1-B.21
崖淵のカヴェナンター、丘の中腹のTKS豆戦車、そしてA42Vの三者は、天から見ればこの順で並んでいました。そして、A42Vがその巨体を揺らしながら丘を北に回り込み、対戦車ライフルの砲声の主をその主砲で直接始末せんと動き出したところです。
崖に隠れたカヴェナンターの車内で、ウドミが聞きました。
「一応、もう少し降りますか?」
「それが万全だとは思うのですが、この状況では対応力を鈍らせたくありませんわ。ここに留まれば十分安全です。しばらく待っていればTKSが逃げ出し、A42Vもついていくでしょう」
「わかりましたわ」
その時、どこかで聞いたようなボンッという音が聞こえた気がしました。同時に、リアシュの背筋が跳ねるように反応します。
「ウドミ、前……いいえ、後ろへ!下がって!」
「!?は、はい!」
しかし、足元は狭く不安定なつづら折りの坂道。流石のウドミも、即座には動けません。ズリズリと動き出したばかりのカヴェナンターの、その真横を、黒い物体が通り過ぎました。上から、下へ。
上空からカヴェナンターの眼下に広がる低地の森に落下したそれは、森の木々の葉に姿を隠した直後、葉や濡れた土、その他を巻き上げ爆発を起こしました。
その様に見覚えのあったウドミが声を上げます。
「迫撃砲!」
「……外れたんです。助かった……」
思わず弛緩したアコの言葉を、リアシュが否定しました。
「いいえ、外したのですわ」
「えっ?」
「これは脅迫です。挑発で出てこないと見るや、脅迫に切り替えた……!」
リアシュが左手で口元を覆います。上半分の表情は、強張っていました。
崖に隠れたカヴェナンターでも、迫撃砲なら無視して狙うことができます。車体に直撃すれば撃破されてもおかしくありませんし、躱したとしてもこの足場を破壊されれば詰みです。
「TKSの位置は?」
「……動き出してます。北に」
リアシュに問われ、窺い見たTKSの位置はカヴェナンターから見て左、つまり北へ移動していました。一見して前後のよく分からない戦車ですが、機関砲の向きを見るに後ろ向きで進んでいるようで、今も微速で後進を続けています。しかし、その奥ではA42Vもまた北へ、TKSを仕留めるべく動いているのです。
「なぜ自分からA42Vへ近づいていくような真似を?……シモノフも構えたままですが」
普段は幼げな目元を鋭めて、TKSへ睨むような視線を送っていたリアシュでしたが、やがて顔を上げました。
「こちらが出てきたところを南へ追い立てようとしていると見て良いでしょう。A42Vを押し付けようとしているのかしら」
「あ、あんなのに追い回されるのは嫌ですよ……!」
狼狽するアコの横で、リアシュは思案を続けます。しかし、すぐに結論が出たようです。
「北へ脱出します。TKSの意図が見えました」
「北、ですか!?」
「南の平原に出るよりはマシでしょう?」
確かに、高地の上に広がる森林エリアはアコたちより北には続いていますが、南に広がるのは草原エリアなのでした。
「でも、A42Vがいますよ?」
「リアシュ様のカモフラージュが残っていますわ。誤魔化せるかも」
ウドミの言う通り、カヴェナンターが丘のふもとに停車する際にリアシュが施したカモフラージュは、まだ外していません。実際、大したカモフラージュではありますが、カモフラージュとは基本的に停止した戦車を隠すもの。こちらが動いていて十分な効果を発揮してくれるでしょうか。そもそも、A42Vの目が人間と同じとも限りません。カモフラージュが通用するのでしょうか。
様子を窺おうと崖から頭だけ出したアコの目に、TKSが動きを止めたのが見えました。
「……迫撃砲の準備してます」
「いいタイミングです。アコ、車内へ。ウドミ、出ますわよ」
「かしこまりましたわ」
のそのそと崖の上へ上がってきたカヴェナンターに反応し、TKS車上で迫撃砲の用意をしていたプレイヤーが、車台で構えっぱなしのシモノフ対戦車ライフルに持ち替えます。プレイヤーの前には、車輛付きの機関砲に加え、シモノフと迫撃砲の三門が並んでおり、随分忙しそうな風貌になっていました。
「……あの迫撃砲、八九式重擲弾筒ではなくて?」
「えっあの!?」
ちょっと有名な兵器の名前が出てテンションの上がるアコに構わず、カヴェナンターはジリジリと前進し、崖の上に完全に復帰します。その車体幅一つ分くらい左の地面が爆ぜました。
