1-B.65
『なかなか撃たないみたいだから、私が撃ってあげたわ!感謝しなさいよね』
見上げた南東の空に、そんなことを口走りながらサムズアップを決めるナギナギの顔を幻視します。テヘペロまでしやがりました。アコは脳内でサムズアップを逆さにして送り返しました。
既に一分が経過し、リアシュが見下ろすマップの中ではA42Vがその向きを再反転しています。
「今のA42Vにあの急勾配を登らせれば、ほぼ確実に転倒しますわ」
「なるほど、そういう事でしたか……北東の戦闘が本格化していることに賭けるしかない?いや、偶然に頼るべきでは……」
瞬間視線を交わすリアシュとレッドは、恐らく脳内に同じプランを浮かべていました。そして、それを互いに察していました。しかし、互いに言い出せないでもいました。
「そもそも、A42Vがこの丘の頂上まで移動できるのかが疑問だ。地雷原を撤収し、別の地点で再度展開するべきでは?」
「それはできませんわ。あの対戦車地雷は全て安全装置を外して敷設しました。回収して再利用するにはリスクが大きすぎますし、何よりそんな時間はありません」
レッドが押し黙ります。リアシュもまた、口を閉ざしました。
「……………………」
「……………………………………では、こうしましょう」
しかし戦場で時間は惜しまれるべきであり、リアシュは口火を切りました。その据わった右目にレッドが気圧されたように少し顎を引きます。
「CRSTがA42Vを誘導しますわ。平坦な場所に連れていきましょう」
「……助かります」
「その間に」
レッドの感謝の言葉に被せ気味に、リアシュが口を開きました。
「YNGと共に、ある場所に向かってください」
「ある場所?」
レッドが訝しげな顔を作ります。
「私たちが対戦車地雷を発見した場所です。まだ半分、残していますわ」
「二次作戦ということですね。了解しましょう」
納得を顔に浮かべるレッドの前で、リアシュがマップを一瞥します。
「マップには載っていない場所でしたが、YNGの車長が『トンネル』の場所を知っているはずです。それを抜けた先を道なりに進めば神社のような場所に辿り着く……はずですわ。恐らく」
「……了解」
ハッキリとしないリアシュの口調に、レッドは苦笑気味ではあるものの初めて笑顔を見せました。
「さて、聞こえていましたわね?」
ハッチを閉めたリアシュの言葉に、アコはいっそMAGIの黄色い人よろしく「よく聞こえませんでした」と答えたい気分でした。しかしウドミはそういう気分ではなかったようです。
「A42Vに肉迫するのですね」
「そういうことですわ。ウドミ、急いで発進してください。まずは北東の森林エリアへ連れていきましょう」
カヴェナンターが動き出し、そしてカヴェナンターがどいたことで前進できるようになったIS-2もまた移動を開始しました。暫しの別行動です。IS-2は南東の稜線に隠れているARL-44の元へ、そしてカヴェナンターは崖へと直行します。
とやかくは言いませんが、しかし憮然たる思いを抑えきれないアコに、リアシュが声をかけました。
「大丈夫ですわ。A42Vに撃破されることは、まずあり得ません」
「ええ……?それは流石に……無いとは言い切れないでしょう」
「いいえ、言い切ることができます。あのM3を追い回すA42Vをご覧になったでしょう?」
「はあ……」
生返事のアコに、リアシュは左手を口元にやって見せ話を続けます。
「足元は覚束ず、機関砲で掃射しているのに当たらない。おまけに、転落したM3を取り逃す体たらくですわ」
アコにも、リアシュの言いたいことがわかってきました。
「脚を失って思ったより弱体化してる、ってことですか?」
「そうですわ。T34重戦車を撃ち抜いた、あの時のような砲撃は、今のA42Vにはできませんのよ」
確かに、思い起こせばその通りです。通行路を走り抜けるA42Vの砲口は上下左右に大きく揺れていましたし、静止して撃った射撃後の姿勢も大きく崩していました。八本で安定していたものが六、そして五本にまで減り、その機能には大きな制限がかかっていると見るのが妥当です。
「まあ……それなら……いけるかな……いけるかも……」
渋く唸りつつ、アコにも楽観的な心が生まれてきました。リアシュがウンウンと頷いています。そこに、ウドミの声が飛んできました。
「お二人とも、掴まっていてくださいね」
カヴェナンターは頂上にポツンと立つ一本杉を左目に、地雷原のすぐ右を走っていました。つまり、眼前には崖。
「えっ、ちょ」
そのままノンストップで崖に突っ込んだカヴェナンターは、四つ足の鹿に出来て無限軌道に出来ないことはないとばかりに岩肌を滑り降り始めました。滑り落ちると言った方が的確なような気もしますが、それだけならばまだ良いのです。問題は今まさにこちらにロックオンした、崖の下のA42Vの存在。
「まずは一発撃って釣りましょう。そのまま北へ誘導します」
斜面をものの数十秒で駆け下り、辿り着いた通行路をまたぐ数秒の安定を利用して、アコはA42Vの鼻っ面に照準します。心境はまさに、「ええいままよ!」という奴でした。




