切れない事に盛り上がる始末。
「少しは僕の心配もしてくれません?」
《深層をソロで踏破する化け物の何を心配すればいい?》
《深層ソロと比べたら、百倍マシな状況だしな》
「あ、そうだスマホで外と連絡を!」
エミはポケットからスマホを取り出すが、飲み込まれた際の衝撃で壊れてしまったのか、電源を入れようとしても画面は暗いまま何の反応もない。
「壊れてる……か、輝夜さんのスマホで外と連絡を取れませんか?」
「スマホ落とした」
「おしまいだぁ……もう死ぬんだぁ……」
エミは肩を落として、涙を流しながらその場に座り込む。
「そう悲観的にならなくても大丈夫だよ」
絶望した表情でその場に座り込み、虚空を見つめているエミに話しかける輝夜。
「ギガワームの消化力って大した事ないから。三日以内に出られれば平気」
「……なんでそんな事知ってるんですか」
エミは半べそをかきながら、輝夜を見上げてそう聞く。
「駆け出しの頃にも一回飲み込まれた事あるんだよ」
輝夜はまだ駆け出しだった頃の時分を思いだし、懐かしさに感傷に浸る。
《今も駆け出しではあるよな?》
《駆け出し(おそらく数ヶ月前)》
《そんな高頻度でギガワームに飲み込まれる事ある? 一生に一度でも多いぞ》
《飲み込まれたらそこで一生終えるからな》
「その時はどうやって出たんですか?」
「内側からナディの風魔法で真っ二つにした」
《困ったときのナディえもん》
《さすがは保護者》
《じゃあいつでも出られるな》
「……でも、今はそのナディさん居ませんよね?」
「そうだね。出られないね」
《ダメだったか》
《そうか、居ないのか》
《ナディママ居ないのやばくない?》
《輝夜ちゃんからナディママを取ったら、強さと可愛さしか残らんぞ》
《完璧じゃないか》
「けど、当てならあるから……アリア」
輝夜はそういって、左手の指輪に話しかける。
『契約者よ。言っておくが、今の私ではこいつを輪切りには出来ぬぞ』
「当てがなくなっちゃった」
アリアからの返答は輝夜の期待していたものではなく、当ての外れた輝夜は肩を竦める。
「出口を探そうか。呼吸する為の穴とかあるでしょ」
ギガワームの体内は洞窟のようにあちらこちらに穴があり、複雑に入り組んでいる。
輝夜はエミの手を取って適当な穴に入る。
薄暗い中、懐中電灯の明かりを頼りに歩いていると、元の場所へと戻って来てしまう。
「戻ってきちゃいましたね」
「そうだね」
輝夜はナイフを取り出すと、穴の横に印をつける。
そして別の穴に入る。今度の穴は行き止まりとなっており、それ以上先に進む事ができないためやむを得ず引き返す。
「ちょっと時間かかりそうだな」
蟻の巣のように無数に存在している穴を見渡しながら、輝夜は溜め息をつく。
《こればっかりはしらみ潰しに行くしかない》
《探知系のスキルとかあれば楽なんだろうけど》
《一日歩き通しになるのも覚悟しないと》
「私に任せておけ」
実体化したアリアは、輝夜の肩に手を置いてそう言うと無数の血の槍を形成する。そしてその槍をギガワームの体内に存在しているすべての穴に向けて放つ。
「私のブラッドスピアが行き止まりに当たった場所、帰って来た場所を避ければ出口まで最短で出られる」
「おー、スゴい助かるよ」
《ヴァンパイア娘きちゃあああああ》
《魔法の使い方が上手いな》
《なるほど、確かにこれなら出口まで最短で行けそう》
《出口があればだけど》
「……こっちだな」
アリアは小さく呟くと、ひとつの穴に向かって歩いていく。
「あの、彼女は一体……?」
アリアの後ろをついて歩きながら、エミは輝夜に小声で尋ねる。
「心強い味方だよ」
輝夜は片目を瞑ってそう答える。
◇◆◇◆
――ハンター協会会議室。
電気を消した薄暗い部屋には、政府や協会の重鎮達が一堂に会していた。
「こちらをご覧ください」
スーツを着た男性がタブレット端末を操作して、スクリーンに映像を映し出す。
映像は高松市に現れたオーガの死体。
「大きいですな」
内閣情報局ダンジョン調査課の藤堂慶一郎は映像に映るオーガを見て小さく呟く。
「はい、通常のオーガと比べても二倍近く大きく、またライフル程度の弾丸では傷つかない強靭な肉体を持っています。呼称するならばジャイアントオーガと言ったところでしょうか」
「女木島のダンジョンはオーガの生息地でハンターからの人気もなかった。以前、ナディさんが言っていたダンジョンのレベルアップが繰り返された結果ということか」
