1-A.3
アコ、ウドミ、リアシュの三人はとりあえず落ち着いて話をするために、喫茶店に入ることにしました。勝手知ったるように細い裏路地を歩いていくリアシュとウドミの背中に、アコは黙ってついていきます。二人の行きつけだと言う喫茶店を目指し、一行は既に大通りを離れ街の奥まった場所まで入り込んでいました。
実装されている都市の中でも最大級の面積を持つフォグバーグと言えど、所詮はゲーム内の都市。そのマップの範囲は限られています。とはいえ、裏路地の一本一本に至るまで作りこまれていて、制作側の熱量が感じられます。現に、距離としてはアコも頻繁に通るメインストリートからそう離れていない場所ですが、初めて見る景色ばかりでした。
「着きましたわ」
そこは、まさに隠れ家的な雰囲気の漂う喫茶店でした。入口は半地下となっており、一見すると他の立ち入りできない背景扱いの建物とそう変わりません。マップをちらりと見てみましたが、メインストリートのそれのように飲食店のアイコンが付いているわけでもありません。
「すごいです、リアシュさん。こんなところよく見つけましたね」
「ウドミが見つけてくれましたの」
「以前、散策していたら偶然に」
ドアを押すと、チリンと鈴が鳴ります。店内の内装は落ち着いた雰囲気で、洒落たクラシックが流れていました。隠れ家的とはいえ閑古鳥というわけではなく、カウンター席には疎らに客がいます。その向こうで気怠げなモブが、コーヒーを挽いていました。あるいは、お茶を挽いているのかもしれません。
リアシュが指を3本立てながら、「3名です」と彼女に伝えます。勤務態度は見た目の印象に違わないようで、バーテンダーと思しきそのモブは、「ん」と発声と言っていいのか疑わしい程度の長さの言葉を述べてカウンターに掛けられたメニューを視線で指しました。
どうやら、先に注文するシステムのようです。
「アイスのお紅茶を2つと……」
「あ、私もそれでお願いします」
バーチャルにアイスもホットもありませんが、両者の値段は違っていました。
「かしこまりました。あー……」
やれやれと言った感じで小さく息を吐き、店内を見回してから、一番奥のテーブルをちょいちょいと示します。
「あちらでお待ちください」
やけに感情豊かなモブです。
「あのマスター、何度通ってもなかなか私の注文を覚えませんの。困ったものですわ」
「NPCにそれは酷なんじゃ……」
小声でそんな言葉を交わしながら、三人は店の奥へと進みます。
リアシュがまず座り、その横にウドミが座ったので、アコはその対面に座りました。
「早速だけれど、アコさん。まずはこうしてパンツァーブリッツ・オンラインの中でお会いできて嬉しいですわ。あなたが入学してくるまで、学園でこのゲームをやっているのは私とウドミだけでしたのよ」
幼女となってもリアシュの、リーゼロッテ会長の存在感は健在です。アコは、自分をまっすぐに見つめてくる彼女の瞳に少し委縮しました。そんなアコの様子を見て取って、先輩二人は困ったように顔を見合わせます。
「もう少し楽にしてくださいまし。私は一緒にゲームをできる友達になって欲しいのですわ」
リアシュが、その小柄な体躯を存分に活かした上目遣いで優しくそう言ってくれます。可愛いです。
中学以来、長年ゲーム友達を求めていたのはアコも同じでした。特に、こういうコアなゲームを一緒にできるような。アコの首は、自然と縦に頷いていました。
「もちろん喜んで、です」
「そう言っていただけて、とても嬉しいですわ」
リアシュが、言葉の通りの満面の笑みを浮かべます。つられてアコも笑顔になるほどの完璧な笑顔でした。そして、アコの表情筋が緩んだのを見逃さず、リアシュは言葉を続けます。
「もちろん、それだけでもとても嬉しいのですが……」
「私たちは、ブロウル・チャレンジ・シリーズに参加したいと考えているのですわ」
にわかに胡散臭くなったリアシュの言葉を、ウドミが引き継ぎました。さては、これが本題ですね。
彼女たちの言うブロウル・チャレンジ・シリーズとは、PBOで毎月開催されている大会のことです。一人で一輌の戦車を操縦するソロ部門、複数人で一輌の戦車を操縦するチーム部門、さらに戦車複数輌で参加できるプラトゥーン部門があり、おそらく、二人はチームまたはプラトゥーン部門のことを言っています。アコも、ソロ部門で何度か出場したことがありました。なんなら先月も。
PBO運営によって毎月様々なルールの下行われるこの大会ですが、毎度共通するルールは、最後に生き残った者またはチームが勝利者となるサバイバル形式であること。
ちなみに、三部門の合計参加者は日本中のPBOプレイヤー数百人にも上ります。彼らはC、B、A、そしてSという四つのランクに分かれ、CからAランクは毎月の最終日曜日に、そしてSランクはその前日の土曜日にゲーム内外で同時中継されながら、大会に参加するのです。
「私たちが参加したいと思っているのはチーム部門ですの」
チーム部門ということは、複数人で一輌の戦車を操縦して出場する形式。
「アコさんも独りで戦車を動かすのって大変でしょう?同時に色々なことをやらなくてはいけませんし……私も何度かやったことがありますけれども、忙しくて目が回るようでしたわ」
ウドミが言うように、ソロというのはそもそもからしてハードモードです。まあ、アコに言わせればそのマルチタスクっぷりこそがPBOというゲームなのですが。
「今、私たちは、ウドミが操縦手で私が車長と砲手を兼ねていますわ。アコさんには、もしよければどちらかをやっていただきたいの」
リアル戦車乗りのポジションと言えば、一般的には操縦手、砲手、装填手、通信手、車長といったところでしょうか。しかし、運営も弾を込めるだけのゲームはつまらないと気づいたのでしょう、PBOにおいては自動装填装置は性能に目を瞑ればかなり安価で購入できます。また、通信手もゲームシステムの仕様上不要です。つまり、PBOにおいて最低限確保すべきは操縦手、砲手、車長の三役。リアシュの言う通り、車長は他の二つと兼ねることも可能ですが、専門の車長の必要性は歴史が証明している通りでありPBOにおいても健在です。
そんな提案をされたアコは、全然、まったくもって、満更でもありませんでした。ソロも楽しいものですが、チームで戦車を動かすというのにはやはり憧れがあります。
自分が車長として目の前の二人に指示を出す想像は出来ず、また、このカリスマ溢れる金髪美幼女にかしずくのも悪くないと思ったアコは、迷いなく答えました。
「砲手、任せてください」
「「まあ!」」
二人が目を輝かせます。
「お待ちどー」
ちょうどそこに、例のモブがアイスティーとケーキを持って現れました。