1-B.44
凄まじい勢いで閉じたハッチが、半ばまで差し込まれたピンクの腕に直撃します。ハッチは水平なギロチンのように、その鋭い刃をもってピンクの右腕を切断しました。
もちろん刎ね飛ばされた右腕が車内に落ちてくるなどというスプラッタなことは起こらず、本体を離れた身体部位はグローブ等の身に付けられた装備品と共に、赤い粒子となって消えていきます。しかし、粒子とならずに落ちてくるものがありました。それはすなわち、既に実体化されたアイテム。ピンクは何かを握っていたのです。
スローモーションになった世界で、アコの目はそのアイテムの正体を確認してしまいました。大きさは10センチ足らず、形は表面に刻みの入ったレモン型と例えるのがしっくりくるでしょう。アコも直近で見て知っているものでしたが、アコの知っている姿には、丸いリングが足りませんでした。要するに、降ってきたのは安全ピンの抜けた手榴弾でした。
ピンクは、先ほどアコに見せつけた人外の咬合力をいかんなく発揮してピンを抜いた手榴弾を、カヴェナンターの車内へ投げ込むべくして右腕を伸ばしていたのです。そして、それは間違いなく、CRSTへのとどめの一手でした。
最初に動いたのは、行動不能から回復した直後のリアシュでした。アコの下から抜け出し、手榴弾をキャッチせんと腕を伸ばし、立ち上がろうとします。アコは、そんなリアシュが次にやろうとすることを理解するのに半秒要し、その為に自分が何をすべきか理解するのにさらに半秒と少しの時間をかけました。リアシュの両手が手榴弾を捉えるのと同時に動き出し、跳ね上がるように立ち上がって、ハッチに手をかけます。そしてリアシュが投擲姿勢に入るのと同時に、先ほどあれだけ開かないように頑張ったハッチを全開まで開きました。
手榴弾が、リアシュの手を離れ、宙を舞います。既に何秒経過したのでしょうか。あと何秒残されているのでしょうか。じれったい程スローな世界で、真上に投げ上げられた手榴弾はようやくハッチを通過、カヴェナンターから出たと言える状態になりました。アコがハッチを閉じんとし、一瞬前と真逆の方向へ力をかけます。
しかし、それがタイムリミットでした。
空中で咲いた手榴弾が、閃光と共に破片をまき散らします。
アコはハッチを閉じようと天に背を向けた姿勢で、リアシュは投擲後の右手を振り抜いた姿勢でいました。
一瞬後、閃光が収まり、リアシュがうずくまります。アコはもちろん、操縦席のウドミも悲鳴を上げました。
「リアシュ様!」
「大丈夫ですか!?」
リアシュの体が赤い粒子となる様子はありません。少なくとも、体力は全損を免れたようでした。アコは、回復アイテムが残っているのが自分だけだという事実に気が付き、即座に実体化させてリアシュに使用します。リアシュの体が淡く発光し、回復が始まりました。
「アコ、あなたの体力は……!?」
「六……いえ、七割弱あります!」
実際、六割強くらいでしょうか。
「リアシュ様は!?」
「……残り二割でした」
ならば、どのみちリアシュに使って正解だったようです。
リアシュの体は、そんな残り体力も納得の有様でした。特に右手が集中的に破片に晒されたようで、手首の先の一部が粒子となって消えていっています。そして、何よりも目立つのは、左目でした。綺麗なグレーの瞳を持つ眼球があった場所は、今は真っ赤な負傷エフェクトに塗りつぶされています。
回復アイテムの効果で流血判定は即座に消えましたが、欠損した部位を再生させるほどの効果はありません。このBCS中は、右手と左眼が戻ることはないでしょう。
そして、残り二割と聞いて青褪めるのはウドミです。
「私が二つも回復アイテムを使ってしまったから……」
それを言われると、一つ目の使用の要因はアコにあるようなものなので耳が痛いのですが、アコもリアシュも、これに関する意見は一致していました。
「肉弾戦もこなしたウドミさんが一番回復を使うのは当然ですよ」
「ええ、ここまでの白兵戦は想定外でしたが……あくまでイレギュラー。二度はありませんわ」
そして、今からそのイレギュラーを導いた原因の息の根を止めなければなりません。
砲手席に座ったアコは、砲塔を180度旋回して機銃を構えました。カヴェナンターの後方、十数メートルほどのところでは、急制動の際に転がり落ちたのでしょう、ピンクが仰向けに倒れています。体中には、手榴弾の爆発による破片を受け、赤い負傷エフェクトがきらめいていました。
ピンクは、なんとか体を裏返し腹ばいになります。そして、肘から下の無くなった右腕を地面について、立ち上がろうとしています。
「……バイバイ」
アコは呟いて、引き金を引きました。
機銃が弾帯を吸い込み、火薬を爆ぜさせ、弾丸をピンクの体に送り込みます。そんな繰り返しも十秒程度で終わり、ピンクの体は赤い粒子となって空へ昇って行きました。




