1-B.63
アコは一人、草原をダッシュしていました。姿勢を低くしつつの全力疾走です。いつぞや取得した走る系のスキルが効果を発揮していました。なぜカヴェナンターを離れて草むらを駆けているのかというと、伝令の為です。A42V周りの状況の変化と、リアシュの言う作戦の変更を各チームに伝えに行くのです。
ようやく辿り着いた緑色の車体をノックのつもりでコンコンすると、待ち構えたようなタイミングでハッチが開き赤い上半身が姿を現しました。
「CRSTの……どうかしましたか?」
「伝令です。カクカクシカジカで……」
「なるほど、ではマルマルウマウマするべきでしょう」
アコが南方の三チームがA42Vを攻撃していたことを伝え、レッドはリアシュと同じような作戦の変更を提案しました。相変わらず同じ結論に達している二人の切れ者車長に感銘を受けつつ、アコは首肯します。
「はい、リアシュ様もそう言っていました」
「私もそれが妥当だと思います。了解した、と伝えてください」
想像の数倍スムーズだったMAGIへの伝令を完了したと判断し、さらに数百メートル先のYNGもこう簡単に終わってほしいものだ、と思いつつ屈伸運動を始めたアコに、IS-2の車上から声がかかりました。
「YNGへの伝令はこれからと見える」
「え?はい」
「では、あちらには我々が伝えましょう。イエロー、聞いていましたね」
「あー、よく聞こえなかったにゃー」
「では説明しますからよく聞いていてくださいね」
「行きたくにゃいって意思表示だにゃあ!」
戸惑うアコの前で、レッドは車内から聞こえてくる気の抜けた高い声と会話を始めてしまいました。横目に小さく会釈して砲塔の中に消えていくレッド、いえレッドさんに、アコは良い人認定を出しました。
「お疲れ様ですわ」
レッドさんの粋な計らいで思ったよりも早く終わったおつかいから帰ったアコを、リアシュとウドミが迎えました。リアシュは砲塔の上に立ち、崖越しにM3中戦車とA42Vの戦いを見下ろしている様子です。アコが並び立って見ると、彼らは既に岩山の通行路の半ばほどに差し掛かっていました。
脚まで合わせると全幅30メートルは下らないだろうA42Vもギリギリ収まるほどの広い道。M3中戦車が始終追い回される展開ですが、それぞれの速力の違いもあり、なかなか白熱していました。
「判断を間違えたかしら……A42Vの殲滅能力を過大評価していたかもしれませんわ」
「あのM3も達者ですけどね」
広い道幅を存分に活かし、大きく蛇行しながら機関砲の乱射を避け続けるM3中戦車は、既にNPCのボス戦に特有なルーティンワークを見つけたようです。A42Vを過大評価していたというよりは、Sランクチームを過小評価していたと言うべきでしょう。とは言え、逃げ回っているだけでA42Vが斃れることはありませんが。M3中戦車は後ろに向けた砲で果敢に脚の破壊を狙いますが、蛇行しながらでは一向に当たる兆しが見えません。
しかし、見れば見る程奇妙な中戦車でした。背が高いのは述べた通りですが、その理由として思い当たるのはM3中戦車が持つ、あまり見かけない構造でした。そもそもM3中戦車は車体の右側に張り出したスポンソンに75ミリの主砲を備え、旋回できない主砲の死角を補うために車体の上部に37ミリ砲を搭載した全周旋回砲塔を載せたちょっと異形な戦車です。アコは個人的にB1重戦車の妹みたいなものだと思っています。
双眼鏡でM3中戦車を観察していたリアシュが、口を開きました。
「上部の砲塔にも75ミリ砲を搭載しているようです。しかも、恐らくは大胆にも40口径のものを。砲塔は、形状を見るにイギリス仕様のM3グラントのものを無線機類を撤去しなんとかスペースを確保しているのでしょう。おまけに、その上にさらにリーの機銃塔を移植しているのであまりにもゴテゴテしていますわね」
予想を超えた無茶な改造が施されていたようです。元より5メートル台後半の車高を持つ戦車ですが、あのM3中戦車は恐らく6メートルを越えているでしょう。
「てことは、75ミリ砲二門装備ってことですか」
アコとしては、その武装が気になるところ。単純計算でカヴェナンターの二倍の攻撃力ですが、その計算はリアシュが否定します。
「他武装戦車の劣性など、歴史がとうの昔に証明していますわ。現に今も一門しか使えていません。そもそも、M3は75ミリ砲を旋回砲塔に搭載する技術的不安からあの形状になったと言うのに……」
そうブツブツ言いつつも、グレーの右目が輝いています。不合理なものに惹かれてしまうのは、人間の性なのでしょうね。実用性なんてものでは憧れは止められないのです。
いつの間にか顔を出していたウドミが自分の意見を述べます。
「あそこまで重心の高い戦車、簡単に転びそうでゾッとしませんわ。ほら……」
その時、通行路の右端にてカーブを切った直後に機関砲の攻撃を受け、それを避けて再び左に急カーブしたM3中戦車の左側の履帯が浮き上がりました。さらに、タイミング悪く砲塔の75ミリ砲が発砲。そのリコイルを受け止める力は、片輪走行中のM3中戦車にはありませんでした。
「あっあっ、お?あ、あ~」
実況になっていないアコの声が雄弁に語る通り、大きく傾いた車体は一瞬静止し、復帰するかに思われましたが、曲がる術を持たないM3中戦車の前方には岩が転がる急斜面。斜面に倒れ込むという最悪を回避するためか、正面固定の方の75ミリ砲がスラスターよろしく発砲し、姿勢は最低限回復したかに見えましたが、それでも通行路に復帰することは叶いませんでした。
止まるとつんのめって転ぶ為、転輪は回したまま急斜面を駆け降りていくM3中戦車に、一方のA42Vは、なんとM3中戦車の最期の一撃を膝に受け一時的に動きを止めていました。左側の一番前の脚の付け根から下が、本体から落ちて地面と壮大な衝突音を奏でます。
それでも彼は無慈悲な狩人です。姿勢をなんとか持ち直したA42Vが、342ミリの口径を動かします。大粒の岩々をなんとか躱しながらスリリングすぎる障害物走を走り抜け、M3中戦車の姿がふもとの森の中に消えた一瞬後、その一帯は消し飛ばされました。




