オークションにて(3)
頭上に現れた掌を輝夜は片足で受け止めて押し返し、氷室は刀を一振りして掌を両断する。
「なにっ!?」
突然雰囲気が変わった二人を見て、老紳士は目を見開いて驚く。
「お前みたいにプライドだけ高い奴は、フラストレーションを溜めさせて、有利な状況を作って勝ちを確信させてやれば……面白いように口が回るようになる」
額の血を親指の腹で拭い、首を鳴らす氷室。
「一回やられたんだからさ、もっと警戒しなよ」
身体に巻き付いたワイヤーを引きちぎり、何事もなかったかのように跳ね起きる。
そしてナディからスマホを受け取り、配信画面を老紳士に見せる。
《いえーーーい!百足旅団さん見てるー?》
《情報提供あざーーーーっす!》
《ねぇ今どんな気持ちぃ?》
《二度も世界に配信されてどんな気持ちぃ?》
《百足旅団(笑)》
《お疲れさまでーーす》
配信画面に写る老紳士の姿と、高速で流れていくコメント欄。配信のタイトルは[【暴露】百足旅団の目的に迫る!]というもので、同接は三百四十万人にまで上っていた。
「バカな……配信をしている素振りなど……そもそも、スマホを隠し持っている事に、気付かないなど……いや、あの戦闘の最中、スマホで隠し撮りして、スマホが無事な筈が……」
ナディを認識することの出来ない老紳士は、輝夜の手に突然スマホが現れた事に驚き、状況が何一つ理解できない彼は狼狽えて後退る。
『そりゃ、私が持ってたんだから気付く筈ないじゃない』
「うわぁあ!」
突然、ナディが眼前に現れて、驚きのあまり悲鳴を上げて尻餅をつく。
《ダサすぎワロタ》
《ハーッハッハッハッハ!いい気分だ!》
《さっきまでの威勢が嘘のようだ》
《人って一瞬で堕ちるところまで堕ちるんだな》
『妖精っていうのはね、人間には認識できないのよ』
ナディはそう言うと、輝夜の元まで飛んでいく。
「バカな……バカなバカなバカな!」
老紳士は被っていたシルクハットを地面に叩きつけ、何度も踏みつける。
「百足旅団ってバカしか居ないの? もうバカです旅団とかに改名しなよ」
輝夜がトドメに煽りのセリフを一言。
《上手い。座布団一枚》
《ナディ君座布団持ってきてー》
「貴様ァァァ! 観音菩薩像! こいつらを殺せぇぇ!」
血管が切れるのではないかと思うほど、顔を真っ赤にして額に青筋を浮かべた老紳士がそう叫ぶ。
しかしその瞬間、観音菩薩像は真っ二つに斬り割かれる。
輝きを失い、ただの石のようになったそれは音を立てて崩れ落ち、砂埃が舞い上がる。
「……は?」
老紳士は何が起こったのかわからず、両断されて倒れている観音菩薩像を見て固まる。
「もう見飽きたわ」
刀を振り上げた氷室が、両断された観音菩薩を一瞥して呟く。
《魔葬屋△》
《流石はトッププロ!》
《戦闘だけは完璧な男》
「わ、私の魔力をすべて使い……ようやく……召喚できる……最強の……」
愕然とし、目の前の現実を受け入れられず、膝から崩れ落ちる老紳士。
「お前の魔力より、ワイの一振りのが強いっちゅーことやボケ」
《人ってこんな綺麗に茫然自失するんだな》
《まじでスカッとするわ》
《これだから魔葬屋は最高なんだ》
「くっ……っそおおおおおお! 認められるかこんなこと!」
「残念やったな。これが現実や……んでもって、お前は詰みや」
切っ先を老紳士に向け、氷室はそう言う。
「なめるな、まだ終わってなどいない! このネックレスが有る限り、貴様らに私を殺す事など出来ない!」
左胸に手を当て、内ポケットに仕舞ったネックレスの感触を確かめながら、老紳士はそう叫ぶ。
氷室はそういえばそうだったと、面倒くさそうに刀の峰で自分の肩をとんとんと叩く。
「そこまで万能じゃないよ、そのネックレス。どんな攻撃でも防げる訳じゃないからね」
輝夜はスマホをナディに渡すと、拳銃とナイフを地面に置きながら老紳士に問い掛ける。
「なに? まさか……いや、そんな筈はない!」
一瞬、ネックレスの防殻を破る術があるのかという考えが、老紳士の頭をよぎる。
しかし、対物ライフルの弾丸すらをも容易く防ぐ事ができるネックレスの防御を突破することなどできる筈がないと、老紳士は首を横に振ってその考えを払いのける。
「そう思うなら試してみようか。僕がそれを手放した理由がわかると思うよ」
輝夜の全身から魔力が迸る。
普段は輝夜が魔力をナディに渡すことで、ナディは魔法を使っている。
だが今の輝夜は、逆に輝夜がナディの持つ魔力を使っている状態である。
