1-B.47
いろは坂もびっくりのつづら折りをようやく下りきったカヴェナンターは、今は直線的な道を急ぎ足に進んでいます。少なくとも四十八回よりは多くカーブしたと思われました。数えていませんが。
尾根を下り谷間に入った山道は、右も左も後ろも、前まで斜面に囲まれていました。
「これ……行き止まりじゃ、ないですよね?」
「……いえ、どうやら違いそうです」
アコの質問に、リアシュが操縦席から答えました。
カヴェナンターが停車します。その目の前には、出口の見通せないトンネルが山肌を貫いていました。トンネルと言うよりも隧道という言い方をした方がしっくりくるような風情で、その壁は煉瓦で固められています。いつの間にか土剥き出しとなった道の幅はそれなりに広く、カヴェナンターなら二両並んでも通れそうでした。6メートル以上あるでしょうか。高さに関しては、5メートルはなさそうです。
アコはカヴェナンターを下りて、その煉瓦をペチペチしながら言いました。
「ちゃんと向こうに通じてるんでしょうかね?」
声がワンワンと響き、少し面白いです。
「この様子では、中で崩落している可能性も十分高そうですね」
「まあ、他に道が見当たらない以上必ず通れる、と言いたいところですが……」
アコは、背中に視線を感じて振り向きました。ウドミとリアシュが見ています。アコを。なんでしょうか?
「……?」
「「……」」
もしかして、アコが先行して様子を見てくると思われているのでしょうか。そう言えば、石階段でアコは車内にいると傾斜を直に感じて怖いので、誘導として先行しました。その前、丘の上の材木倉庫の調査もアコから言い出しましたし、そのさらに前、堤防でも、崩壊の直前に率先して地面の確認に行きました。
まさか、先に行きたがりと思われているのでしょうか。
思わずトンネルを振り返ってしまいます。ポッカリと口を開けるトンネルの中は、黒より黒く闇より暗き漆黒が立ち込めており、心霊的なものは全然まったくこれっぽっちも怖いと思わないアコですら少々尻込みしてしまいます。
まあ、アコは心霊的なものは全然まったくこれっぽっちも怖いと思わないので、問題ありませんがね。
「じゃあ私ちょっと調べてきますね……」
「「お気をつけて~」」
微笑まし気な先輩二人に見送られながら、アコは既に若干後悔しつつ、トンネルの中へ足を踏み入れました。
入り口に立つと、背後から差す光に仄明るく浮き上がる煉瓦の壁がまるでどこまでも続いているかのような錯覚を覚えます。アコはアイテム欄から懐中電灯を実体化させ点灯しました。足元をよく照らして、転倒しないためです。なんちって。お天道様の光も届かないのでね。なんちって。
「アコさん、どうかしました?」
「いえ、何でもないです……」
一歩踏み出すと、ベチャッと言う音がトンネルに響きました。空は快晴ですが、いかんせん日当たりゼロのトンネル内には水溜りができています。アコは観念して歩き始めました。
とはいえ、歩いてみればなんてことはありません。フルダイブではありませんでしたがVRのホラーゲームだってやったことがありますし、もし仮にPBOで何か出たとしてもそれは運営の悪戯か何かでしょうし、アコは心霊的なものは全然まったくこれっぽっちも怖いと思っていませんし、
ぴちょん。
「オヒョホォ!」
「アコさん!?どうかしました!?」
「な、何でもないです!」
うなじに触れると、指先が濡れる感覚がありました。念の為懐中電灯の下で確かめますが、赤かったりはしません。ただの水です。
「なんだ水か……驚かせやがって」
続けて背後にも、ピシャン、と水音がしました。振り返って懐中電灯を向けると、1センチほどの水溜りに波紋ができていました。よく見ると道の右端から左端まで水に覆われています。ちょっと嫌な予感がしながらピシャピシャと先に進むと、やがてそれはパシャパシャになり、最終的にはバシャバシャとなりました。数十メートルほど進んでも出口と思しき光は未だ見えず、水位はアコの膝下まで来ています。
舌打ちになりかけた唾を飲み下しながらさらに一歩進んで、アコは足を取られてスッ転びました。
「オギャアアアアアアアアゴボゴボボボ」
頭まで泥水に浸かり、例によってトラウマが発動しかけましたがギリギリ足がついて冷静になります。立ち上がると、水位は腰までありました。カナヅチが溺れるには十分な水深です。
汚い水面の下で揺らぐ光を放つ懐中電灯を手を伸ばして拾い上げ、アコは胸を撫で下ろしました。やはり、懐中電灯は防水に限ります。さて、何に足を取られたのかと背後を照らしてみると、水の中に階段のように盛られた土が見えました。アコが今いる方が下、向こうが上で、高低差は50センチほどです。
再び振り返ってトンネルの先を照らしますが、そこいら中でピチョンピチョンと水の滴る音がするだけで出口なんてとても見えません。どうやら、トンネル全体がアコの進行方向から左向きに曲がっているようでした。
アコは、踵を返しました。
外の光に目を細めるアコの泥にまみれた姿から、リアシュとウドミも中の様子を察したようです。
「冠水です。それに、妙な段差もあって……」
カヴェナンターに這い上って報告するアコに、ウドミがタオルを差し出してくれます。よく見るとリアシュの包帯代わりにした白布の残りでした。
「雨水かしら……上の山に降った水が、今になってトンネルの中に染み出してきたのでしょうね」
まず顔から拭うアコに、リアシュも渋い顔を見せます。
「出口はどうでした?」
「見えませんでした。左にかなり曲がってるみたいで、トンネル自体は百メートル以上あるかと思います。でも、他のチームがいる気配はなかったかなと」
アコの報告を聞き、リアシュが悩んだ時間は一瞬でした。
「進むしかありませんわね。残り三分……それに、トンネルの中というのは存外、都合の良い場所かもしれません。ウドミ、エンジン音をあまり響かせないように、ね」
「了解です」
リアシュの号令に従い、カヴェナンターはその車体を、トンネルの影の中に落としていきます。
「ライトをつけても良いですか?」
「……一本道です。ここは、慎重に行きましょう」
「わかりました」
ウドミは右の壁に沿って進むことにしたようです。
暗闇の中、カヴェナンターの履帯の音が控えめに響きます。天井から垂れる水滴が装甲を叩き、こちらも控えめに弾けました。しかし、エンジン音は控えめと言うには少し大きく、静音性は出力の犠牲となったのだと思い出させてきます。
やがて、履帯は水をかき混ぜながら回転する様になり、履帯の音も控えめとは言えなくなってきました。




