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ダンジョン高等専門学校(1)

 ラスベガスから帰ってきた輝夜は、さっそく夕香に連絡して、少しの間だけ学校に行く旨を伝える。


『本当ですか!? ありがとうございます! さっそく必要なものを送付しますね!』


 電話越しに弾んだ声で言われて数時間後、輝夜の元には大きな段ボール箱が幾つも届いていた。

 

 中を確認すると、教科書や参考書といった学校に通う上で必要なものが一式入っている。


「やっぱ制服は女子のなんだね」

『ラスベガスでスカート履いたんだし、今さら恥じることないでしょ』

「それはそうだけど」


 見た目は少女とはいえ、中身は大の男が女子の制服を着て高校に通うという、拷問のような状況に目眩しそうになる。


「……あまり深く考えるのはやめよう。年配になってから大学に通う事だってあるんだから」


 制服を段ボール箱に戻し、他の箱をあける。

 中には革製の防具や木刀、ゴムのナイフといったダンジョン専門学校ならではの備品が入っていた。


「……なんかこの箱だけファンタジー世界の学校って感じがする」


 木刀を手にとって軽く振ったり、ナイフを握って感触を確かめたり、新しい玩具を手に入れた子供のように装備を眺める。


『ほら、早く準備しないと時間なくなるわよ』

「おっと、そうだった」


 ナディに言われた輝夜はハッと我に帰り、慌てて段ボールの中身を整理する。


「……教科書やらカバンやらを見ると、本当に学校に通うって感じがするね」


 テーブルの上に並べられた備品を腕組みして見ながらそう呟く輝夜。


「契約者よ、その学校とやらはなんなのだ?」


 輝夜の後ろから、学校の備品を興味深そうに覗き込みながら、アリアは彼女に尋ねる


「んー、同年代の男女が集まって、色々なことを学ぶ場所……かな?」

「要するに勉強するところか。退屈そうだな」


 アリアはつまらなさそうに鼻を鳴らして、ソファーに寝転ぶと輝夜のタブレット端末でダンジョン配信を見始める。


 ーー翌日。


「ナディ、やっぱり変じゃないかな?」


 高専の制服を着た輝夜は、姿見の前で何度も自分の服装を確認する。


『似合ってるわよ』


 幾度となく同じことを聞かれ、ナディはげんなりした様子で答える。


「でもちょっとこれ短くない?」


 制服のスカートは膝丈よりも短く、下に何も履いていないような感じがして落ち着かない。


『そんなもんでしょ』


 ナディの言葉に、輝夜はそうかなと首を傾げる。

 ちょうどその時、室内にインターホンの音が鳴り響く。

 

「おはようございます輝夜さん! お迎えに上がりました」


 玄関まで出迎えに行くと、スーツを着た夕香が満面の笑みで立っていた。


「おはよう、夕香さん」

「今日は見学だけなので、制服を着る必要はないですよ」

「えっ? あっ、そうなの?」

「時間が押してますからすぐに行きましょう」


 制服を着替えようと部屋の奥に戻ろうとする輝夜の腕を掴み、夕香は半ば強引に輝夜を連れ出す。

 表に停めてあった車に乗り込み、そのままダンジョン高等専門学校。通称ダンジョン高専へと向かう。


「書類上では輝夜さんは学生と言うことになってますが、校長以外はそれを知りませんし、校長も輝夜さんの正体については知りません」

「ちなみに僕はどういう扱いになってるの?」

「十六歳でハンター試験に合格した、政府公認のダンジョンライバーって認識だと思いますよ」



「お待ちしておりました朱月輝夜さん。私は校長の富田です」


 校長室に入ると、年老いた女性が輝夜に優しく微笑みかける。


「その年で既にハンターとして目覚ましい活躍をされているようで。あなたが我が校に所属してくだされば、我が校の宣伝にもなりますし、なにより生徒に良い刺激を与えるでしょう」


 富田と名乗った校長はソファーを手で差し、座るように促す。


「といっても校長先生、事前に説明した通り輝夜さんは……」

「ええ、わかってます。お忙しい身の上ですから、お時間がある時に来てくだされば構いません。教師陣にはそのように言っておきますから」

「お気遣い感謝します」


 夕香はそう言って頭を下げる。


「まずはこの学校の説明を……いえ、施設内を案内しながら話しましょうか」


 富田校長は年を取るとつい話が長くなってしまうと、冗談交じりに笑いながら輝夜と夕香に学校内を案内する。


 設立されてからこれまでの歴史が浅い分、施設内は綺麗なものであり、最新の設備が多く導入されていた。


「一般教養も教えていますが、基本はダンジョンについての講義が多いです」


 富田校長は講義中の教室の側を通りながら、中で行われている講義について説明する。


「ハンター試験の対策や、ハンターとして必要な技能だけではなく、ダンジョンから得られた特産品の研究、ハンター事務所の経営やダンジョン管理者についてなど、ハンター以外の事も幅広く教えています」

