1-B.34
顔面目掛けて振り下ろされた消防斧の柄を左の手のひらで掴み取り、強引に引きよせながら右手でピンクの首元を捕らえたウドミが、そのまま後ろの手水舎目掛けて投げ飛ばします。決河の勢いで吹き飛んだピンクは頭から、苔生した石の鉢の溜まった雨水に突っ込みました。長い間人の手に触れた形跡のない、キレイに並べられていた柄杓が散乱します。
仮にアコが同じことをされたら頸骨に損傷判定が出て下手したら体力全損でゲームオーバーしているような大ダメージのはずですが、ピンク色の前髪から水を滴らせゆらりと立ち上がるピンクは、堪えた様子もなく口に入った水をペッと吐き出しました。
その無作法に眉をひそめるウドミにお構いなく、ピンクは手水鉢の縁に足をかけ、携えた消防斧を水平に構えて、正面へ跳躍します。二メートルの間合いを一足で詰めたピンクはウドミの胴へ目掛けて消防斧を右から左へ薙ぎ払いました。ウドミは、勢いの乗ったこの一撃を一歩下がって回避しますが、ピンクは両手で振り切った消防斧を左手で短く持ち、振り子のように振り戻しました。消防斧の鋭い尻がウドミに迫ります。
左足が一歩下がった状態のウドミが選択した回避方法は、前方への踏み込みでした。両腕で消防斧の刺突を払いつつ、タックルで攻撃も兼ねます。左肩の入った一撃を、しかしピンクはまともに食らいません。咄嗟に消防斧から右手を離し、斜めになったウドミの体に添わせるように自身も左半身を押し出した姿勢を取って、タックルの衝撃を逃がしたのです。
よろめきもせずに軽やかなステップで右手方向に飛び退いたピンクに、ウドミは険しい視線を送ります。ピンクの頭上にはしめ縄の渡された小ぶりな鳥居。そしてその背後には、石垣の上へと続く石段が伸びています。ウドミの視線に含まれた危惧を見透かしたのか、パイロットゴーグルの向こうで目が細められる気配がしました。
先に動いたのはウドミでした。慎重に間合いを測りつつ大胆に距離を詰めます。一歩ずつ歩み寄るウドミに対して、ピンクは油断なく消防斧を両手で構え、あくまで待ちの姿勢を崩しません。
互いの距離が一メートルと数十センチを切った時、ウドミが大きく右足で踏み込みました。目いっぱいに右腕を伸ばし、ピンクの手首を掴もうとします。ピンクは足を退きつつ消防斧を振りかぶり、踏み込み直後のウドミに一撃を叩きこまんとしますが、既に左足を寄せていたウドミは構わずさらにもう一歩踏み出しました。
伸びてくる左腕を避け、ピンクももう一歩引こうとしますが、そこで下げた右の踵に石段が触れ、両者の間合いがピンクにとって致命的に詰まりました。ウドミの剛腕が、ピンクの右肩に触れ、その体を突き飛ばします。
体勢を崩し、石段に背を落とすかと思われたピンクでしたが、瞬発的に左足を石段の一段目にかけ、さらに一本足で力強く蹴りました。SIZに不釣り合いなSTRがもたらす驚異的な跳躍力によって後方に飛び跳ねたピンクの体は、宙で一回転して何段か上にて綺麗に両足揃えたしゃがみ着地を決めます。まさにゲームならではのスーパーアクション。着地点は、石段の半ばほどです。
アクロバティックに攻撃を往なされたウドミは、階段というこの足場が、俊敏なピンクの足を止めるものではなく、むしろ動きの幅を広げるものだと悟りました。
とは言え近づかなければブチのめすこともできません。登るピンクを追って石段を登って行くウドミに、ピンクは消防斧を大上段に振りかぶり、その高低差も利用して間違いなく本日一番の痛撃を叩きこんできました。辛うじて脳天直撃を躱したウドミの右肩に、消防斧が突き立ちます。確認するまでもなく、ウドミは自身の体力が数割減ったのを確信します。
しかし、それだけです。
PBOはあくまでゲーム。どんな大怪我をしようが、現実ではとても動けない痛みであろうが、精々動きに制限が加わるだけ。左手で肩に食い込む消防斧をガッシリと掴み、力任せに引っ張ります。ピンクもまた、その細い体躯からは到底信じられない体幹で持っていかれまいと踏ん張りますが、流石にSTRではウドミに軍配が上がります。
よろめくように前方へ引っ張られた体に、握り固められた右拳が炸裂しました。鳩尾を正確に捕らえたアッパーの一撃に、ピンクの軽い体が一瞬浮き上がったかにも見えましたが、彼女の両の手は消防斧を放すまいとしっかり握っており、殴り飛ばされるということはありませんでした。
ウドミの左手に掴まれたままの消防斧を振りかぶろうと、階段をさらに登りつつ両腕に力を込めるピンクですが、ウドミもまたそれを追うように階段を登り、高低差を詰めます。
そうして放たれた二発目が、今度は腹に直撃。今度こそ、ピンクの体が浮き上がりました。そして両足が地面に付いた瞬間、ピンクは消防斧をしっかり掴んだまま体を捻じるようにしてウドミに背を向け、全身の筋力でもって消防斧を背に担ぎ引っ張ります。
ウドミが反応できたのは、消防斧を掴んだままの左手に引かれ、体勢を崩した後でした。しかし、その時にはもう既に、消防斧を離れたピンクの右手がウドミの左手をガッシリと掴んでおり、そして、ウドミは宙を舞いました。
全身をしたたかに床に打ち付けます。ちょうど、ピンクの立っていた段の数段上が石階段の最上段であり、ウドミが叩きつけられたのは平らな地面でした。脱力の瞬間を狙いすました、見事な背負い投げ一本です。
しかし、これは柔道の試合ではなく、一本を決めたからと言って戻る開始線もありません。石畳の上で仰向けに伸びるウドミの視界には、雲の晴れた青い空と、こちらを見下ろす阿吽の狛犬と、そしてピンク色の消防斧を振りかぶる全身ピンクのプレイヤー。
避けることは叶わないと察し、目を瞑ろうとした瞬間、狛犬の、吽形の方が動いたように見えました。
いいえ、違います。吽形の陰から、何者かが飛び出したのです。そう、太刀を構えた、アコでした。




