1-B.42
迷彩のポンチョを脱ぎ捨て、再びピンク色の全身を晒したピンクは、枝の上を身軽に移動しながら巧みに機銃の照準を免れます。枝葉の合間にチラチラと見えるそのシルエットは、左腕の肩から下を失っているように見えました。
砲塔をグルグルと旋回させ猿のように跳び回るピンクに何とか追いつこうと機銃を動かすアコは、本当に対空機銃があった方がいいかも知れないと思い始めていました。
「距離を取ります。ウドミ」
「はい」
カヴェナンターは後進し、ご神木と思しき巨木から遠ざかろうとします。しかしそれを阻むように異変が起こりました。
「リアシュ様!視界が!?」
ウドミが叫ぶ通り、視界が塗りつぶされて行きます……ピンク色に。
「これは……煙幕!?」
「やられましたわ!」
頭上から発煙筒か何かを投擲されたのでしょう。足元から唐突に立ち上がったピンク色の煙は、瞬く間に周囲を覆い隠し、カヴェナンターの視界を奪いました。
さらに、咄嗟にハッチの隙間から木の上に視線を巡らせたアコが声を上げます。
「ピンクがいません!」
先ほどまで、確かにピンク色の塊が存在した辺りには、もはやその姿は見当たりません。同色の煙に紛れて飛び降りたのでしょう。すぐに、アコの視界もピンク色に染まりました。
リアシュの切羽詰まった声が、緊迫する空気を震わせます。
「まず履帯を狙ってきますわ!ウドミ、前方10時方向へ!数十メートル先に木々がありますが、ぶつけても構いませんわ!」
最後に見た景色の中で最も開けた方面へ進むようにリアシュが指示し、ウドミがその通りに左前方にレバーを切ります。あっという間に最高速度に至ったカヴェナンターでしたが、ピンク色の煙幕は追い縋るようにまとわりついて離れません。
数秒後、後方から爆発音がしました。間違いなく、カヴェナンターの足元を狙ったピンクの手榴弾でしょう。
「煙が!」
その爆風によって、ピンク色の煙が吹き飛ばされます。いきなり目の前に現れた、本殿を取り囲むように茂る木々に、ウドミは即座に反応しカヴェナンターは履帯を滑らせながら右手に進路を取ります。しかし、ウドミの視界が戻ったのはほんの一瞬でした。
「煙幕が晴れない!?」
「あるいは、再び張られたか、ですわ」
ピンクはまだすぐそばにいる、と言外にそう告げられ、アコはまさかと思いつつも、一つ思い当たることがありました。
「ハッチを開けます!」
「アコ!?」
スライド式ハッチのロックを外し、勢いよく車上に頭を出したアコは、ピンク色の煙に目を眇めつつも周囲に目を配ります。カヴェナンターは目隠し状態でありながら、最高速度で神木を中心とする大きな円を描きながら走っています。当然、空気が前から後ろへと流れており、それは煙幕によって視覚的にも明らかでした。しかし、ピンク色の煙は一向に晴れる気配がありません。
ということはつまり、煙幕の発生源がカヴェナンターと共に移動しているということ。ピンクは既にこのカヴェナンターの上の狭い範囲にいるのです。うっとおしい色の煙を必死に手で払いながら、アコは首を左右に振ってあのピンク色の姿を探します。しかしそれは、夜に影を探すような無駄な試み。見つかりません。確かにいるはずなのに、どこにもいないのです。
その時、アコの体は車内から突き飛ばされました。
「!?」
よろめいたアコの背後を、ピンク色の斬撃が通り過ぎました。そして、アコが躱した斬撃が向かったのは、リアシュの頭。吸い込まれるように真芯を捉えた消防斧の一撃を受け、アコの目の前でリアシュの小さな体躯が車内へ崩れ落ちていきます。
振り返って、アコはようやく状況を理解しました。車台後部に中腰でしがみついているピンクの肩には、車台と同じ森林迷彩柄のポンチョがマントのように翻っています。そして、そのまま風にあおられ飛んでいきました。
そしてその、一本だけ残った右腕にはピンク色の消防斧。リアシュの脳天とゴッツンコし、今は柄が半ばで折れています。ゴーグル越しにアコと目が合うと、ピンクはバランスを取りながらゆらりと立ち上がりました。その姿を不気味なピンク色の煙が覆い隠し始めます。その煙を纏い、ピンクは無言のまま激しく揺れるカヴェナンターの上を一歩踏み出しました。
しかし、今のアコには彼女にかかずらっている余裕がありません。さらに一歩、こちらに近づくピンクから視線を切り、飛び込むように車内に戻ってハッチを閉めます。
リアシュは、頭を押さえつつも立ち上がろうとしていました。
「リアシュ様!額の傷は!?」
「……ヘルメットが無ければ即死でしたわ」
彼女の頭を守った鋼鉄のヘルメットは、その外観に凹みも歪みも見当たりませんでした。しかし、その額には血のように赤い負傷エフェクトが伝っています。
「私をかばって……!?」
「問題ありません。軽傷ですわ。それより……」
その時、二人の頭上でハッチが揺れました。アコは、咄嗟にハッチを押さえつけます。直後、凄い力がハッチをこじ開けようとアコの腕を押し返してきました。
アコは必死に抵抗しますが、信じられないことにハッチは徐々に徐々に開きつつあります。アコのSTRの評価はAであり、そんなアコが満足に踏ん張ることのできる足場で、両腕を使って押さえているのです。それに腕一本で対抗し、むしろ凌駕しようとしている化け物とはすなわち、言わずもがなピンクなのでした。




