1-B.46
東の大鳥居こと石造の巨大な鳥居の下で、カヴェナンターは停車していました。石垣の方から見た時には、ちょうど大鳥居の中に島の中央の丘の頂上が収まって綺麗に見えたものでしたが、その鳥居の足元からはむしろ丘の頂上しか見えません。周囲は何かしらの自然遺産に指定されていそうな森に囲まれ、前方視界は大変に悪いのです。丘の上の平たい草原にはポツンと一本の樹が立っています。
ここが、あの急な石の階段を登った先の高台であることを思うと、この場所から見ても首を上げなければいけないあの丘はかなりの標高であることがわかりました。目の上に手の平をかざし、周囲全方に鬱蒼と茂る木々の上から頭を出す丘の頂上を見上げ、アコは順当にいけば登ることになるだろうその高さを思って嘆息しました。
そんな高い丘を目の先に控えておきながら、カヴェナンターの前には下へと降りる山道が続いていました。マップ全体の西北西くらいに位置するこの台地は、あの丘につながってはいないようです。あるいは、ここが丘の巨大な尾根の一つと言えるのかもしれません。その丸いシルエットから丘と呼んでいましたが、尾根があるならば山と呼び改めるべきでしょうか。
鳥居の先にも石畳の延長のような舗装が続く山道は、それなりの急勾配で斜面に沿って緩やかに左折しています。
「それでは、行きますわよ!」
そんな山道に臨むカヴェナンターのレバーを今握っているのは、リアシュでした。ここまで緊張感のある戦闘も含む二時間弱の時間ずっと操縦してきた上に、ピンクと肉弾戦を繰り広げ、さらに地雷運搬の労役もこなしたウドミは、大鳥居までの直線の石畳を走り抜けたところでリアシュに交代を言い渡されたのでした。
妙に遠慮するウドミをアコも加勢して宥め、こうしてウドミとリアシュは普段の席を取り換えているというわけです。一気に狭くなった砲塔からアコとウドミが見守る中、操縦席にお尻がつかないリアシュが、腕を精一杯伸ばして掴んだレバーを倒そうとします。それを見て、ようやくアコも、先ほどから青褪めているウドミと同じ危機感を抱きました。
「あの、やっぱり私が……」
ウドミが口を開きましたが、既にカヴェナンターは動き出していました。
そして、間を置かずに最高速度である時速60キロに達します。それほど幅が広いわけでもない石畳を覆う苔を鉄の履帯で削りながら、ドリフト気味に左コーナーを攻め攻めで通り抜けるカヴェナンターの砲塔を、左から枝垂れてくる木々が叩きまくりました。
ヘアピンなのに減速しないとは、何を考えていらっしゃるのでしょうか。
「ちょちょちょちょ、もうちょっとスピードを抑えた方が……!?」
「大丈夫、間違っても事故なんて起こしませんわ!私を信じてくださいまし!」
調子よくそんなことを言いながら、またも履帯を滑らせて右へのヘアピンコーナーを今度は完璧にドリフトで折り返しました。
確かに、運転技術は高いのでしょう。安定感と言うべきか、慣れた感じがします。ただし、その運転には安定感はあっても安心感は欠片もありません。アコは、根元から折れた境内の小さな鳥居を思い出していました。あれはリアシュ操縦のカヴェナンターがやったんですね。
ウドミが遠い目をする横で、アコが必死の説得を試みます。
「そ、そんなに急ぐことも無いじゃないですか!もし万が一、ここで谷に転げ落ちでもしたら!」
「急ぐ理由ならありますわ!時計を見てくださいまし」
「え?」
時刻は14時51分。BCS開始から、あと9分で2時間が経とうとしています。開始2時間と言えば。
「あっ、位置が……」
「そうですわ。位置情報の公開まであと10分ありません。最悪、位置情報を見て寄ってきた敵チームとこの狭い一本道で鉢合わせなんてことになりかねませんわ。そうなる前に、走り抜けませんと!」
「そ、それはそうですけど……!」
口でリアシュに敵うはずがありませんでした。しかし、このアグレッシブドライバーさんはどうしても止めねばなりません。
「あ、そう、そうだ!リアシュ様が本殿で見つけたというのは何だったんですか!?判断に困るとか言ってましたけど!」
一旦停車させる作戦です。
「ご覧になります?今出しますわね……」
そう言って、左へ急カーブを切ったリアシュはレバーから手を離し、操縦席の椅子にトレーニングベンチのように背を預け、仰向けの姿勢になりました。
「わーっ!わーっ!今は良いですからやめてくださいってなんですコレ!?」
リアシュが伸ばしてきた手の中にあったのは、一言で言えば木製のロボットフィギュアでした。大きさは20センチくらいでしょう。肢体にはゴツゴツとした装甲のようなものを備えており、反対に頭部は、のっぺりした能面のようです。両目と思われる部分に空いた二つの細長いスリットの少し上から、短い二本角が生えています。最もわかりやすく形容すれば、兵器メーカーの社長がパワードスーツを着て戦う系の某アメコミヒーローに角を足したような、そんな姿をしていました。
アコが思わず一瞬、リアシュを制止することを忘れてツッコんでしまうほど珍妙な代物でした。こんなものが、あの本殿に御神体のように祀られていたのでしょうか?
レバーには確実に手が届いていないその姿勢のまま、リアシュが喋り始めます。
「確かに奇妙なものに思えますが、いくつか私の推測を述べますと……」
「今は良いです、今は良いですから前見てくださいレバー握ってください!」
「あら、そうですか?」
肩で息するアコに、リアシュは謎のフィギュアを手に腹筋を使って操縦席に戻っていきます。確かにしばらく直線ですが、ですが。
「ウドミさん、何とかならないんですか!?」
「なりません。諦めてくださいまし」
「そんな……」
カヴェナンターは、右手に広がる深い谷に履帯を半分はみ出させながら猛スピードで高台を脱出しつつありました。