「外した……訳じゃないでしょうね」
「無視しましょう。対戦車ライフルごときを恐れる必要はありませんわ」
「では……」
カヴェナンターは左、つまり北へ進路を切りました。その砲塔の側面装甲に、14.5mmの弾丸が命中します。被弾は衝撃よりむしろ音になって、車内に響きました。アコの喉から悲鳴が漏れます。
「撃ち返したいです!」
「ダメ。もう少し我慢しましょう。北に進む意思を見せれば、引き下がるはずですわ」
「……?」
妙に断言するリアシュに、アコが訝し気な視線を送ります。リアシュは、TKSをペリスコープ越しに丁寧に観察します。
「あちらの最終目的は恐らく、A42Vの南東地域への誘導……つまるところ、南東の坂を通って低地から脱出しようとしているチームへ蓋をすることですわ」
アコは、堤防の上でリアシュの言っていたことを思い出しました。堤防をあえて破壊させ、低地の浸水を早めてやろうという意地悪い作戦を。なるほど、要するにやろうとしていることは一緒だということです。
「A42Vは北よりも南にいた方が犠牲が大きくなる。そう考えたのでしょう」
TKSは豆戦車であり、対戦車能力は非常に低い車輛です。何か拘りがあって使っているのは間違いありませんが、それはそれとして、そんな戦車でBCSに勝つなら、そういうことまで考えなくてはならないのでしょう。流石はSランクの豆戦車です。
「元々あの丘を利用してA42VをUターンさせ、自分を囮に南へ誘導するつもりだったのでしょうが……」
「私たちが来た、と」
それに加えてA42Vの機関砲という新しい脅威も分かったため、囮役をカヴェナンターに変更する作戦を思いついたのでしょう。
「ですが、あちらには、CRSTを南へ向かわせるような強い手段はありません」
崖から追い出すところまでが限界です、と付け加えて微笑みます。敵の意図を読んで、それに逆らうことが最大の反撃なのでした。
再びシモノフの銃弾が風を唸らせながら飛来し、車台のどこかに当たりました。
「……転輪にでも当てられたら、十分痛いですけどね」
「三発撃ってそれが出来なかった時点で、あちらの負けですわ」
悪い微笑みを張り付けたままの口元を左手で隠すリアシュの言葉に、アコは、何のことかと車外を見ました。そして、見つけました。
ついに、A42Vが丘の陰から全身を現したのです。だいだらぼっちと目が合ったらこんな感じなのかな、などと思いながらアコはその巨大な砲口の穴を見つめていました。
そのまま動きを止めるA42V。恐らくですが、地表を舐めるように見渡し標的を探しているところと思われます。そして、その巨躯が動き出し必殺の砲が地面に向けられました。
「……ほっ」
その先にはTKS。どうやら、カモフラージュには効果があったようでした。
やがて、A42Vのその砲の動きがピタリと止まります。すなわち、照準が定まったということ。一瞬時が止まったかと思うほどの緊迫感の中で、しかし、豆戦車TKSはいきなり猛然と走り出しました。シモノフと八九式重擲弾筒とスナイパーを載せたまま、とんでもない急加速を見せます。
「は、速……!?」
一拍遅れて発射された直径342ミリの鉄塊が地面をえぐり、大地が波立ったかのような錯覚を見せますが、その余波に身を躍らせながらもTKSは脱兎のごとく激走します。
TKSが走り去るのは南。鬱蒼とした森を超速で走り抜け、緑を突き破るように草原エリアへ飛び出し、既にその車体は指先ほどにしか見えなくなっていました。
勿論、それをA42Vが何もせず見送ったわけはありません。ノロノロと車体を反転させつつ、機関銃は機敏に標的を追い、さながら高速で飛び去る戦闘機を自動追尾する対空ガトリング砲のように、砲弾を雨霰と浴びせます。持てる全ての火力を前方に集中し、機銃だけでなく342ミリの主砲すら一分に三、四発のペースで火を噴くのです。
だと言うのに、TKSはそれら全てを置き去りにして、崖沿いに南東へと走り去ったのでした。
数瞬、呆気にとられたような気配を見せたA42Vは思い出したようにその鉄柱のような四対八本の足を動かして追いかけ始めます。しかし、いかに一歩が大きかろうと鈍重な動きが災いし、決して、両者の差が縮まることはありません。それでも、その何キロ先まで届くのか想像もできない巨砲を乱射しながら、A42Vは全速力で南東へ移動を始めたのでした。




