1-B.41
元拝殿、現瓦礫の上をその履帯で踏み越えながら、カヴェナンターはゆっくりと境内奥へと進んでいきます。
「ピンクは、一体どうやって賽銭箱に出入りしたんでしょうか」
アコの問いに、リアシュは左手を口元にやったまま少し考え、歯切れ悪く答えました。
「不可視になった……いえ、ふざけているのでは無く、そうとしか考えられません。きっと何か、疑似的にそのようなことが可能な手段があるのですわ」
リアシュがふざけているなどと言うつもりは毛の先ほどもありませんが、PBOに天狗の隠れ蓑が実装されたという話も聞きません。今BCS内限定で、フィールドのどこかにアイテムとして置かれていたということもありえないではありませんが、そんなことがあればアコをして無茶苦茶するなぁと思わせる程、荒唐無稽なことではあります。BCSの世界は、基本的にファンタジーではないのです。
しかし、何か着るものというのは良い線を行っているかもしれません。でも着ていると言ってもピンクだしなあ。あと一歩で正解にたどり着けそうな気もするのですがその一歩が出てこない、という思考を何度も繰り返し、結局アコは何も思いつけませんでした。
カヴェナンターは元拝殿現瓦礫の山を越え、なんとか無事な本殿の左横も通り抜けます。本殿の中ということも大いにあり得そうではありましたが、自ら狭い場所に籠るよりは、動き回れる外でチャンスを狙ってくるのではないか、というのがリアシュを含めた三人の見解でした。
今もピンクは、カヴェナンターの様子をどこかで見ているのでしょうか。背筋を涼しいものが走ります。
「そういえば本殿では何を見つけたんです?判断に困るもの、とか言ってましたけど」
「ああ、そうでしたわね。後で落ち着いたらお見せします。回収済みですから、本殿も壊してしまっても問題ありませんわよ」
笑顔でそんなことを言ってくるリアシュに、アコは内心そういうわけにも行かないでしょうと思いながら、そっすねと空返事をします。そうしたら「ジョークですのに」と拗ねたように言われ、焦りました。
そうこうしつつ、カヴェナンターはついに、本殿の裏手にどっしりと根を下ろす、巨木の下までやってきました。しめ縄も巻かれてありますし、どう考えてもご神木の類でしょう。
その、カヴェナンターの横幅より太い幹や、天を覆い隠すように四方に伸びる枝、本殿の足元まで侵食する力強い根が、このご神木がここまで成長するのに要した悠久の時を感じさせます。実際には先月辺りに運営が作ったに過ぎないのでしょうが。
「やはり、杉ですわ」
ウドミが呟きました。「やはり」と言うのは、崖の下の低地や材木倉庫で見たのと同じ、という意味でしょう。リアルであれば鼻がムズムズしてくるところですが、今は割とどうでもいいです。
「アコ、枝の上などにいたりしませんか?上から強襲されてはたまりません」
そんな虫か何かみたいな、と思いつつも、頭上に覆いかぶさる枝葉の合間にピンク色の影がありやしないかと目を凝らします。しかし、どこにも見当たりません。
「いない……と思いますが」
「……」
するとリアシュもハッチから頭を出し、葉っぱの屋根を見上げ始めました。信頼されていないという点では若干憮然たる思いではありますが、アコとしてもリアシュに見てもらい、太鼓判をいただきたいという気持ちもあります。
リアシュはその幼くも切れ長の目で、対空レーダーのように視線を360度にめぐらしながら、葉の一枚一枚に至るまで観察しているのではないかと思われるほど慎重に、ピンクの姿を探しています。そして。
「……いましたわ」
「え!?どこですか!?」
首を動かしたまま、呟くように言ったリアシュに、アコもリアシュの向く方を見ます。
「正面です。あまり見ないように……」
リアシュが教えてくれようとしますが、アコの目には葉っぱの塊がうつるだけで、ピンク色なんてどこにも見えません。そう、ピンク色なんて……。
「……あっ!」
ピンクは、正確にはピンクと思しき人物は確かにそこにいました。全身を覆う緑と灰色の、ちょうどカヴェナンターと同じような森林迷彩柄のマントか何かに身をくるんでおり、後ろでまとめているのか、目深にかぶったフードからピンク色の髪が覗くことはありません。
しかし、その両の目を隠す古風なデザインのパイロットゴーグルは、その人物が確かにピンクであると主張していました。
「そうかポンチョ……!ピンク色じゃなかったんですね……!」
そんなアコの迂闊な反応によって、あちらも、こちらがその居場所に気づいたことが分かったようです。
カヴェナンターが停車すると、樹上のピンクは迷彩マントを脱ぎ捨てました。ヒラヒラと舞い、やがて地面にファサッと落ちます。どうやら、以前リアシュが貸してくれたポンチョと似たような装備のようです。そういえば返しそびれ、今もアコのストレージに入っています。
「見つかっちゃった♡これは不覚♡」
アコは急いで砲手席に戻り、機関銃を構えてみましたが、木の上などとても狙えそうにありません。ならばとボーイズ対戦車ライフルを取り出そうとしましたが、リアシュに止められました。
「ハッチは開けてはいけません。機銃で仕留めますわ」
「でも、ここからじゃ狙えませんよ?」
次は対空機銃も必要ですね、と呟くアコに、リアシュはそれもいいかも知れませんわね、などと本気なのかそれともツッコミを放棄しただけなのかわからない返事をしました。




