1-B.68
南から追いついてきたA42Vの機関砲攻撃を受け、レオパルト軽戦車は必然的に左手、北に進路を変えます。伴ってM3中戦車もまた左折し、それに迂闊に近づけないカヴェナンターは大回りをせざるを得ません。
結果として、全体の形は大きくは変わらず、レオパルト軽戦車とカヴェナンターの距離が開いただけになりました。その最後尾にA42Vを加えて、同じような追いかけっこが再開されます。
カヴェナンターの左前方を走るM3中戦車は、通行路で見た時にも速いとは思っていましたが、どうやらスロット構成は速度重視らしく、時速50キロ弱は出ていそうです。これを抜かさないとレオパルト軽戦車に逃げられてしまいます。
「全体的に高速すぎますわ。その内A42Vの誘導と両立できなくなります。レオパルト軽の前に出て、蓋をしたいです」
「試してみますわ」
速度制限が外れたのが見ずともわかる急加速。A42VとM3中戦車を置き去りにして、レオパルト軽戦車との距離も少しずつ縮まっていきます。
これなら狙える、とレオパルト軽戦車のこちらを向いた砲塔に照準して引き金を引きますが、標的に届くことなく手前の木に命中してしまいました。行進間射撃は得意に思っていたのですが、やはりソロとは勝手が違います。アコにとっては未知のこの速度域で、そう簡単には行かないということでしょうか。
レオパルト軽戦車の車体が一瞬で通り過ぎていった照準器から目を離しながら、アコは砲塔を回して再び狙いをつけようとしますが、リアシュに目で制止されました。弾の無駄と判断されたようです。悔しいですが、またの機会もあるだろうとアコは大人しく引き下がりました。
そうこうしている間に、カヴェナンターはレオパルト軽戦車にほとんど追いついて、左に数十メートルを置いて横に並び立ちます。
「ぶつけてくださいまし。一度追い抜いて、前に出て減速という感じでお願いしますわ」
「ですが、あちらの主砲が……」
ウドミの、レオパルト軽戦車の砲撃への危惧にはアコも完全同意です。現に今も、小柄な車体に不釣り合いな88ミリの砲口がこちらを向いています。
「大丈夫でしょう。アコが当てられない射撃を当てられるとも思えませんし、あの長い砲はぶつけてしまえば無力も同然です。それに、先ほどから撃ってこないのも気になりますわ」
気になりますと言われても腑に落ちないものは落ちませんが、操縦席のウドミは行動を開始しました。速度そのままに進路を左に切り、レオパルト軽戦車との距離を詰めていきます。前方から迫る木々の合間を縫って、カヴェナンターはレオパルト軽戦車の前につけました。
車間は僅か10メートルに満たず、8.8センチの主砲が今まさにこちらに指向しつつあります。
「ここまでしても威嚇の一発も撃ってこない……やはり」
アコも、リアシュの考慮している可能性に思い当りました。
「弾切れしてるってことですか?ですが、流石に……」
「弾切れを警戒している、というのが正しいでしょう。撃つなら確実に当たる状況で撃ちたいはずですわ」
弾切れとは、読んで字のごとく撃つべき砲弾を撃ち尽くしてしまうこと。これが小銃以下であればリロードすれば済む話ですが、PBOで撃つのは戦車の大砲です。砲弾は8.8センチ砲で20キロ以上あり、当然ながら一輌の戦車に積み込める数には限りがあります。あのレオパルト軽戦車の車体サイズにはスペースがどれだけあるかわかりませんが、多くはないと言い切ることができます。
実を言うと、この砲弾の搭載数というものに最も振り回されているのは、何を隠そうアコのような快速かつ高火力な戦車を乗り回すタイプのプレイヤーなのです。例えばアコのバレンタインで言えば、その搭載数は約10キロの砲弾が22発。より細かく言えば砲塔に7発と車台に15発です。確かに、レオパルト軽戦車もまた同系統の戦車と言えました。
弾切れなどという少牌レベルの初歩的なミスを犯したとあれば、Sランクプレイヤーにとっては最大級の大恥。搭載数の少ない戦車でBCSに出るからには、相当気を使っているはずでした。
「少なくとも撃ち惜しみしているのは間違いありませんわね。ともかく、密着してしまえばなんの問題もありませんわ。減速です」
リアシュの言葉に従ってカヴェナンターが急減速します。慣性で前につんのめるアコの体を、さらに大きな衝撃が襲いました。レオパルト軽戦車とぶつかったのです。
「離されてはいけませんわよ!」
「もちろんですわ!」
一気に減速したカヴェナンターに避けきれず突っ込んだレオパルト軽戦車もまた、失速を余儀なくされます。車体重の差もあって、カヴェナンターは、レオパルト軽戦車のブロックに完全に成功しました。
アコは砲塔を反時計回りに旋回させます。カヴェナンターの砲塔は車体のほとんど中央に位置し、75ミリ砲は正位置で車体から30センチ程度はみ出るのみ。それなりに密着していても取り回すことができますが、レオパルト軽戦車の88ミリ長砲身は違いました。
ウドミに指示するため、視察する必要があるリアシュが少し開けたハッチの隙間から、長い砲身が見えます。カヴェナンターの車体の右真横に、レオパルト軽戦車の砲がピタリと引っかかっているのです。これならば、絶対に照準されることはありません。撃つ弾があろうがなかろうが、関係のないことです。
一方のカヴェナンターの砲口は、今まさにレオパルト軽戦車を捉えたところでした。
「撃ちます!」
しかし、そのタイミングを見計らったかのように、レオパルト軽戦車が左へと急転換しました。外すはずがなかったアコの射撃は、真横にずれた砲塔の側面を浅く叩いて飛んでいきます。カヴェナンターに引っかかった長い砲身が悲鳴を上げるのにもお構いなしに、レオパルト軽戦車は車体を傾け、カヴェナンターの押し付ける力を逸らそうとしています。
しかし、ウドミがそれを許しません。左へ逃げようとするレオパルト軽戦車を抑え込もうとするように、同じく左へ進路を取りながらさらに減速します。が、ハッチから頭を出すリアシュが叫びました。
「減速ではなく加速です!」
しかし、時すでに遅し。突然に後ろから突き上げてきた抵抗がなくなり、カヴェナンターの車体が急減速しました。レオパルト軽戦車がその真横まで上がってきており、さらに前へ出ようとしています。カヴェナンターの車台の左後方の角と、レオパルト軽戦車の車台の右前方の角とが引っかかっていたのが、外れてしまったのです。
「くっ!」
咄嗟に再加速したカヴェナンターが追い縋りますが、その正面に樹木が迫ります。レオパルト軽戦車から離れてでも速度を落とさないことを取る右か、レオパルト軽戦車を押しのけて回避できることに賭ける左か。ウドミは右を選ぼうとしました。
「いいえ、左ですわ!」
リアシュがそう言い放つまでは。
その言葉に即座に従ったウドミによって、カヴェナンターは左、つまりレオパルト軽戦車へ再突撃する方向へ進みました。僅かに開いた車間を利用してこちらを向こうとしている長砲身を再び押しのけながら、レオパルト軽戦車を巻き込んで左折します。
「馬力が違いますわよ」
自分の乗る戦車の出力を熟知し、信頼していたからこその判断でした。嬉しそうで何よりです。
その時、強引に進路を曲げ、木の幹を派手に削り飛ばしながら進むカヴェナンターの車体を、再三となる衝撃が揺らしました。正確には、レオパルト軽戦車から伝わってきた衝撃でした。




