1-B.18
鬱蒼とした林を駆け下る二つの影がありました。先行するのが黒づくめの細身の女で、その後を大柄な銀髪の筋肉女が追います。言うまでもなく、アコとウドミです。
「カヴェナンターに戻ります」
「リアシュ様が移動していたらどうしましょう」
「あの方なら、この状況では動かないと思いますけれど……もしそうなら、そうするだけの事情があるということですから、尚のこと合流しなくてはいけませんね」
一方は軽快に、一方はドスドスと木々の間を走り抜け、辿り着いた場所には、ついに周囲の森と同化したカヴェナンターがありました。あまりに巧みなカモフラージュに、一度通り過ぎかけたところでした。杞憂に終わった懸念に、アコは安心の息を吐きます。
ハッチをコンコンとノックして開けると、リアシュが迷子の子供を見つけた母親のような表情で迎えてくれました。客観的に見れば逆ですけれども。
「無事でしたか、二人とも!?」
「申し訳ありません、油断しました」
「迫撃砲ですわね。狙い撃たれましたか」
「はい、してやられました……」
「回復アイテムを一つ使ってしまいましたわ」
「まあ、大丈夫でしたの?ともかく、乗ってくださいまし」
PBOの先輩としてまんまと敵の罠にかかった責任を感じ小さくなるアコと、心配されてちょっと嬉しいのですが間違ってもそんなことは顔に出せず複雑な表情のウドミに、リアシュは無事で安心した旨と結果オーライだから気にする必要はないという励ましの言葉を告げ、次には車長の顔をしていました。
「それで、A42Vはどうでしたか?」
「動き出したのが見えましたわ」
「発砲する気配はなく、こちらに向かって来てるみたいです」
「なるほど。あの鬼の行動パターンがだいたいわかってきましたわね。範囲内で発砲するとその音の方向へ移動し、視界に入るとあの大口径が火を噴く、そんなところでしょう」
ウドミの報告にリアシュは左手を口元にやって、丘の向こうのA42Vを透視するような目で宙を見つめながら言いました。アコがそれに補足します。
「迫撃砲みたいな、戦車砲以外の発砲音にも反応するみたいですね」
「そのようですわね。問題は、今こちらに向かってきているA42Vの今後の動きですわ」
もしもここら一帯に来るだけ来て彷徨いだしたら始末がつきません、と懸念を述べるリアシュ。
「砲撃音は、北から聞こえた……と思いますわ」
「あ、私もそう聞こえました。どちらかと言うと北東寄りだったと思います」
「私も、同意見ですわ」
三人はそこで口をつぐみます。リアシュは思考を回転させており、ウドミはエンジンを回転して良いものか迷っており、アコは思考を空転させていたからです。真っ先に口を開いたのはそんなアコでした。
「どうせ迫撃砲が撃たれてしまった後です。A42Vは既にこちらへ向かってきているのですから、もう音を立ててしまっても構わないのでは?敵の位置の当たりをつけて榴弾で狙うというのはどうですか」
過激な意見を口にしたアコに、リアシュは「A42Vの動きが確定するまでは迂闊な行動はできませんわ」と前置きしつつ答えます。
「それに、発砲音からすると口径は50ミリ程度。恐らく人力でも運べるサイズの軽迫撃砲です。一度撃ったきり、すでに陣地変換には十分な時間が経っていますわ。もう、今から狙うのは厳しいでしょう」
「そう、ですか……」
アコの歯切れが悪いのは意見を却下された云々に、迫撃砲の口径を聞き分けるリアシュの耳に対する畏敬の念が上回ったため。そんなアコの心を知ってか知らずか、口元に左手をやって再びしばらく黙考したリアシュはまとまった考えを語り始めます。
「A42Vは丘の北東、迫撃砲の発射地点に向かっていると思われます」
実際に見てきたアコとウドミが首肯します。木々を踏み倒して、最短距離を直線で突き進む姿は、なかなか忘れがたいです。
「そして、近くにA42Vがいるにも拘らず安易に砲撃をしたことから、あちらのチームはA42Vの戦闘をまだ見ていないと考えられます。つまり、放っておけば勝手にA42Vが撃破するでしょう。その後、A42Vは別の砲撃が聞こえてくるまでこの一帯に留まると思われます」
アコは、丘のすぐ向こうをA42Vが徘徊するのを想像して背筋を伸ばしました。
「逃げるべき、ですよね……?」
「ですが、今移動を始めてもしも迫撃砲を撃ったチームに鉢合わせてしまえば、向こうはA42Vの仕様を知らないが故に戦闘を始めるでしょう。逆に、私たちはあちらを撃破するわけにはいきません」
小さな丘です。戦車同士が互いに気づかずにすれ違うことは、まずないでしょう。
「ですので、私たちが警戒すべきはA42Vよりも敵チーム。それにA42Vならば、接近すればすぐにわかります」
「確かに、視覚での索敵が得意なようではありませんでしたわね」
言われてアコは、堤防の上から見た崖の上のA42Vが下の林にいたと思われるプレイヤーを見失っていたことを思い出します。しかし、前述の通り狭い空間に戦車が二両いれば、出会うときにはどうやったって出会ってしまいます。一体、どこに隠れるというのでしょうか。それとももしや、今もカヴェナンターを隠しているカモフラージュを信じてこの場に留まるのでしょうか。
流石にそれは怖いなあと思うアコの前で、リアシュはとっておきの思いつきを披露するように、人差し指を立てながら作戦を発表しました。
「そこで、あの崖をもう一度下りますわ」




