1-B.62
森の中の妙に既視感のある中戦車の主砲が火を噴きます。A42Vから見て左後方から撃ったというのに、砲弾は右側の前から二本目の脚に命中して炸裂しました。狙ってやったことなのか、手前の左側を狙った結果外れたのかはわかりませんが、当たった脚は爪部分が半ばで割れ、下半分がはがれて吹き飛びます。長さ五メートルほどの装甲板が地面を叩きました。
当然、A42Vは砲撃に反応し振り向きますが、今度は草原に飛び出した背の高い中戦車が発砲し、A42Vの気を引きます。この繰り返しは見ていただけでも既に四回目であり、A42Vの脚は、左側の後ろから二本目が追加で無くなって残りは六本。草原の中戦車が囮、森の中戦車が攻撃役、と役割分担のしっかりできた、急造チームにしては良いチームワークを見せています。なおA42Vの動作を見るに、爪を失った脚でも、脚としての機能は健在のようです。
「確実を期すなら、付け根を狙いたいですね。それと榴弾の方がいいかも?」
いずれは自分も同じことをするはずなので見学に努めようとしていたアコに、リアシュの指示が下りました。
「アコ、射撃準備です。森の二輌を狙います」
「えっ?ですが、5キロ以上離れていますよ?当たったとしても撃破はできませんしそもそも……」
「構いませんわ。必ず命中させる必要もありません」
「……了解です」
アコは、徹甲弾の装填された主砲を、右奥に覗く中戦車と豆戦車の方に向けます。射角の右半分が丘の稜線で隠れてしまうので、現在地は二輌を狙えるギリギリ、まさにベストポジションと言えました。せめて少しでも抜ける確率の高い方を、とTKを照準器の中心に置き、落下分を直感で調整します。木々の隙間に僅かに見える中戦車の砲塔からやはり既視感を感じるのは何故でしょうか。
「撃てます」
「どうぞ」
カヴェナンターに乗るようになってからは久しぶりな長距離での射撃です。あらぬ方向に飛んだりしたら少々へこむのですが、そんなことはなく無事放物線を描いた砲弾は、森と平野のまさに境界線に着弾して土を捲り上げました。左右には少しブレが生じ、車輛にこそ命中はしませんでしたが、結果としてはA42Vを狙う中戦車の射線上に着弾したことになります。
当てたところで効果には疑問がありますが、次は当てられる、と腕まくりするアコの横で、リアシュがウドミに言います。
「後退、岩に完全に隠れてくださいまし」
すぐさま従ったウドミによってカヴェナンターが岩の落とす影に完全に入るのと、A42Vの主砲がこちらを向くのが同時でした。A42Vのことを完全に忘れていたアコは、今更肝を冷やします。
「あの三輌、結託していると見て確実でしょう。このまま森の中戦車を牽制し続け、飛び出したM3を孤立させます。継続して射撃すれば、こちらの発砲音でA42Vを北側に誘導することもできますしね」
M3とは、あの車高の高い中戦車のことでしょう。M3中戦車と言えばあのM4中戦車が開発されるまでの中継ぎを務めたアメリカの戦車としてアコも知っていますが、あそこまで独特なシルエットだったでしょうか。
「恐らくあの二輌、森から出てくる気はありません。十分に引き離した後はM3が撃破されるのを待って、元の作戦に戻りましょう」
計画の軌道修正の具体的な光明が見えてきました。
数分後、再び砲身を現した中戦車に撃ち込んだ二発目も外し、さらにその一分後に今度はこちらに照準してきた中戦車にかなり惜しい至近弾をお見舞いすることに成功するなど、アコと敵砲手が遠距離での競り合いを演じている間に、A42Vは丘のふもとに迫りつつありました。脚を二本も失ってバランスが悪いらしく、巨大な体を左右に大きく振りながらワシャワシャと目の前の背の高い中戦車を追いかけています。
CRSTにとって誤算があったとすれば、アコと森の中戦車との間の応酬など露とも知らないM3中戦車が、孤独にもしぶとく生き残っていること。森からの援護射撃が止まったことを裏切りと解釈したらしく、その進路は完全に北に固定されています。既にA42VとM3中戦車の前方には丘の頂上へと続く草に覆われた坂と、岩山を突っ切って丘を素通りする道との分岐路が見えつつありました。M3中戦車は、後者に進むつもりでいるようです。
「いっそ、M3ごと丘の上に誘導してしまうというのはどうですか?A42VもM3も撃破できて一石二鳥じゃないですか」
アコの思い付きの提案に、リアシュは首を横に振ります。
「いえ、A42Vをご覧になって。アレは標的を追う時、機関砲を撃ち続けながら追います。48ミリの口径でそんなことをされれば、せっかくの地雷原が爆破処理されてしまいますわ。M3は撃破できても、肝心のA42Vが無事です」
リアシュは左手を口元にやり、マップを見つめる右目を細くしていましたが、次には顔を上げ、朗々とした声で告げました。
「作戦変更です。ここは一旦見送って、M3が撃破されA42Vが移動をやめるのを待ちます。動きがなくなったら、陣形を変更して丘の頂上に誘き出し処分しましょう。この急峻な岩山を障害物と認識せず直線的に登ってくるかが不安要素ですが……まあ、あんな脚を持っているのですから大丈夫でしょう」
カヴェナンターは巨岩の影から草原へと、後退を始めました。




