1-B.64
転がり落ちていったM3中戦車をA42Vが撃ち下ろし、世界に束の間の静寂が訪れました。足元から腹に響いてくる機関砲の乱射が途切れ、にわかに静まった丘の上に、次には発砲音が響きました。
音の出どころは背後、カヴェナンターから見て南西。双眼鏡の中で硝煙を上げていたのは、妙に離れた場所に移動しているIS-2の砲口でした。車内に緊張が走ります。すわ、離反でしょうか。戦闘態勢を指示し、自分はペリスコープで稜線から覗くIS-2の砲塔を監視していたリアシュは、そのハッチが開きキューポラに青い人影が立つのを見ました。体をこちらに向けている長身の彼女の手に紅白の旗が握られているのを見て、アコに双眼鏡が渡されました。
バタバタと右手の赤旗、左手の白旗をご丁寧に大きく振って見せるMAGIのブルーと思しき人物に、アコも旗はありませんが腕を上下して見せました。手旗信号で連絡するつもりのようです。こちらの意図が伝わったと見え、ブルーの赤旗が斜めに上がり、本文が始まります。
「え~、『ワ、レ、サ』……『ソ』?『ウ、ア、シ』……『マ、カ』……『ス』。『我誘う、脚任す』とのことです」
「なるほど、ありがとうございますわ」
解信信号のつもりでチンアナゴみたいな動きをしながらリアシュに伝えます。次回のBCSには手旗を持参するとしましょう。プラトゥーン部門以外でも無線通信くらい使わせてくれればいいのに、とアコは運営への不満を照り付ける太陽に愚痴りました。
砲塔に戻ったアコに、リアシュがマップを表示した板状情報端末を見せてきました。
「A42Vを誘い出す役を代わってくださるということでしょう」
MAGIのIS-2は、A42Vと丘の頂上を結んだ直線上にまで移動していました。YNGも、かなり南の方まで移動しています。
「崖を越えてくるA42Vを南北から挟撃することになります。頂上に現れた直後に、前部の脚を狙うようにしたいですわね」
リアシュの声を聞きつつ板状情報端末のマップを眺めていたアコは、一つ、衝撃的なことに気が付きました。マップの北東を移動しているこの点は!
「M3!?生きてたんですかっ!?」
反射的にハッチから体を乗り出して崖の下に視線を巡らせたアコは、これまた衝撃的なものを見ました。
「あっあっあっ!ああ~~!」
アコと、その声に反応して頭を出したリアシュの眼下で、岩山を登ろうとしていたA42Vが、左側を下にして大きく体勢を崩しました。
「まさか……A42Vは、登坂能力を失っている……!?」
リアシュが震慄の声を漏らしました。
A42Vは既に三本の脚を失っています。残っているのは、右側に三本、左側に二本。冷静になってみると、平地であってもまだ歩けていることの方が不思議です。
そうこうしている間にも、A42Vは一度こけかけたというのに懲りずにまた岩山を登り始めました。
「これじゃいつか本当に横転します!」
「北に誘導しましょう。音を、北に……」
その時、岩山に寄りかかるようにしてジタバタしていたA42Vが機敏に北に砲を向けました。そして、北東方向に惹かれるように動き始めます。
咄嗟にマップに目を走らせるリアシュが、A42Vの目指す先のものを見つけました。
「レオパルト軽がM3と接敵したようですわ!」
村落エリアの北部でCRST含むチーム連合と砲火を交えたレオパルト軽戦車搭乗のチームTSHB。CRSTにとって二度目だったA42Vの特殊攻撃を逃れた後、北東の森林にて情勢を窺っていたのが、先ほどA42Vとの戦闘から奇跡的な生還を成し遂げたM3中戦車と出会ったようです。
どちらが撃ったか知りませんが、アコはTSHBではないかと予想しました。A42Vに追い回されたばかりのM3がわざわざ撃つことは無いでしょう。
「好都合……ツイていますわ」
リアシュが悪い微笑みを浮かべながら見下ろす先で、通行路から脚を踏み外したA42Vが腹を叩きつけて転び、そのまま滑り落ちて、先ほど自分で吹き飛ばした森の木々を上から圧し折って止まりました。アコとリアシュをかなりドキッとさせましたが、左右合わせて残り五本の脚を器用に動かして再び起き上がります。
「ヒヤヒヤするっ!」
「……A42Vが反転したことにMAGIが気付けば、再び発砲してしまう可能性があります。ウドミ、急行してください」
「かしこまりました」
最早隠れる必要もないとばかりに稜線を遠慮なく越えて平らな台地を駆け始めるカヴェナンターは、先ほどアコがダッシュで往復した道のりを一分もせずに走り抜け、すぐにIS-2の長い砲身が見える距離まで近付きました。その主砲が今、上へと角度を変えています。
「射撃しようとしてる!」
「ウドミ、間に合わせてくださいまし」
「もちろんですわ!」
威勢よく答えたウドミはIS-2の射線に横から割り込み、あろうことか今も空に向かって仰角を取ろうと動く砲口の目の前で急停車しました。アコも、流石のリアシュも、こめかみに汗を垂らします。ほとんど接しそうな距離で、恐らく装填済みかつ引き金に指のかかっている砲口と見つめ合うというドキドキ体験は数秒で終わり、ハッチが二つに開いてレッドが上半身を見せました。
場合によっては喧嘩と受け取られても文句の言えないアグレッシブ停車でしたが、レッドはいつもの慇懃な態度で尋ねてきます。
「A42Vが離れていこうとしているので再びこちらに呼び戻そうとしたのですが、何か問題が?」
冷や汗を拭ったリアシュがこちらもハッチから頭を出し、すました顔で理由を説明しようとした時でした。
南東で90ミリ砲が火を噴きました。