ナディら妖精族は、その小さい体に無限に等しい魔力を秘めている。
すなわち、今の輝夜は無限の魔力を手にした状態に等しい。
ただし、膨大な魔力に輝夜の身体にも大きな負担がかかり、この状態での活動時間は僅か十秒。
「ブーストクインタプル」
光を屈折させて可視化できるほどに濃密な魔力が全身から立ち上り、空気がビリビリと震える。
輝夜の魔力ではブーストを二重に重ねがけするので精一杯であるが、魔力に上限の無い今、ブーストを五重に重ねがけすることも可能。
五重に重ねたブーストによる身体強化。輝夜が制御できる限界。
地面が砕ける程の踏み込みをする。
雷が落ちたかと思うほどの轟音。
その音を置き去りにして輝夜の姿が消え、室内に突風が吹き荒れる。
ガラスが割れるような音と共に、ネックレスによる防殻が破壊され、老紳士の身体に衝撃が走る。
身体の内から骨の砕ける音が鳴り、老紳士の身体が弾き飛ばされる。
老紳士は輝夜に殴られたと理解するのに、そう時間はかからなかった。
輝夜の姿が再び消え、弾き飛ばされる老紳士の眼前に現れると、彼の服を掴み、飛ばされる勢いに逆らって、彼の体が弧を描くように地面へと叩きつける。
「ごはっ」
ネックレスの防殻が破られ、老紳士は全身をコンクリートに叩きつけられる。
その衝撃で白目を剥いて、口から血の泡を吹いて気を失う。
《何が起こった?》
《全くわからなかった》
《とりあえず倒したってことでいい?》
《やっぱ一人だけおかしいわ》
《それは今さらだろ》
「あー、疲れたー」
全身から迸る魔力が消え、ナディからの魔力供給を切った輝夜はどっとくる疲労感からその場に座り込む。
「とんだ奥の手隠し持っとるな」
氷室は投げ捨てた鞘を拾い、刀を納めながら輝夜のそばまで歩いてくる。
「まぁね」
「良い戦いぶりであったぞ契約者よ」
アリアは一言だけそう言うと、輝夜の指輪へと戻る。
《なにげに初めてみる娘やな》
《この娘が戦うところも映ってたけど、かなり強かった》
《しかも輝夜ちゃんに負けず劣らずの美少女》
《蝙蝠みたいな翼とか、血とか操ってたけど、やっぱヴァンパイアなんかな?》
《妖精を使役してるくらいだし、ヴァンパイア使役してても不思議じゃないけど……他にもいるのかな?》
《居そうではある》
《居るやろなぁ。そして美少女なんやろなぁ》
《この美少女パーティー強すぎるんよ》
「ナディ、回復してー」
『はいはい、わかったわよ』
ナディはスマホを瓦礫の上に立て掛け、氷室と輝夜に回復魔法を施す。
「やっぱ便利やな回復魔法ってぇのは」
身体の傷が癒え、疲労感も薄れていくのを見ながら、氷室は自分も回復魔法を使える奴を手元に置いておきたいと思う。
「よっし、元気百倍!」
疲労感の消えた輝夜は、勢い良く立ち上がると、その場でぐっと伸びをする。
「ふと思ったねんけど、お前英語喋られへんのに、スクエアとかクインタプルとかは知っとんのやな」
「……いや、それは……まぁ……たまたまね?」
輝夜は死なない程度の状態まで治療した老紳士の胸ポケットからネックレスを取り出すと、それをアイテムボックスの中に放り入れながら、歯切れ悪く言葉を濁す。
『英語の方がカッコいいからって、わざわざ調べたのよね』
「あっ、ちょっ、ナディ! それは内緒にしてって言ったじゃん!」
ナディに暴露され、顔を真っ赤にした輝夜はナディの口を指で塞ぐ。
「ほーん。確かに英語の方がかっこエエわな」
《意外と中二な一面》
《まぁ十六歳だしな》
《慌ててるの可愛い》
《多感なお年頃よね》
意外と可愛いところもあるやないかと思いながら、氷室はニヤニヤとした笑みを浮かべて輝夜を見る。
「あ……いや……えーと……あ! そうだ、こいつ連れて帰るんだよね?」
どうにかして話題を逸らそうと周囲を見渡し、倒れている老紳士が目に留まった彼女は、彼の両脇を抱えるようにして持ち上げる。
「いや、残念ながらそりゃ無理や」
輝夜の拳銃とナイフを拾った氷室は、自分の刀とまとめて、開きっぱなしになっているアイテムボックスに入れながら首を横に振る。
「なんで?」
「ここアメリカやさかい。アメリカ政府に引渡さなアカン」
アメリカで犯罪を犯した者はアメリカで裁かれる。至極当然の理屈である。
「えぇー!? 苦労して捕まえたの僕らなのに?」
アメリカ政府に引き渡したとして、彼から聞き出した情報が必ずしも共有されるわけではなく、その場合、ただ無駄骨を折った事になる。
輝夜はそんなのあんまりだと言わんばかりに駄々をこねる。
