1-B.72
姿を消したレオパルト軽戦車の行方は、すぐにわかりました。左手には石垣で固められた大きな段差がありますが、その段差の下に、丸太小屋が建っていたようです。天から見れば、等高線に沿って大きく右にカーブしているこの畦道。その曲がり角の一つの先に建っている小屋の、屋根に乗ることで畦道の外に出たのでしょう。
名前にこそ軽とつくレオパルト軽戦車ですが、軽は軽でもドイツの軽。カヴェナンターよりも重いのではないかと思うほどガッシリしています。仮に20トンとして、その車重を支えられる木造建築は存在しないでしょう。
通り過ぎざまに石垣の下を覗くと、瓦礫の山の上で動き出したレオパルト軽戦車が見えました。そのまま、元来た方向へと石垣の下の道を走り去ります。A42Vの足元を抜けて、森の方へ戻るつもりのようです。心の交流はどこに行ったのでしょう。アコが言葉無く見送る先で、レオパルト軽戦車は石垣のカーブによってすぐに見えなくなってしまいました。
「してやられましたわね。しかしこれで、A42Vの『目』は前方にのみついていることが分かったとも言えますわ」
「……大した度胸ですよ」
頭を出したリアシュと入れ替わりに車内に戻ったアコに、早速双眼鏡を構えてA42Vの観察を始めたリアシュの声が降ってきました。
「そういえば、今、何時になりましたか?」
「え?はい」
車長席の板状情報端末の時刻表示に目を配ります。同時に視界に入るマップでは、二つの点がトンネルと思しき地点にいました。YNGとMAGIは、上手くやっているようです。アコは、それを一旦意識の隅に追いやってリアシュの質問に答えました。
「16時18……今、19分になりました」
「そうですか……ありがとうございますわ」
その後、しばらく双眼鏡を覗き込んでいたリアシュでしたが、やがて口を開きました。
「どうやら、TSHBは本当に戦線を離脱できたようですわ」
A42Vは、相変わらず砲をこちらに向けてバカスカ撃ってきています。距離がちょっと離れたせいか、機関砲を撃つのは止めて榴弾ばかり撃ってくるのですが、今のところ直撃はおろか50メートル以内に落ちることすらありません。やはり著しく命中率が下がっているとはいえ、確率に命を委ねているこの状況はあまり好ましいものではありませんが、かといって、カヴェナンターは既に蜘蛛の糸の上。逃げ場は前方にしかないのです。
その糸の上を共に駆けるM3中戦車の方が、今は最も注意を払うべき存在でした。
「とは言っても、あまり敵意を感じないんですが……」
「どういうつもりでいるか知りませんが、言葉で協力の意志を確認したわけではありません。どの道、背後についていれば狙われることはないのですから、しばらくこうしていて問題ありませんわ」
あちらは最高速度でも、カヴェナンターには巡航速度。いつまででもついていくことはできます。
「でも、こうしていても埒があきませんよ」
A42Vから視線を切り、大分近づいてきた村落エリアへ飛ばしたリアシュが、束の間、口元に添えた左手を離しました。
「それでは、M3にはあの村でA42Vと遊んでおいていただくことにしましょう。岩山の通行路での交戦を見る限り、あの様子なら平地では膠着すると見て良いはずですわ。どちらかが倒されるでもなく、ちょうどいい時間稼ぎになるはずです」
「その間にYNGとMAGIに合流するんですね。でも、どうやるんですか?」
「M3とカヴェナンターの最大の差異、存分に活かしていきますわ」
そこまで話した時、強い衝撃がカヴェナンターを揺らしました。いえ、揺れたのは地面です。カヴェナンターとM3中戦車の至近、田んぼ一枚を挟んだ向こうの土道が爆ぜ飛び、大量の泥が空を舞います。運悪く、土道のほど近くには乾地があり、そこには薪小屋と思しき簡素な建築物と、同じく薪炭材の類と予想される、丈等しく切り揃えられた柴の束が一面に積み上げられていました。
数時間前まで降り続いていた雨水は未だ乾ききってはいないはずですが、推定500キログラムの爆弾の熱に晒されては、例え正規空母でも燃え上がります。もちろん集積された木々は、すぐさまに各所からパチパチという心地の良い音を上げ始め、瞬く間に心地良いでは済まされない巨大な火柱に変じました。あるいは濡れ薪だからこそ、モクモクと煙を上げて豪快に燃えています。
「うわあ!大惨事じゃあないですか!」
木造家屋の群集する地帯には少し距離がありますが、炎は周辺の草木に延焼しつつあります。とても自然鎮火は望めないであろう大火災が水田一枚挟んだ対岸で広がりつつあるにもかかわらず、リアシュはまるで、好機であるかのように言いました。
「この煙幕は使えますわ。そろそろ、仕掛け時かしら」
背後に大火事を置き去りつつ、M3中戦車とカヴェナンターは、ついに村落エリアの入り口に臨んでいました。




