1-B.23
「距離は100か200と言ったところですか……迂回は可能かしら」
「直線的な道に見えます。端がどうなっているか次第ですね……」
百数十メートル先の林道は、木が生えていないだけではなく、まるでトラックの群れが列を成して通ったかのように下草もまばらで、あるいは砂利か何かが敷き詰められているようにも見えました。対岸までの距離は、目測でおよそ数十メートルはあります。
東は巨大な丘の北側から、そして西はこの島の端、つまり巨大河川へと続くこの道。島の中央の丘の長大な稜線を、斜めに横切っているとも言えます。これを渡らなければ島の北へは渡れません。
「最後まで水面上にあるのはまず間違いなくあの丘でしょう。ですが、今あんな開けたところに出ていくのは自殺行為です」
「つまり実質的な最終決戦の舞台は、丘の次に高い島の北側……?」
「なんにせよあの道は横断するしかないですよね」
三人で地図を覗き込んで、悠長にそんな話をしていたことが災いしました。顔を上げていれば、もしかしたら誰かは気づけたかもしれませんでしたが、その時は誰も気づけなかったのでした。
林道上に黄土色の重戦車が現れたのです。横切り方ばかり考えているCRSTに、林道の正しい通り方を実演する様に律儀に砂利を踏みしめ、その戦車は悠々と現れました。東から来た重戦車は、信号待ちするかのように林道に臨んで停車していたカヴェナンターの真正面で停止しました。そして天から見て反時計回りにその場で旋回し始めます。
確かにこれは油断の類でしたが、しかしどちらかと言えば相手の索敵力が高かったと言った方がいいでしょう。移動の中途で足回りは涼しくなったものの、リアシュ謹製のカモフラージュも残ってはいます。さらに悪い事に、両車間の百数十メートルには樹木がちょうど存在せず、射線が通っていました。
リアシュの甲高い声が回避を命じるのと、滑るように操縦席に戻ったウドミがレバーを倒すのがほぼ同時で、重戦車の車体が90度旋回するのがそれにわずかに遅れ、さらに数瞬後には、重戦車の体躯に見合った巨砲が火を噴きました。
砲弾は、なんとか車体分だけ前進したカヴェナンターの砲塔を掠めて後方へ飛び去っていきました。思い出したように発射の轟音が響き、それを遅れて認識した風切り音がかき消します。外れた安心をもたらす、良い風切り音です。
何とか射線を切ることに成功したカヴェナンターのハッチに一人取り残されたアコは、重戦車の観察を始めます。なんというか、すごくドイツ戦車っぽいです。
「あれはヤークトティーガーです」
「ティーガーですか?」
確かに言われてよく見れば、車台の辺りが似ています。
「ティーガーⅡの砲塔を撤去し、12.8cm砲を積んだ生粋の戦車駆逐車ですわ」
「じゅうにいてんはち!?」
「恐れることはありません。砲塔がないので、初撃を躱せた以上こちらの勝ちのようなものですわ」
アコは双眼鏡で砲の付け根の辺りを凝視しました。確かに、段差があるだけで砲塔はなさそうです。見ていたら、あちらの車長と思われるドイツ陸軍将校風ファッションのおじさんのアバターもハッチから身を出してこちらを見ており、目が合って気まずくなりました。
「アコ、危ないですわよ。車内に戻ってください」
「あ、はい。でもあんな重戦車、75ミリ砲で抜けるんですか?」
「前面は280ミリですが、それ以外はティーガーⅡと同じく80ミリですわ。至近距離から撃てば十分なはずです。正面でも、主砲の左下に見える機銃用の窓に当てれば撃破できるかもしれません」
それを聞いて安心したアコは、仕事だと張り切りながら砲手席につきます。ウドミもジャイアントキリングに興奮しているようで、意気揚々と発進許可を求めました。
「林道に出てしまっても良いですわよね」
「ええ。構いませんわ。他のチームが集まってくるのも心配ですが……まあ、それも良い展開でしょう」
三人は、どこか踊り出しそうな心を戦車発進のGで押さえつけながらそれぞれ戦闘に備えます。なぜこんなにウキウキしているのかと言えば、ここに来てようやくの、A42Vに怯えなくて良い戦闘だからです。今、彼の鬼は遥か南方で暴虐の限りを尽くしていることでしょう。
「まずは、インファイトに持ち込みますわ。こうも障害物が多い場所では進路が予想されてしまいます」
「ラッキーパンチでも決められたら怖いですしね」
「左から行きますわ!」
言葉通り、ウドミは木々の合間を縫って左に大回りします。合わせてアコも、砲塔を右回転。ついでにヤークトティーガーも合わせて、側面を見せまいと右回転するかと思われましたが、意外にも動く気配がありません。まだ引っ込む気配のない敵車長も、腕組みをしているだけでした。
「……?」
その様子にアコは違和感を感じましたが、ちらりと見ればリアシュも左手を口元にやっているだけで、止まれとも曲がれとも言いません。なら大丈夫なんだろうと照準器を覗き込み、数秒後、林道に飛び出したのはなんとカヴェナンターだけではありませんでした。
「「えっ」」
ヤークトティーガーの左に飛び出たカヴェナンターの反対側、右側から、アコでも知っているポピュラー戦車、M4中戦車シャーマンが同じくらいの勢いで飛び出てきました。
互いに困惑した雰囲気が一瞬間、その場を満たしましたが、それを裂くようにリアシュのよく通る声が響きます。
「そのまま撃って!」
M4の方でも同じ結論に至ったのか、それとも急には止まれなかったのかは知りませんが、結果として二輌は、偶然にも天から見れば完璧に左右対称に、よく訓練を積んだコンビネーションを発揮するかのようにほとんど同じタイミングでドリフトし、ほとんど同じ角度即ち垂直に、同じ口径の二門の砲から弾を撃ち込みました。
ヤークトティーガーの左右の側面装甲に、ちょうど対称に爆炎が咲きました。