「そういうルールなんや。せやから計画通り、配信して目的喋らせたんやないか」
百足旅団を秘密裏に確保出来ない場合の次善策として、百足旅団の目的を全世界に向けて発信する。
それにより、百足旅団に対する世界中の関心を集め、彼から聞き出した情報を公開せざるを得ないようにする。
それがラスベガスに来る直前に立てた計画である。
「それはそうだけどさ。なんか納得いかなーい」
両手で抱えている老紳士を見ながら、こっそり連れて帰れないだろうかと、その方法を考える輝夜。
ちょうどそのタイミングでパトカーのサイレンが聞こえてくる。
それと同時にゾロゾロと厳重に武装したSWATの部隊が突入し、輝夜たちを包囲するように展開し、輝夜と氷室の二人に銃口を向ける。
「え? あれ? なんで?」
なんで自分達に銃口を向けられているのか理解できず、氷室とSWATの部隊を交互に見る。
「お前が百足旅団を渡したくないとかいうからやないか?」
氷室の方は一切動じる事なく、むしろ輝夜をからかう余裕すら見せる。
「ごめんなさい! 引き渡します! どうぞ連れて行ちゃってください!」
輝夜は老紳士を地面に置いて両手を上げる。
「日本語で言うてもわからんやろうな」
「アイドントキャントイングリッシュ」
「ブハッ!」
文法も違う上に、発音も酷い輝夜の英語を聞いた氷室は思わず吹き出す。
「おい笑うなよ! 今のは完全に僕の英語を笑っただろ!」
「いやすまん」
《流石にこれは酷いwww》
〈どうして笑うんだい?彼女の英語はとても……その……頑張ってる感じがするよ〉
《海外勢もフォローしきれてなくて草》
「銃を下ろせ! 配信を見ていただろう、彼らは敵じゃない」
SWATの部隊を掻き分けるようにして、一人の青年が姿を現す。
「ヒムロ! 久しぶりだね会いたかったよ!」
その青年は氷室を見ると、嬉しそうに手を振って駆け寄ってくる。
《マジか! アメリカでNo.3のプロハンターのロガート・マクワイアだ》
《めっちゃ大物出てくるじゃん!》
《面子がやばすぎる》
《いくら積んだらこの三人が一つの画面に収まるのやら》
「知り合い?」
親しげに駆け寄ってくるロガートを見た輝夜は、彼を指差して氷室に小声で尋ねる。
「まぁ、何回か一緒に仕事しただけや」
「相変わらず連れないじゃないか、何度も共に死地を潜り抜けてきた仲だろう?」
氷室の肩を抱き、笑顔でそう言うロガートは、輝夜に視線を向けて笑いかける。
「やぁ、君は銀の弾丸だね。最近どうだい?」
How are youという自分達でもわかる単語が出てきて、これなら受け答えができると思った輝夜は顔を輝かせて口を開く。
「アイムファ」
「Fine thank you. And youとか言うなよ」
「……ぁ……ぇ」
言おうと思っていた言葉を、氷室に言うなと釘を刺された輝夜は、何と言ったら言いかわからなくなり、口をパクパクさせて固まる。
《なんでダメなの?》
《この場合のHow are youは体調を聞いてる訳じゃなくて、配信とかハンター活動について聞いてるだろうから、元気ですって答えるのは変だよ》
《マジか、じゃあなんて返せばいい?》
《無難にbusyとか言っとけばいい》
「そいつは英語がわからんさかい、あんまりからかわんたってくれや」
氷室は困っている輝夜に助け舟を出す。
「すまなかった、つい可愛くてね。安心してくれ、ちゃんと通訳も連れてきた」
ロガートは後ろの方を顎で指す。その先にいたメガネをかけたスーツ姿の女性が、二人に向かって軽く頭を下げる。
「さて、色々と話さなければならない事があるんだが……まずは場所を変えようか。百足旅団の身柄は厳重に確保して護送しろ!」
ロガートは二人を案内しながらSWATの部隊に指示を出す。
「あっ、配信止めなきゃ」
《気付いてくれてよかった》
《また置き去りにされる流れかと思った》
《気付けてえらい》
《ちゃんと配信終了できて偉い》
輝夜は慌ててスマホを拾いに行き、カメラに向かって軽く手を振りながら配信を終了する。
少しずつ、ジャンル別ランキングの順位が上がってきて嬉しいです。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
面白い、続きを読みたいと少しでも思っていただけましたら、ページの下よりブックマーク・★★★★★評価を貰えるとやる気に繋がります。
また、感想・レビュー等をいただけると、とても嬉しいです。
引き続き、本作をよろしくお願いいたします