1-A.4
フォグバーグの街の外れ、そこには大広場やメインストリートに引けを取らない数の人がひしめいていました。巨大な工場か倉庫か何かのような外見のこの建物はフォグバーグの入り口であり、出口でもあります。フォグバーグに限らず、PBOにおいては都市エリアとその外のフィールドの境には、必ずこのような施設が存在するのです。
都市と施設内との間には人間用の扉が、そして施設内とフィールドとの間には、さながら造船場のドッグように巨大なゲートがいくつも大口を開けていました。ここは、言わば戦車の格納庫。プレイヤーたちはこのハンガーと呼ばれる格納庫で戦車に乗り込み、広大なフィールドへ繰り出すのです。
そんなハンガーに足を踏み入れる三人のプレイヤーがいました。アコ、ウドミ、リアシュの三人です。
都市側から入ると、長い廊下の片側にいくつものドアがあり、それぞれのドアの上では使用中の赤や使用可能の緑のランプが灯っています。三人は二つ並んで空いている格納庫を見つけ、その前で立ち止まりました。
「ではアコさん、出た先で落ち合いましょう」
「また後で」
リアシュとウドミに別れを告げ、彼女らとは別のドアの前に立ったアコは、世界観のよく分からないSFチックなデザインのドアの中央の、丸い部分に手をつきます。プレイヤーが認証されたことを示す青いエフェクトがドア全体を走り抜け、鈍重な機械音が鳴り響き、ドアが上下に割れてアクロバティックに開きました。ドアの先には倉庫のような空間が広がっており、アコは、躊躇なくその中に入ります。背後でドアがアクロバティックに閉まりました。
ドアを背にして左手には、背の高いロッカーや棚があり、壁にはスコップや折り畳まれた鉈などがかけてありました。棚にはヘルメットとバックパックが無造作に置かれています。そして右手には、戦車がありました。壁際にはジャッキなど工具が置いてあり、天井からは武骨なクレーンが吊り下がっています。
ここが、アコの格納庫です。
アコは手慣れた動作でロッカーからベストとブーツを取り出し、準備を整えていきます。バックパックの中身を確認し、棚のヘルメットを装着したところで、フェイスマスクはどこに行ったかな、と辺りを見回します。昨日、棚に置いたような気もしますが、見つかりません。しかし、すぐにまあいいか、と考えなおしました。
自分の準備は完了し、次は戦車の方に向かいます。暗色の迷彩に長い砲が影を落としていました。
相変わらずの低めの車高に、随分後ろに寄った砲塔、そして長い砲身。この戦車は、アコのカスタマイズによるオリジナルの愛戦車でした。
PBOは、その多彩なキャラクターメイクを売りの一つにしています。プレイヤーが弄れるという意味では自由度はそこまでありませんが、顔のパターンだけで数百種類あり、これにSIZや各パーツのタイプ、さらに髪型まで掛け合わせると、アバターはなんと数万通りもあるとされています。
しかし、最大の売りである戦車の種類は、それを遥かに凌ぐのです。その理由こそがこの、戦車のカスタマイズという要素です。車台や砲塔はもちろんのこと、懸架方式から転輪の一枚に至るまで、プレイヤーの裁量に任されています。パーツには菱形戦車の時代のものから大戦直後くらいのものまであり、原則的には時代が進むほどその金額が指数関数的に高まっていきます。PBOオリジナルのパーツも存在し、それらは大概実在のパーツより遥かに高額なことが多いです。その割に性能は今一つだったりします。
これらのパーツを組み合わせて、プレイヤーは自分だけの戦車を作るのです。もちろん実際には一発撃てば転倒するような使い物にならない組み合わせもあるため、実用に足る組み合わせのパターンは多少絞られますが、それでも作成できるオリジナル戦車はまさに無限種類と言って過言ではないでしょう。
いや過言かもな、と思いながら、アコは戦車の車台を撫でました。
その車台は紅茶の国の歩兵戦車バレンタインのものです。アコの初期戦車でもあります。これといって戦車に明るいわけではなかったアコとしては、何種類かの初期戦車の中では一番可愛げのあるその名前で選んだところもありました。
この戦車の奇抜さは、やはりその、異常に後ろにある砲塔にありました。それもそのはず、この砲塔と車台は本来前後ろが逆なのです。かの国が実際にやったのを参考にしていますので、多分そこまで荒唐無稽な改造ではないのでしょうが、歪という印象はやはり払拭できるものではありませんでした。もちろん元ネタとは違い、操縦席は砲塔と合わせてきちんと前を向いていますし、自走砲ではなく戦車ですし、オープントップでもありません。
このようなことになった原因は、アコの初めての相棒への愛着にありました。徐々に強くなっていく敵戦車に対抗して、普通なら戦車を買い替えていくところを、アコは初期戦車であるバレンタインを強化改造してきたのです。
まず、初期砲である2ポンド砲の歯が立たなくなりました。6ポンド砲に換装し暫く粘りましたが、重戦車がどうしても抜けません。さらに、装甲にも厳しさを抱えていました。しかし、重量的な制約から火力と装甲は両立できません。
アコは、この時点で足回りにお金をかけ始めました。ひとえに、防御力を下げたときの撃破のリスクを下げるため。歩兵戦車という名を冠しながら、アコのバレンタインは高速戦車じみていきました。
また、少しでも防御力を確保しようと避弾経始をふんだんに活用したデザインの砲塔を選びました。これに加え、軽くて、17ポンド砲以上の砲を積める砲塔がアコの求める砲塔であり、結局アコは大枚をはたいてPBOオリジナルの平べったい砲塔を装備することになりました。
その後、砲を20ポンド砲に変更したところ流石にバランスが悪くなり、なんやかんやあって車体の前後ろを取り換えるという大改造を経て、アコのバレンタインは現在の姿に至ったのでした。
バレンタイン歩兵戦車と呼べる部分はもはや車台しか残っておらず、その車台もいわば形だけで、中身はエンジンから操縦席の方向に至るまでまるで別物ではありますが、アコはこのバレンタイン歩兵戦車を愛おしく思っていました。幸いなことに、ここに至るまで大破することもなく、大事に乗ることができています。
この回想の間実に二秒。アコはウィンドウに表示される整備状態と、弾薬庫の在庫を確認し、砲塔上部のキューポラから戦車に乗り込みます。
次の瞬間、アコは操縦席に座っていました。スリットからの明かりに目を細めます。その向こうで、シャッターがガラガラとやかましい音を鳴りたてて上がっていきました。
薄暗い中、手探りでスイッチを押すと、手元を照らす橙色灯が点き、同時に戦車全体が身震いする様に大きく一度震え、車内に「ギュイーーーン、ボッ、ボボボボボボボ」というエンジンの音が響き渡り、息を吸い込むと体に悪そうな匂いが肺を満たします。
レバーをゆっくりと倒すと、バレンタインも、ゆっくりと前へ進みだしました。