1-B.48
「段差そろそろです」
アコの声に反応し、カヴェナンターが一時停車します。リアシュがハッチを開けて履帯を浸す水面を照らしますが、正直よく見えません。
「まあ、50センチ程度なら……」
ウドミがそう言ったので、残りの二人も特に異論はなく、カヴェナンターは再度発進しました。
ジャブジャブと水をかき分けて進み、段差を下ると大きな波が立ちました。カヴェナンターの車体が一層水の下に沈みます。水深は、履帯がギリギリ水面下くらいでしょうか。水はやはり怖いですが、戦車に乗っていれば少なくとも溺れ死ぬ心配はありませんね。
ウドミが口を開きました。
「これはきっと山のあちらとこちらから穴を掘って、高さがズレたのを強引に調整したという設定でしょうね」
「運営の人そこまで考えてないと思いますよ」
「なんてこと言いますのアコさん」
車内が雑談の雰囲気になりかけましたが、チラリと板状情報端末を見たリアシュが「あら」と声を上げました。
「14時59分ですわ。一度停車しましょう」
アコがリアシュの持つ板状情報端末を横から覗き込み、ウドミはいつでも発進できる態勢を維持しつつ停車します。15時の位置情報公開が目前に迫っていました。
表示されたマップには、今はまだ何の変哲もありません。しかし一分後には、各所に無数の点が出現することでしょう。自然、アコとリアシュの視線はマップの北西部、カヴェナンターの現在地と思しき辺りに集中します。
「……来た」
画面上に赤い円とバーが出現しました。有体に例えれば、一般的なレーダーのイメージ画面です。BCSのいつもの演出でもあります。ピコンピコンという高音を発しながら、最初真東を指していたバーは妙にゆっくりと時計回りを始めます。
最初にバーが通過した南東部に、点がいくつか出現しました。退場済みを示す無数の灰色の点に囲まれ、白の点で表示される生存チームは二つ。リアシュが点の上に指を置くと、それぞれチーム名が表示されます。その内の一方であるMMAIは、あのTK豆戦車のチームです。やはり、生き残っていました。
今、白い点がもう一つが出現。二点から少し離れたその点は、タップすると「SSKK」と表示されました。
そしてその南東のエリアにさらにもう一つ、普段のBCSの位置情報公開時には見かけない表示がありました。点よりも一回り大きいその長方形は、高地と低地の間に存在する坂の中腹辺りに映っています。
「これは……A42Vかしら」
「ああ、きっとそうですね」
どうやら、先の三チームはこれに睨まれて身動きできないでいるようです。長方形なので向きもわかりやすいですね。
バーはノロノロと、CRSTの出発地点である南西部を通過していきます。崖の下、低地にはもはや一チームも残っておらず、高地の平原地帯のど真ん中に一つのみ、点が現れました。リアシュが触れて確認します。
「あ、ヤークトティーガーの」
「本当にしぶといですこと」
あの爆撃の後、林道を東へ抜け、その後は平地を南下しているようです。その機動性の低さを考えれば当たり前ではありますが、あまり動いていませんでした。
「さて、そろそろですわよ」
バーが真西を過ぎ、北西エリアに差し掛かります。アコたちの土地勘が正しいものであれば、CRSTは今ここにいるはずです。アコとリアシュの熱い視線を注がれながら、マップの西端と言っていい場所に最初の一点が出現しました。リアシュが百人一首大会のような俊敏さでパッと指を伸ばします。「ISS」と表示されました。
「林道をそのまま西に行ってたら、こいつに出くわしてましたね」
リアシュは頷いただけでした。そして、次の一点が出現しバーがゆっくりと通り過ぎます。リアシュがタップしました。
「ありました、CRSTですわ」
「思ったよりも南でしたね」
「ええ……?なっ!」
その時、赤いバーが完全に通過し、CRSTの点のほとんど真横に新たな点が出現しました。
「ウドミ、発進用意!」
リアシュの鋭い声が飛ぶのと同時に、アコは弾かれたようにハッチから頭を出し、周囲を見渡します。位置情報通りなら、敵チームは、北東を向いて進んでいたカヴェナンターのまさに目の前にいてもおかしくないのです。
しかし、目を凝らしても、闇の中に戦車が潜んでいる気配はありません。流石に戦車を見落とすほど間の抜けた視力ではないと信じたいところですが、頭上のピンクの悪魔に気づかなかった前例もあります。一応、手を翳して光量を絞った懐中電灯で辺りを照らしてみたりもしましたが、周囲にはやはり戦車の影も形もありませんでした。
「……いません」
呆然としつつ車内に戻ると、リアシュが訳知り顔で板状情報端末を見せてきました。ウドミが横から覗き込んでいます。
「これは……こいつら、石の中にいる!?」
触れると「YNG」と表示されたその敵チームは、先ほどから少し位置を変えていました。ちなみに、位置情報の更新は一分に一周のペースで回転するバーが通り過ぎるごとに行われます。そして更新されたその位置情報によれば、今、敵チームはカヴェナンターのちょうど右、まさに壁の中にいることになりました。
一瞬混乱したアコでしたが、しかし、すぐに真相に気が付きました。
「上、ですか」
「恐らく」
つまり敵の現在地はこのトンネルの直上、地上だということです。
「このトンネルの存在を知らなければ、向こうは大混乱でしょうね」
ウドミが砲塔の天井を見上げながら言いました。確かに、自分の真横に表示されたチームが真下にいると発想するのは中々難しいでしょう。
「……この『YNG』、見たところ搭乗戦車はARL-44ですわ」
チーム名簿を開いたリアシュが、マップ上の「YNG」の名前を探し、表示させます。チーム名簿には搭乗戦車の外見も載っていますから、新たに公開された位置情報と合わせることで、今後は交戦前から相手の情報をある程度得ることが可能になります。
表示されていたのは、なかなか大柄な重戦車でした。長い砲と、あとは伝統を感じさせる全周式の履帯が特徴的でしょうか。プレートが連結したような癖のある形状の履帯から言えばまず間違いなくおフランス車。
「ARL-44は占領下のフランスで秘密裏に開発されていた戦車です。あいにく完成は終戦にかなり間に合いませんでしたが……」
「戦後の戦車ということは、主力戦車ですか?」
「いえ、ただの重戦車ですわ。ノウハウを失っていたフランスが諸国に追いつくまでの、過渡期と言うか、繋ぎと言うか、そういう戦車ですわ」
ARL-44と言うからには1944年に開発が始まったのでしょうが、年代の割に性能はイマイチ、ということでしょう。PBOには珍しい戦後の戦車ですが、そこまで身構える必要は無さそうです。そんな風に考えたアコに、リアシュの補足が降ってきました。
「足回りは時代遅れも良いところですが、攻撃力と防御力は侮っていいものではありませんわ。主砲は口径90ミリの大火力、装甲は車体前面が傾斜45度の120ミリ、砲塔前面が110ミリという鉄壁。正面から撃ち合ってもまず敵いません」
「かなり強いじゃないですか!?」
特に防御力が厄介です。スロットの効果を無視するならば、砲塔をゼロ距離からなら抜けるでしょうか。
「ですので、トンネルで戦いましょう」
リアシュが微笑みを浮かべて言いました。
「それに、少しやりたいこともあります」




