1-B.19
リアシュの施したカモフラージュを撤去する間も惜しみ、南西方向へ引き返すカヴェナンターの中では、リアシュが作戦の詳細を語っています。
「このまま例の崖のつづら折りの道に向かい、そこに潜伏しますわ。崖の道の半ばほどまで降り、迫撃砲のチームがA42Vに撃破されるのを待ちます。迫撃砲チームが撃破されたらA42Vの位置を確認しつつ、丘の近辺を脱出し北上しましょう」
堤防の道にカヴェナンター以前の轍はありませんでした。となると、迫撃砲チームは北から来たと考えられます。すると、崖は彼らの知らない絶好の隠れ場所です。
二人がおおよそ理解したところで、10分ほど前のカヴェナンターの履帯痕が残る崖岸の、その下へと続く細く頼りない道に到着しました。こうして見下ろすと、だいぶ水の侵攻が進んだ林だった低地帯は池のようで、そこに降りてゆく細い道は垂らされた蜘蛛の糸のようにも見えます。地獄へ繋がっていることも含めて、言い得て妙な例えだとアコは満足げに頷きました。
糸の続きのように伸びていく堤防だったものは、バツ印の地点でプツンと途切れています。あそこで誰かしらが意地汚いことを言ったんだろうなあとアコは下らない妄想に思いを馳せました。そんなアコに構わず、他の二人は真剣な顔で話し合っています。
「バックで降りられますか?」
「やってみますわ」
車体幅にギリギリ足りていない、落ちれば地獄ならぬ水に侵される低地へ真っ逆さまな道でバックなど正気の沙汰ではありませんが、そこは流石のリアシュとウドミのコンビです。リアシュの的確な指示にウドミが正確に従い、後ろ向きのカヴェナンターはスムーズに細い道に入りました。そして、行き以上の慎重さでゆっくりと下がっていきます。
その時、崖の淵に消えていく丘の頂上を見納めと言うばかりに見つめていたアコは、感知系のスキルに反応を見出しました。頂上付近の木々の間に、スキルのエフェクトで白く縁どられ強調された車体の影が見えます。随分小さい戦車です。
「リアシュ様!丘の上に何かいます!」
「ええ!?ウドミ、少し戻ってください」
「は、はい」
リアシュは懐から取り出した双眼鏡を覗き込み、訝しそうな顔をします。
「……迫撃砲のチームと考えて問題なさそうです。なぜ丘の上に……」
「A42Vを見に行ったんじゃないですか?フットワークの軽そうな戦車ですし」
それは不思議な光景でした。丘の上で、木々に身を隠すように静止する戦車は潰れたお饅頭のようなフォルムで、その大きさは縮尺からすると乗用車とほとんど変わりません。一方で、そんな小さな戦車が向かい合うのは、これまた逆の意味で遠近感を狂わせる超巨大戦車。戦車と言うより機動要塞か何かと表現した方がしっくりくるような巨体はすでに一部を丘に隠すくらいの位置まで来ています。やはり、迫撃砲発砲の地点である丘北東へ向かっているようでした。
操縦席から頭を出したウドミも双眼鏡を目に当て、丘の方向を見ています。
「小さな戦車ですわね。主砲……も見当たりませんわ」
「ポーランドの豆戦車、TKシリーズの何かですわね。砲も一応ありますわ。機関砲ですけれど」
「よく見えますね……!」
「私の視力は1.5ですわ」
真顔でそんなことを言うリアシュですが、PBOにリアルの視力は影響を持たないので、遠視のスキルを持っているのでしょう。
「TK-Xと何か関係あります?」
「ありませんわ。TKSかしら……?TKシリーズの最終形態の一つです。対戦車仕様の車輛もあったはず」
お返しに冗談を飛ばすアコを一蹴し、双眼鏡を覗き込んだままのリアシュは分析を続けます。ちなみにTK-Xとは、日本の主力戦車の開発中のコードネームです。
「あんなに近寄って、なぜ移動しないのかしら?あんな場所にいては、いずれ見つかりそうなものですけれど」
「わかりませんわ……よもや、怖いもの見たさなどではないでしょうし」
リアシュは珍しく、本気でわからなさそうな顔をしていました。ですが、確かにあのチームの意図はまるでわかりません。その豆戦車をTKSとすれば彼らは20ミリ機関砲以上の武装を持っておらず、明らかに火力よりは機動力に重点を置いた車輛です。それなのに、とても撃破は望めないであろうA42Vを前に、逃げ出すどころか何かを待っているようにまるで動きを見せないのです。
A42Vが鈍重な動きで、丘を通り過ぎていきます。50メートルに及ばんとする全長の、前半分が丘の向こう側に隠れた頃、TKSに動きがありました。正確に言えば、TKSの乗員のプレイヤーに。




