1-B.30
鳥居の先に伸びる石の階段は、そう長くはないものの生身で登るとしてもゾッとするであろうほどの急階段で、ウドミはおっかなびっくりカヴェナンターを進めます。車内にいてもはっきりと危機感を感じるほどの傾斜に恐れをなしたアコなどは、足元確認と称して既に車外に退避済み。今は、カヴェナンターの先に立って誘導の真似事をしています。
それでも、アコは膝が笑いだすのを堪えられません。何といっても、左右はほとんど崖みたいな凄まじい坂です。スゴイ角度で生えている少ない樹木に敬意を表さずにはいられません。そんな崖みたいな坂を申し訳程度に削って、多少傾斜を緩やかにしたのがこの石階段なのでしょう。どうせならもう少し掘ってほしかったです。
見晴らしはよろしくなく、先ほどカヴェナンターがくぐり抜けてきた巨岩群が、屏風の如く周囲の視線をカットしています。まさに、今BCSにおける隠し要素なのだろうと思うと心が躍りますが、危うく足まで踊りそうになって、アコは臓腑が縮み上がる思いをしました。
視線を少し手前に落とせば、履帯の一枚一枚が、石階段の一段一段と噛み合って何とか滑らずに登ることができているカヴェナンター。これが重戦車であれば、とても無理だったでしょう。そもそも、ここに至る岩の道が重戦車では通行不可能でしたが。
一応誘導役ということになっているアコは、手の平の向きを逆にした万歳のポーズで腕を前後に振りながら、バックステップで階段を登っていきます。背後に階段なのでまさにバックステップですね。こんな下らないことを考えているのは、まだ余裕がある証なのか、はたまたパニックの兆候か。正直、腰を下ろしたい気分です。
そうこうしている内に、最初から長くはなかった階段がようやく終わりました。振り返って見下ろすと、大きかった鳥居の笠木も眼下の風景の一つです。階段の左右の崖は、上から見れば天然の石垣だったのだとわかりました。そんな例えを出したのは、階段に振り返って右手、つまり西側に人工の石垣が見えたからです。自分で下を見ておいて怖くなったアコは、カヴェナンターが登って来るためのスペースを譲りつつ、再び振り返って周囲を観察しました。
正面には、階段の下のものより一回り小さい、色褪せた木鳥居。足元には石畳の道が真っすぐ伸びており、その両脇には砂利が敷かれています。と言っても林道のそれのような粗忽なものではなく、綺麗に均されていたことがうかがえる上品な敷砂利です。しかし、そんな石畳や砂利も、苔生したり雑草が茂ったり燕か何かの糞で汚れてしまっていたりと年月の経過を感じさせる有様でした。まあ、有体に言えば寂れた境内が広がっていました。
周囲は生い茂る木々に取り囲まれ、なんだかこの境内だけが切り取られたかのような錯覚を感じます。一人で来ていたら少し怖かったかもしれませんが、幸運にもアコは一人ではありませんでした。
程なくして、カヴェナンターも平地に上がってきます。リアシュとウドミも、それぞれハッチまたは操縦席から這い出してきました。正面の鳥居がカヴェナンターの進路を邪魔し、これを破壊せずに境内に侵入するのは難しそうです。
流石に壊してしまうのははばかられ、また背後に伸びる岩道のことを思えば別のチームの戦車が近くにいるとも思えなかったため、三人は徒歩で探索することを決めました。境内はそこまで広くもなさそうです。
「やはり、ここは日本なのでしょうか」
カヴェナンターはくぐれないような小さい鳥居をくぐりながら、ウドミが言います。そういえば、迫撃砲で撃たれる直前に丘の上の材木倉庫でそんなことを言っていましたっけ。いつの間にかヘルメットを外して小脇に抱えたリアシュが答えます。
「そういう設定である可能性は高そうですわね」
「だからなんだと言うこともありませんけど、ちょっとワクワクしますね」
ワールドワイドなゲームであるPBO。中でもBCSは、かなり節操なく世界中の文化文明をモチーフにステージを作っています。とは言え、何か攻略のヒントになるようなことが日本語で書いてあることも恐らくないでしょうし、まさにだからなんだという話です。
「ここは……二段目、なんでしょうか」
アコがそんなことを言ったのは、堤防を伝って何とか越えた一段目こと例の崖を意識してのこと。
「いえ、どうでしょうか。例の林道の先に崖がある様子もありませんでしたが……」
そんな話をしながら十数メートル進むと、石畳の道はさらに広い道と直角に合流しました。
「どうやら、こちらが正規の参道のようですわね」
「脇道から入ってしまいましたか」
「まだ境内じゃなかったんですね」
一行は自然に左に曲がりました。理由は、前述の通り左手に石垣があり、大事なものは高い方にあると相場が決まっているからです。とは言っても数メートル程度の石垣ですが。
右手方向には200メートルくらい石畳の参道が続いており、その先には遠近感の狂うほど巨大な鳥居が、下り坂になっているのでよく見えます。ここから見るとちょうど鳥居の中に丘の頂上が収まり、何かしらの百景に選ばれていそうな光景になっていました。
広くなった参道の左右には石灯籠が等間隔に置かれており、左手には水の枯れた手水舎、右手には崩れかかった摂社または末社などが見かけられました。
それらに関して何かコメントをすることもなく、三人は石垣を上る階段に到着しました。石段の手前に立つ、本日三本目の鳥居をくぐります。前二本との違いとしては、ボロボロのしめ縄が渡されていました。また、二本目とは違いかなり大きいものでもありました。
崩れる様子はないものの、随所に目立つ深いヒビから根性のある雑草がたくましく生えている石段に足をかけ、リアシュを先頭に三人並んで一段一段登ります。相変わらずの急階段ですが、高さが無いので気を抜いて登れました。右から阿形、左から吽形の狛犬に見守られながら、階段を登り切ります。
「ほぅ……」
思わず息を呑んだのは誰だったでしょうか。石垣の上に広がる境内は思ったよりも奥行きがあり、正面の拝殿は、今はかつての姿を辛うじてとどめているといった様相でした。瓦は剥げ、縁は傾き、板戸はいくつか見当たりません。
しかし、その豪勢な造りは、長い年月を経た今でも十分な威容をもってアコたちを出迎えていました。せり出した軒先の飾り瓦が、ところどころ漆や金箔の残った高欄と広い木張りの浜縁が、重厚な存在感を放つ緑青を纏った賽銭箱が、かつての姿を主張してくるようです。
極めつけは、その拝殿越しに見える大木。社殿を取り囲むように生い茂る木々から文字通り抜きんでて背が高いです。当然太さも相当なもの。
アコは、デカいなぁ、と思いました。




