1-B.40
「……近づきましょう」
リアシュの指示で、ウドミがカヴェナンターを発進させ、微速で瓦礫の山へ近づいていきます。どこから襲撃があっても良い心構えをしつつハッチから体を出すアコが周囲の警戒と肉眼での捜索をし、リアシュはその指を機関銃の引き金にかけているはずです。
珍しく、操縦席のウドミが自分から言葉を発しました。
「恐ろしい敵ですわ。素早く、そして力も強い。あと五分戦闘が続いていれば、負けていました」
ピンクとの戦闘を終えたウドミの体力は残り五割強くらいだったそうです。丘の上の材木倉庫で四割損ない、回復アイテムで三割戻した後だったため、ピンクに奪われたのは四割弱だったということになります。ピンクの戦闘力に恐怖するべきか、ウドミの耐久力に驚嘆するべきか、迷うところです。
ちなみに、ウドミによると右肩に骨折判定を出した消防斧の一撃で三割持っていかれ、チェーンソーで切り取られかけた右前腕の方は残りの一割程度だったそうです。深そうに見えますが、手の甲の方ですし動脈も免れ、そこまでのダメージではなかった模様。流石のチェーンソーも、武器としての性能はいまいちなのかもしれません。戦闘服の防刃性能もなめたものではありませんね。
アコはそんなことを考えつつ、ウドミの発言に補足します。
「DEX、STRも確かにものすごかったですが、CONもかなり高いと思いますよ。ウドミさんが何度殴り飛ばしても立ち上がってきましたから」
口々にピンクのステータスの練度に言及するアコとウドミに、リアシュが疲れた声で反応します。
「TECも相当なもの、と付け加えさせていただきますわ」
そう言って掲げられたリアシュの手のひらの上には、レモンみたいな形の手榴弾と切断されたワイヤーが乗っていました。
「ソ連の方のF1手榴弾です。カヴェナンターのハッチにブービートラップが仕掛けられていました。解除するのに少々時間を取られましたわ」
アコが今、手をかけているハッチに仕掛けられていたというブービートラップの一部だったものでしょう。少々ビビります。
ちなみにこの手榴弾、PBOではあまり見かけないアイテムの一つです。入手経路は限られており、このソ連のF1手榴弾に関して言えば、ドロップはせず一部のアイテムストアで高額で販売されているのみ。その上、実物に比べ威力に大幅なナーフがかけられています。
本物であれば10メートル離れていても人を殺し得る危険兵器ですが、PBOにおいてその威力は半分以下に抑えられていると言われています。無反動砲などの携帯対戦車兵器がいつまで経っても実装されないのと同じように、戦車を撃破するのはあくまで戦車であって欲しいという運営の意向の表れかもしれません。
それはともかくとして、リアシュのTECをもってしても簡単には外せない罠を設置するとは、確かに相当なものです。
太刀を持ってウドミを補助するという任務を帯び、狛犬の陰に身を隠し待ち伏せに入ったアコを宝物殿の陰で見送った直後、リアシュは石垣を飛び降りて誰にも見つからずに木々の合間を伝って移動し、カヴェナンターにまで戻っていたそうです。その時に、ハッチに仕掛けられたトラップに気づいたのでしょう。もしもその時、リアシュが操縦席に直行していて罠に気づかなかったら、と思うとゾッとしません。いっそのことブービートラップもピンク色で作ればよいものを。それなら見つけやすいのに、とアコは脳内で皮肉をたれました。
ウドミが信じられない、と声を上げます。
「罠だなんて、そんな馬鹿な!私はカヴェナンターをずっと見張っていましたわ。一体、いつの間に……」
「東の大鳥居の方も、見張ってくれていたのでしょう?その隙を突かれたとしか考えられませんわね」
「あの目立つ格好でよくもまあ……ん?」
カヴェナンターが賽銭箱の左を通過したとき、話しつつも油断なく四方に視線を飛ばしていたアコは賽銭箱の上面にある格子が壊れているのを発見しました。ウドミに停車してもらい、内心怖々としながら地面に降り立って調べます。
箱自体は青銅製で、何発か当たったらしい7.92ミリの銃弾によって表面をボコボコにされてはいますが、賽銭箱に穴が開いた様子はありません。手前の方にあった為、拝殿を標的とした掃射からは逃れたのでしょう。
そして折れた格子は、角度から考えて掃射の際の破損ではないはずです。青銅の箱と違いその枠や格子は木製のようで、経年劣化も相まって自然に壊れていてもおかしくはありませんが、それにしては壊れ方が変です。まるで斧で叩き割ったみたいな……。顔を上げて見回せば、拝殿に突き刺さったはずの消防斧のピンク色は、瓦礫のどこにも見つかりませんでした。
恐る恐る賽銭箱をチラッと覗きますが、ゴーグル越しに目と目が逢う、なんてことはありません。ただ、格子を壊したのはピンクの消防斧だと見て間違いなさそうです。
「この中で機関銃の掃射を凌いだみたいです」
「まさか。賽銭箱に入っていくところか出るところを見まして?」
「それは、見てはいませんけど……」
「いえ、ですがどうやらその可能性が高そうですわ」
ハッチの上から賽銭箱の中を覗き込むリアシュが、言いました。
「アコ、見るだけ、見るだけですわよ?賽銭箱の右の隅をよく、ご覧になって。拾おうとしてはいけませんわよ」
妙に注意してくるリアシュの言葉に従って、首を伸ばして賽銭箱の中身を見回します。底には、いつのものやら古びた硬貨が数枚転がって日光を反射していました。そして、角度的に見えなかった右の手前の隅に、ピンク色のグローブが落ちています。形からして左手です。
「これは!」
「ピンクの物でしょう。手前のワイヤーには触れないように気を付けてくださいまし」
「っ!?」
言われてようやく気が付き、飛び退きました。賽銭箱を覗き込むアコの顔の下、数十センチのところを、ピンと張られた細いワイヤーが通っていたのです。結ばれた先は、先ほどアコが見せてくれたのと同じ手榴弾の安全ピンにつながっていました。
アコは、ビクビクしながら砲塔の中に戻りました。
「……どうやら、PKに拘っているようですね」
「これは戦車対戦ゲームですわよ……」
そう呟くリアシュの口調は、少しだけ不機嫌に聞こえました。




