1-B.24
結果として挟み撃ちの形になったカヴェナンター、ヤークトティーガー、M4中戦車の三輌。左右からほとんどゼロ距離で75ミリ砲の直撃を受け、ヤークトティーガーは完全に沈黙したようでした。しかし。
「……撃破タグが出ない……?」
撃破された車輛の上にピョコンと立つはずの赤い撃破タグが、一向に現れる様子がありません。小山のようなヤークトティーガーの車体の向こうからも、M4の戸惑いの気配が伝わってきます。
しかし、そんな空白も短時間でした。あろうことか、側面の比較的薄い装甲を至近距離からぶち抜かれたはずのヤークトティーガーが、天から見て時計回りに超信地旋回を始めたのです。
「下がってください!」
リアシュの号令に、ウドミがレバーを引き、カヴェナンターは一目散に後退します。離れて改めて見るヤークトティーガーの装甲には、黒ずんだ火薬跡が残るだけで、穴は見当たりませんでした。
「これは……」
「オーブですかね。二、三枠くらい装甲強化に使ってそう」
わざわざ足の遅いヤークトティーガーをBCSに担ぎ出してきてまで、元から高い装甲をさらに強化する真似はリアシュには理解が及ばないようでしたが、どうやらアコの推論が正しそうです。まあ、リアシュの愛車も似たような代物ですが。
向こうでM4がヤークトティーガーのお尻を撃った音が聞こえてきましたが、その結果は推して知るべきでしょう。CRSTにとっては、今にもこちらにロックオンしようとしている12.8cmの砲口の方が喫緊の脅威でした。
ウドミが手早くレバーを切り替えながら、ジグザグに20メートル以上後退します。その意図を正確に察したアコは、ヤークトティーガーの主砲に照準を絞ります。ひとまずは砲を破壊し、その脅威を取り除く算段です。
ヤークトティーガーが旋回を止めたのを合図に、ヤークトティーガーから見て右向きに、カヴェナンターは急発進しました。そして、放たれた砲弾を危なげなく躱し、入れ違いに今度はこちらの砲弾を主砲の根元に叩きこみます。ドイツ製でございと言う感じのザウコップ防盾の下側と、車台上面装甲とに挟まれた空間で爆発を起こし、撃破または主砲の破損を狙う作戦です。
「……あれっ?」
一応腕の良い砲手であるアコがこの近距離でまさか外すはずもなく、徹甲弾は間違いなくヤークトティーガーの主砲下に吸い込まれたはずでしたが、爆発の後も、被弾箇所は破損どころかピンピンしていました。なぜかまだ顔を出している敵車長の制帽の鍔の下のゴツい顔が心なしかニマニマしています。
チラリと窺えば、リアシュも対応を判断しかねているようで、左手に隠された口元から出たのはヤークトティーガーへの言及ではありませんでした。
「ウドミ、シャーマンにも気を付けて」
「わかっていますわ」
お尻も同様に抜けなかったであろうM4はすでにヤークトティーガーから距離を取っており、こちらを牽制する様に、本家75ミリ砲を向けてきます。
「高速系ですね……あっちからやっちまいますか」
「そうですわね。やはり、恐ろしいのは動き回るタイプです」
どちらかと言うと消去法的な発想でしたが、目標を定めたCRSTの行動は迅速でした。
「速度勝負、ですわね」
言うが速いか、カヴェナンターは未だ反対を向いたヤークトティーガーを抜いてM4に急迫します。
「砲周辺……防盾は恐らく抜けません。側面には回れないでしょうから、車台の前面を狙ってください」
「了解です」
側面には回れないと言いつつも履帯を横滑りさせながら左から回り込むカヴェナンターと、その動きに反応して突っ込んでくるM4。高速戦車同士のハイスピードなバトルが始まりました。
砂利で整地された足元も手伝い、互いにその速度は快速そのもの。直線的な動きのM4に横を取られるのを厭い、カヴェナンターは回転の半径を大きくします。一方のM4は、カヴェナンターの車体さえ捉えればどこに当てても抜けるというアドバンテージを持っています。車体の動きはそのままに、砲塔を回してカヴェナンターを狙い撃ちますが、急に軌道を変えたカヴェナンターに躱されました。
カヴェナンターは軌道を変えたついでに背後を取り、M4の背に追い縋ります。状況は戦闘機のドッグファイトの様相を呈してきました。しかし、戦闘機と戦車で違うのは砲が後ろを向ける点。ジグザグに追うカヴェナンターと、真っすぐ逃げるM4が大体同じ速度となり、状況は拮抗します。
M4が放つ弾は素早く躱され、カヴェナンターの放つ弾は巧みに弾かれるという攻防が幾度か繰り返されました。しかし、二輌が進んだ先にいるのはようやくこちらに向き直ったヤークトティーガー。その大口径の砲の前に追い立てられたM4に、狙いすまされた二つの射撃が迫ります。並び順を変え、再びの挟み撃ちの形です。
しかし、そんな難局をM4は華麗に逃れて見せます。急制動によって同時に着弾するかに思えた二つの砲弾のタイミングをズラし、カヴェナンターのものを先にその防盾で処理して、同時に進路を右に切り、間一髪でヤークトティーガーの砲弾を躱しました。
躱された砲弾は今度は同一直線上にいるカヴェナンターへ飛んできますが、しかしこれははじめから狙ったものではないので、カヴェナンターが微妙に左折しただけで弾は空を切りました。
そのまま、M4はヤークトティーガーの右に、カヴェナンターは左に飛び込みます。状況は振り出しに戻りました。しかしそれも一瞬のこと、二輌は鈍重な重戦車の左右をすり抜けて再び砲火を交え始めます。
状況は打って変わって、ラリーの競り合いのようです。もちろん、カート間では砲弾の応酬が途絶えることはありません。しかし、速力の違いからすぐにカヴェナンターが前に出るようになり、今度は追う者追われる者の逆転したドッグファイトの再開です。
ただ、両車ともヤークトティーガーからあまり離れたくはありません。転進したいところですが、あいにくそれは互いに許しません。そこで、カヴェナンターは左折しました。すなわちオフロード。林に飛び込み転進したカヴェナンターを、M4は林道上で鋭くUターンし追いかけます。
木々を挟んで再び交わされる砲火。そこに、三度目の正直とばかりにようやくこちらに向き直ったヤークトティーガーが、前方から威勢よく撃ち込んでくる砲弾が加わり状況はさらに混迷の様相を呈し始めました。
やがて二輌はヤークトティーガーの地点まで戻ってきます。路上を走るM4は、そこでもはやステージギミックの如く立ちはだかるヤークトティーガーを前に減速せざるを得ず、片やカヴェナンターはそれを尻目に森の中を駆け抜け、直進した後路上に復帰して転進。数えて三度目、ヤークトティーガーを挟んだ挟み撃ちの形が出来上がりました。
ヤークトティーガーを傍目に正面から向かい合うカヴェナンターとM4。最後に雌雄を決するのは、チキンレースでした。二輌が同時に加速を始めます。その距離は百メートルから始まり、ものの十秒でゼロになるでしょう。
しかし、そのチキンレースには第四の観戦者がいました。まさに両者が減速し、つんのめるようにしながら互いの車体に砲弾を叩き込まんとしたとき、北から飛来した三つ目の砲弾が、その二輌のランデブーポイントへ直進する軌道をなぞりつつあったのでした。




