1-B.70
三輌から見て左前方に唯一本伸びる畦道は、右手を湿田、左手を数メートルの高さの石垣の上に走る、まるでどこかの堤防の上の道を思い出させる構造をしています。あの時と違うのは、左に二輌、戦車が並走していること。
位置は、CRSTにとって圧倒的に不利です。残り10メートルを切った森林地を抜けるまでに、なんとか畦道への軌道に入らなくてはいけません。しかし左のM3中戦車とレオパルト軽戦車が、さながら幅寄せのごとくカヴェナンターの進路を遮ります。減速して後ろにつけようにも、普通にやってさせてくれるとは思えません。
「一度田んぼに入っても、すぐさま復帰すればそこまで距離は開かないのではないでしょうか」
畦道の右、カヴェナンターが現状の進路のまま進んだ場合突入することになる水田は、見たところ一般的な水田と変わりません。そこまで深くはなく、どのくらいぬかるんでいるのかはアコは知りませんが、戦車と同じくキャタピラを履いた農業用機械が入ることができるのですから、ウドミの言うように一瞬ならば突入しても良いのではないでしょうか。しかし、リアシュの意見は違いました。
「リスクは取れませんわ。一度落ちた後、復帰させてもらえるほど甘いとは思えません」
そのリアシュが左手は口元に見ているのは、数メートル先に迫る小さな崖でした。森と棚田の、ちょうど境界に当たる高低差です。せいぜい一メートル程度と、降りる分には障害にならないであろうもの。
「ウドミ、合図とともに一瞬減速し、同時に左へ進んでください。行きますわよ」
「は、はい」
急な指令に、瞬間、緊迫した沈黙が空間を支配します。
「今です」
リアシュが声を上げたのは、崖にカヴェナンターの履帯がかかった直後でした。即ち、横の二輌の履帯もまた崖から履帯を乗り出させ、そして減速したカヴェナンターの隣で、履帯の先端を崖の向こうの地面に叩きつけます。
「左へ!」
リアシュの声を待たず、ウドミの操るカヴェナンターは既に進路を左へ傾けていました。崖から半分乗り出す履帯の、その下にはレオパルト軽戦車の車体。飾りアンテナと後方へ向けられた長砲身を踏みつけんとします。
そして一瞬後、レオパルト軽戦車が砲を守るように砲塔を時計回りに回したことで開けたその車台後部に、カヴェナンターは車重の五割を預けました。その内の一割くらいは、努力及ばず長い砲身にのしかかってしまっています。そうする間にもレオパルト軽戦車は前進を続け、引きずられるようにカヴェナンターの履帯後部が崖から落ちて、車内はひどく揺れました。
「ぐう……」
腰をさすりながら戦車の外を確認したアコは、右手に水田、左手にも石垣の下に水田が広がっているのを見ました。つまり、カヴェナンターは畦道に入ったのです。
「やりましたね!」
アコがそう言って見上げたリアシュの顔は、緊迫感に満ちていました。何事かとその視線の先を見ると、M3中戦車の75ミリ砲がこちらを向きつつあります。先ほどまで、高すぎるせいでその真横にいる敵すら照準できていなかった上段の砲が、今、レオパルト軽戦車に半分乗り上げたカヴェナンターの砲塔を狙えるようになったのです。
「ウドミ!」
カヴェナンターが急制動したことで、接地している履帯の後端が抵抗となり、その車体がレオパルト軽戦車からずり落ちます。それと、M3中戦車の主砲がこちらを向くのとが同時でした。
激しい爆発音よりもむしろ先に、鉄が鉄を叩く音が聞こえました。M3中戦車の放った徹甲弾は、カヴェナンターの上面装甲を撫でて飛んでいったようでした。常々、カヴェナンターの上面がなぜ傾いているのか不思議でならなかったのですが、きっとこの一撃を防ぐためだったのですね。アコは、そういうことにしました。
僅かに遅れて、車体が垂直方向に揺れます。履帯が全て接地したのです。アコは、すぐさま砲塔を旋回させました。狙うのは、M3中戦車。またもやカヴェナンターの砲塔に引っかかって回せないでいるレオパルト軽戦車の88ミリ長砲身の上を跨ぐようにして、先ほど向けられたのと同じ口径の砲口をM3中戦車に突き付けます。
リアシュを仰ぎ見ると、微笑みながら首を横に振られました。待て、と解釈するべきでしょう。カヴェナンターは再び加速を始め、前方の二輌の背後にくっ付きます。サンド状態が解消したことでレオパルト軽戦車が加速し、M3中戦車の前に出ていきました。
「しばらく、このままで」
そう言うと、リアシュは姿勢を起こして、あろうことかハッチを開け放ちました。
「ちょっ!?」
動揺するアコ及びウドミに一つ頷くと、そのまま上半身をハッチから突き出します。そして、言い放ちました。
「ご機嫌よう!CRST車長、リアシュですわ」
何かしらの拡声スキルが用いられたことには疑いの余地なく、そのよく通る声は恐らく、M3中戦車及びレオパルト軽戦車の車内にまで聞こえたでしょうが、これといったレスポンスはありませんでした。もっとも、M3中戦車の後付けの機銃塔がレスポンスを見せるよりはずっとマシです。
はらはらと見上げるアコとウドミの気持ちも知らず、リアシュは声を張ります。
「17時、ヒトナナマルマルにあの『鬼』を始末します!既に三チームが協力している計画であり、成算は極めて高いです!皆さんも、共に戦ってほしいのです!!」
その背後で、A42Vが342ミリの主砲をもって木々の作る緑の幕を突き破り、陽光の下に顔を出しました。




