1-A.7
「ウドミ、もう少し引っ張ってちょうだい」
「はい、このくらいでしょうか?」
「ええ、いいですわ……ごめんなさい、アコさん。すぐに終わらせますわ」
リアシュが金槌を振るうと、壊れた履帯が面白いように分解されていきます。ヒビの入っている履帯八枚を取り外すと、今度は取り外した場所に、ストレージから取り出した新しいものを取り付けていきます。
それを少し興味深く眺めながら、アコは昔、バレンタインの履帯が外れたときのことを思い出していました。まだバレンタインが前を向いていたころです。
確か、アーバンエリアで三両の戦車と接敵し、何とか撃退したものの、無理なスリップをしたせいで履帯が外れてしまったのでした。どうしてよいのかわからず、オロオロしたことを覚えています。幸い履帯自体は破損しておらず外れただけで、一度ログアウトしてネットで調べたりしながら何とか復帰できたのでした。それ以降、アコは疎かにしていたTEC上げに本腰を入れるようになります。
そんなことを考えていると、言葉は自然に出てきました。
「あの、何かお手伝いできることはありませんか?」
「いえ、全然大丈夫ですから……」
「アコさんは少し休んでいてください」
アコには、二人の先輩の焦りが簡単に察せました。こういう状況で、良い後輩のやるべきことなど一つでしょう。
「その、私、こういうのも楽しくていいと思うんです。せっかく友達と一緒にゲームするをするんだから、そんなに気を使わないで……お手伝いさせてください」
リアシュとウドミは、驚いたようにちょっと顔を見合わせました。そして、口元を弛めます。
「……ありがとうございますわ」
「では、転輪の様子を見てくださる?この子は複合転輪ですから、もしヒビでも入っていたら少し骨が折れますわ」
「わかりました!」
「もし壊れていたら私の出番ですわね」
リアシュが指示し、アコが砂をかき分けながらティーガーⅡの下に潜っていきます。ウドミが、腕まくりのジェスチャーをして見せました。
「何を隠そうこのティーガーⅡ、故障せずにデザートエリアを抜けたことは一度もありませんの」
幸い転輪に損傷は無く、無事履帯の直ったティーガーⅡとバレンタインは、十数分後にその場を去りました。
PBOの空は外と連動しており、霧の街にはすっかり夜の気配が満ちています。遊び切った三人の顔には、疲れと満足の表情が浮かんでいました。
三人は、フォグバーグの大広場に向かっていました。ログアウト自体はワールドのどこでもできますが、誰しも自分の戦車を失いたくはないので、よほどの緊急事態でもない限りログアウトは街の中ですることになります。すると、なんとなく解散場所は待ち合わせ場所と同じあの大広場になるのでした。
何度となく行き来した大通りを、今は三人で歩いています。アコはふと、ずっとこうしていたいような気分になりましたが、すぐに大広場に着いてしまいました。
「それでは、そろそろ失礼します。今日は本当に楽しかったですわ」
先頭を進んでいたリアシュが振り向き、にこやかに言いました。
「私も、とても楽しかったです。明日もまたご一緒しましょう?」
ウドミは、言葉通り楽しんだのでしょう。ムキムキの表情筋を弛緩させニコニコしていました。
「ええ、もちろんです。私も楽しかったです」
アコもまた、本心からそう返事しました。校内でたまに見かける著名な二人の上級生の突然の勧誘から始まったこの数時間は、少なくともその誘いに乗ったことを後悔しない程度には、楽しい時間だったのでした。
「では、また明日学校で。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう」
「ご機嫌よう」
リアシュに続いて、ウドミがログアウトしていきます。二人が光の粒になって消えていくのを見届けて、アコも自分のウィンドウを操作してログアウトしました。
ヘッドギアを外した桜子は、肌着がじっとりと汗ばんでいるのを感じました。若干の頭痛と倦怠感は、長時間のフルダイブのせい。
体を起こして部屋に視線を巡らせると、床には鞄と脱ぎ捨てた制服が散乱していました。
桜子はそれらを拾い、より生活的な意味でのハンガーにかけ、それから大きく伸びをしました。
この後シャワーを浴びて、夕飯を適当に食べ、宿題を終わらせたらなるべく早く寝なくていけません。明日の朝も早いのです。
億劫だと感じながら、それでも自分が笑みを浮かべていることに、桜子は気づきました。