「へぇー」


 ダンジョン発生以降、増えた職業はハンターだけではない。ダンジョンに関わる職業は多岐に渡り、ダンジョン高専ではそれらについて専門的に学べるコースも数多く存在する。


「まぁ、それでもやはりハンター専攻のコースが一番人気ですが……輝夜さんはそのハンター専攻の一年生になりますので、まずはそこまで案内しましょう」


 


「あら、ちょうど二年生が実技の講義をやってますね」


 一年の教室まで向かう途中で、剣戟や爆発に近い音が聞こえてきて足を止める。 

 近くのドームでは生徒が数名で二メートル程度の石人形を相手に戦っているのが見えた。


「魔法で作り出したゴーレムをモンスターに見立て、それを複数人で連携して倒す訓練です。ゴーレムといっても、ダンジョンで出現するものよりずっと脆くて弱いですが」


 ドームの観覧席から生徒達が戦う様子を見ながら、富田校長は説明する。


「おぉ」


 学生とたかを括っていた輝夜だったが、そのレベルの高さに感嘆の声を漏らす。

 盾を持った生徒がゴーレムの攻撃を防ぎ、杖を持った生徒が二人掛かりで魔法を打ち込んでゴーレムの動きを止め、最後にハンマーを持った生徒が岩に覆われた体を破壊してダメージを与えていく。

 巧みな連携により、ものの数分でゴーレムを倒してしまう。

 連携面に関しては、ずっとソロでやっている輝夜とは比べるまでもない程に優れている。


「輝夜さんから見ればレベルの低いものに映るでしょう」

「とんでもない。連携に関して言えば、僕なんかよりもずっと優れてますよ。僕はそういうの苦手なので」


 これまでソロでやっていた弊害か、他のハンターと協力することが苦手であり、氷室と共に戦った時も各々が好きなように動くだけで連携とは言えないものであった。



「それでしたら、一緒にやってみますか?」

「え?」

「ちょうど連携してモンスターを倒す訓練をやっていますし、この機会に連携について学ぶのも良いかと思います」

「提案はありがたいですが……」


 富田校長の提案はありがたいものではあるものの、輝夜は視線を逸らして言葉を濁す。

 組める相手が居ない。輝夜は学生らの強さを見てそう思ったが、それをそのまま言って空気を悪くするわけにはいかず、何と言えば良いか迷う。


「輝夜さんの動きに合わせられるハンターは一握りですから、学生さんには良い勉強になるでしょうが、輝夜さんの訓練にはならないでしょうね」


 困っている輝夜を見た夕香は、さりげなく助け舟を出す。


「なので、私と組みませんか?」


 夕香は一呼吸置いた後に、さらにそう続ける。


「へ?」


 思わぬ提案に輝夜は気の抜けた声をあげる。


「氷室先輩ほど強くはないですけど、一応はプロハンターの端くれですし」

「それは良いですね。プロハンターであるお二人の戦いを間近で見られれば、生徒達も学べることが多いでしょう」


 善は急げとばかりに、富田校長は観覧席から降りると、講義を行っている教員の方に向かっていき何か話を始める。


「朱月輝夜じゃね?」

「ダンジョン配信者の?」

「なんでうちの制服着てるの?」

「うちの生徒だったの?」

「一緒にいるのってプロハンターの如月夕香だよな?」


 校長の登場により、輝夜と夕香の存在に気がついた学生がざわつき始める。


「お前ら静かにしろ! これから、プロとして活躍しているお二人の戦いを見学する。滅多にない機会だから、各自しっかりと見るように!」


 校長との会話を終えた教員の一声により、ざわつく生徒達はピタッと静まり返る。

 校長は輝夜と夕香の二人を手招きし、生徒達に紹介をする。


「朱月輝夜さんは我が高専の学生ではありますが、皆さんも知っての通り彼女は既にハンターとして活躍しており、非常に多忙です」

「そのため、高専に足を運ぶ機会は少ないでしょうが、その少ない機会を存分に活かし、彼女から多くを学んで欲しいと思います」


 校長がそう言い終わると、生徒達からは拍手が起こる。


「なんかすごい注目されたね」

「そうですね。ここで失敗したら大恥です」


 学生達の拍手に軽く手を振って応えながら、二人は小声で会話する。


「プレッシャーかけないで欲しいんだけど……っていうか、夕香さんの戦闘スタイルとか知らないんだけど」

「私は魔法が主軸で、後方から援護することが多いですね」

 

 小声で連携の相談をする二人。といっても、夕香は魔法主軸の後衛であるため、必然的に輝夜が前衛となりモンスターの気を引いて隙を作り、夕香が魔法で攻撃してモンスターの足を止めるというシンプルなものだ。