藤堂はジャイアントオーガと名付けられたモンスターの死体を眺めながらそう呟く。
「高松市に現れたオーガは二体。一体は要請を受けて駆けつけたプロハンター五名で討伐したものの、一体は取り逃がし、海を渡って女木島方面に逃走」
「それで、被害は?」
低い声でそう尋ねる初老の男性。
白髪の混じった髪を後ろに撫で付け、厳格な印象を与える鋭い目。鍛え上げられた肉体は到底五十を過ぎているとは思えない程に逞しい。
ハンター協会の会長を務める鮫島清臣その人である。
「オーガが高松市に上陸してからプロハンターが現着するまで三十二分。死者は三百二十八名、負傷者は七百八十三名です。建物等への被害も大きく、復旧には時間を要するかと」
「僅かな三十分で被害者は千人……それたった二体でこれか……」
報告を聞いた藤堂は、事の深刻さにため息をつく。
「女木島の方は?」
「こちらの映像をご覧ください」
人工衛星から撮られた女木島の様子に、会議室一同は驚きの声を上げる。
「これは……!」
「なんという事だ」
女木島一帯は無数のジャイアントオーガによって占領されており、島自体がモンスターの根城と化していた。
「これまでの魔物暴走の比ではない」
「これが本当の魔物暴走ということか」
島のオーガが一斉に人の住む本土に渡った場合、今回とは比べものにならない被害が出る。早急に対処しなければと思った一同は対策案を話し合う。
「海外ではこういった大規模な魔物暴走が何度か起こっているが、日本では初めての事例だ。正直、このレベルとなるとプロハンターでも対応できる者は両手で数える程しか居りません」
プロハンターの中でも実力が上位に位置する十名程度。それ以外は投入しても死ぬ可能性が極めて高い。
「そうなると、私も出るしかないか」
鮫島は神妙な面持ちでそう呟く。
「会長の強さは氷室に匹敵するほどですが、会長に万一の事があればその損失は計り知れません」
氷室の強さは国内でも一、二を争う。その相手が鮫島会長である。氷室透と鮫島清臣、この二人の存在があるからこそ、日本は世界に比肩できるダンジョン先進国になれている。
特に鮫島清臣は強さだけでなく、ハンターやダンジョンに関するインフラを支える立場にある。おいそれと戦場に出る訳にはいかない。
「あれだけのオーガとなると、必ず統率しているオーガが居るでしょうな」
「……ならば、島を四方向から襲撃してオーガを引き付けた後に、ヘリで氷室透を筆頭とした少数精鋭部隊を輸送、オーガを率いているリーダーを討伐するのが最善と考えるが、どう思うかね?」
「作戦に異論はありませんが、氷室は今アメリカに居ます。呼び戻すのは難しいでしょう」
そう言った藤堂は首を横に振る。
「……例の銀の弾丸は?」
「強制はできませんが、要請すればおそらくは力を貸してくれるかと」
「そうか、ならば銀の弾丸と相談して彼女に見解を聞いた上で対策を練る必要があるな」
氷室が居ないとなれば、最も強いハンターは銀の弾丸であることは疑いようもない。
彼女を作戦の要とする方向で話が纏まりつつあった時、会議室の扉が開かれ、一人の男性が慌ただしく入って来る。
「至急、報告があります」
「……どうした?」
「銀の弾丸が、渋谷ダンジョンにてギガワームに飲み込まれました」
「なんだと!?」
「無事なのか?」
報告を聞いた一同から動揺の声が上がる。
「幸いにも配信中であったため無事は確認できますが、ギガワームの体内にいるため自力で脱出できるかどうか」
ギガワームに飲み込まれたとなると、自力での脱出は絶望的。作戦が破綻するのみならず、氷室や鮫島に並ぶハンターを失えばその損失は大きい。
特に彼女と共に居るナディはダンジョン研究分野においては専門家をも上回る知識を有している。
「なんという事だ。はやく救援を出すんだ!」
「早急に対処しなければならないと言うのに、氷室は居らず銀の弾丸までも……」
「配信はまだ繋がっているんだな!? すぐに映し出せ!」
スクリーンに輝夜の配信が映し出される。
「……なんだこれ?」
「ギガワームに飲み込まれたにしては……」
「ずいぶんと余裕そうだな」
配信に映る輝夜の姿を見た一同は「あ、これ大丈夫なやつだ」と思った。
誤字脱字が多いので、文字数を少し減らして誤字脱字を減らすように努めます。