「それでは行きます。クリエイトゴーレム」


 教員がそう言って杖を掲げると、散らばっている岩が一ヶ所に集まり、人の形を形成していく。


「それでは輝夜さん、手はず通り行きましょう」

「オッケー、ブースト」


 輝夜は頷くと、拳銃を強化して弾丸を放つ。

 銃口から放たれた弾丸はゴーレムの心臓部を正確に撃ち抜き、コアを失ったゴーレムは音を立てて瓦解する。


「あっ……」


 一撃で崩れ落ちるゴーレムを見た輝夜は、やってしまったとばかりに手で口を抑える。

 学生や教員は何が起こったのか理解できずに唖然とする。


「輝夜さん、これ連携の訓練ですよ」


 夕香は困ったような表情で輝夜にそう言う。


「……ごめんなさい」

「手加減……をしてるのはわかっていますが、もう少し抑えてください」


 輝夜の配信を見ていれば、十分に手加減しているのは理解できるが、学生の訓練用に調節されたゴーレム程度では、それでも相手にすらならない。


「はい……ナディ、アイテムボックスにゴム弾あったと思うから、それ出してくれない?」


 通常の弾ではゴーレムを撃ち抜けずに跳弾してしまうため、ナディに頼んでアイテムボックスから非殺傷のゴム弾を出してもらい、弾装の弾をそれに入れ変える。


「そ、それではもう一度行きます! クリエイトゴーレム」


 教員に合図を出し、再びゴーレムを出してもらう。


「今度こそお願いしますね」

「はーい」


 輝夜は今度はブーストを使わないまま、素の威力の弾丸を放つ。

 ブーストを使っていない弾丸、それもゴム弾では、ゴーレムの体を覆う岩に傷一つ付けることは出来ず、弾丸はいとも簡単に弾かれてしまうが、ゴーレムの注意を引くには十分であった。

 ゴーレムは輝夜めがけて岩の拳を振り下ろす。


「夕香さん」

「はい。それでは魔法で足を止めますので、その隙に畳み掛けましょう」


 円錐状の岩の槍が回転しながらゴーレムに放たれる。火花を散らしてゴーレムの体を削りながらも威力が減衰することなく、ゴーレムの岩で覆われた胴体を貫きコアを破壊する。


「あっ」


 夕香はしまったという表情で固まる。


「夕香さん、連携の訓練だよ」

「すみません。かなり威力を抑えたのですが……」


 輝夜の冗談交じりの言葉を受け、夕香は申し訳なさそうに両手を合わせて謝る。


「あの、もう少し硬いやつって作れませんか?」

「これ以上強いのは、私の力では……ちょっと……」


 輝夜はもう少し硬いゴーレムが作れないかと教員に聞いてみるが、教員は困った表情で首を横に振る。


「どうしよう夕香さん。あれより強いのは作れそうにないって」

「困りましたね。このままでは、時間を割いてくださった学生さんにも申し訳ないです」


 学生達の方に目を向けると、完全に呆気に取られていた。

 プロ同士の連携が見れると思っていたが、蓋を開けてみれば個人技による瞬殺。到底、真似できないものを見せられても、そこから学び取れることなどない。


「……その、まぁ……なんというか……」


 教員もなんとフォローして良いかわからず、言葉に詰まっている。


「コホン、良いですか皆さん。モンスターには必ず弱点となる箇所が存在します。人で言う頭や心臓みたいなものです。そこを正確に攻撃することで、このように簡単に倒すことができます」


 流石に何とかしなければと思った夕香は、咳払いをひとつしてから学生達に向かって解説を始める。


「そして、その弱点を攻撃しやすくするために、他のハンターと連携してモンスターの隙を作る事が大切なんです」


 夕香はそれっぽいことを並べて、有耶無耶にしようとしていた。しかし、今のを見せられた後に連携の重要性を説いたところで紙上談兵にしか聞こえず、当然学生達から返ってくる反応も悪い。


「く、くれぐれも、一人で挑もうとか思っちゃダメですからね」


 夕香は恥ずかしさから顔を赤く染めて、逃げるようにしてその場から去っていく。

 輝夜もそれを追いかけるように夕香の後に付いていく。


「まぁ、お前ら。プロになりたきゃこの程度は片手であしらうくらいにならないとダメだってことだ。今の状態に満足せず、もっと上を目指していけよ」


 その姿を見送った教員は講義を再開させる。


 ◇◆◇◆

 

 戸塚エミは驚愕した。

 ゴブリンリーダーから救ってくれた少女が、今再び目の前に居る。

 そして、数人掛かりでようやく倒せるゴーレムを、たった一発の弾丸で倒してしまった。


 どうしても一言お礼が言いたくて、会えないだろうかと色んな手段を用いたが、結局会うことは叶わなかった。

 きっともう直接会ってお礼を言うことは出来ないとあきらめかけていた時に、自分と同じダンジョン高専の制服を着た彼女が現れた。

 エミは運命を感じずにはいられず、必ず仲良くなってみせると心に誓いながら、走り去って行く銀髪の後ろ姿を見送った。





ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。


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また、感想・レビュー等をいただけると、とても嬉しいです。

引き続き、本作をよろしくお願いいたします

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