1-B.12
敵重戦車による砲撃はあくまで時間稼ぎ。本命は、言わずもがな木を切り倒すチェーンソー班です。そして、その伐採作業が今、終了しました。
大木が、既に立て掛けられた一本とほぼ平行に、堤防に倒れ込みます。空気の震えがカヴェナンターまで伝わって来るようです。アコは慌ててその細い丸太橋を吹き飛ばしてやろうと照準を合わせますが、間に合いませんでした。
折り重なる木々の壁から、緑色の重戦車がヌッと現れます。操縦手の黒髪はいつの間にやら搭乗済みと見え、金髪が砲塔をよじ登っていきます。そしてその砲は、カヴェナンターを向いていました。ウドミが必死にジグザグにレバーを切りますが、狭い堤防の上のこと、効果は限定的です。そう何度も聞きたくない野太い風切り音がカヴェナンターの車体を揺らしました。
敵が発砲し、再装填するまでのジグザグしなくても良い短い時間で、アコは照準を絞り引き金を引きます。しかし、重戦車が砲塔を僅かに傾けると、それだけで75ミリ砲の砲撃は逸らされてしまいました。
「P40なら、前面装甲は50ミリのはず。この距離で抜けないはずがありませんわ。増加装甲……いえ、まさかP43……?」
ようやく全貌を現した重戦車でしたが、どうやらリアシュの戦車リストに該当する車輛があったようです。我らが車長を一人でしゃべっている人にするのも忍びないので、アコが合いの手を入れます。
「どう違うんですか?」
「まず、P43なら前面装甲が80ミリもあります。スロットの構成次第では、75ミリ砲を弾いてもおかしくありませんわ。そして、砲は……」
タイミングよく、P43重戦車が発砲し、またも側面装甲を削ったのではないかと思わせるほどの至近距離を走り抜けていきました。リアシュは一度息を吞み下すと、続きを言葉にしました。
「90ミリ戦車砲ですわ」
砲は対等なのかと思いきや、8.8cmと同等と目される強力な砲が出てきてしまいました。とは言っても、どっちにしろ一撃必殺なのは変わりありません。
ジリジリと前進するP43は、慎重な動きで自作の橋に轍を合わせ、ついに乗り上げました。そのままこれまた慎重に、二本の丸太の上を進みます。
P43の二本の履帯がそれぞれ踏みしめる丸太は、折れそうなくらいたわみ、それでも折れる気配はありません。そんな丸太橋の上を、P43は遅々とした歩みながら、着実に進んでいきます。いくら兎でも、亀が95メートル先行していれば負けてしまいます。
そうこうしている内に彼我の距離が詰まり、背の低いカヴェナンターでは俯角を取れなくなってしまいました。もはや、橋は狙うことができません。アコは、登って来る亡者に拳銃を乱射するカンダタのごとく一心不乱に撃ちました。が、足止めになっているのかも怪しいところです。さらに、足場が傾斜している為、仰角はそれなりに取り放題な向こうは、高低差を気にせず撃ちまくってきます。
アコはグヌヌ、と悔しい想いをしました。調子に乗りやがって。
しかしその時、調子こいたツケとばかりにP43に不幸が訪れました。カヴェナンターを見上げ、景気よく発砲した直後、左即ちアコたちに近い履帯が滑り、体勢が大きく崩れたのです。操縦手の機転か、何とか持ちこたえましたが、アクロバティックな姿勢で空中で踏ん張っています。
「反動抑制が甘いんですかね?」
「その可能性はありますわね。P43は実際戦場に出ることはなかった試作の戦車です。砲塔も、砲の割に小さいデザインですし十分なスペースがとれていない可能性はありますわ」
同じ宿命から未だ逃れられない愛車、バレンタインを思い起こしながら、アコはニマニマと無防備にトップを晒すP43に狙いをつけます。とは言っても落ちかけた体勢でいるため、狙えるのは砲塔くらいです。しかし、当てればそれが最後の一押しとなって、あの戦車を地に落としてやることができるでしょう。
「落ちろ!」
威勢よく放たれた砲弾は蜘蛛の巣に絡めとられた芋虫のような姿勢でいるP43の緑色の装甲に吸い込まれていき、その直後起こったことはアコの理解の範疇を越えていました。
まず、右の履帯が後方へ回転し、P43は手前の丸太から完全に足を離し、奥の丸太にヤジロベイのように全重を載せました。次に、両履帯が前へ高速回転し、P43は立ち上がりの姿勢を見せました。そこに飛んできた徹甲弾を、大きく持ち上がった砲塔の前面装甲が捉えます。その時、砲塔は天から見て反時計回りをしていました。丸太に対する接地面がほぼ点である車体は、砲塔と接触した徹甲弾の力でまるで独楽のように90度回転。そして両の履帯が重力に従い丸太に叩きつけられた時には、それぞれがそれぞれの、つまり右が奥、左が手前の丸太の上にあり、砲弾は空の彼方へと飛び去っていたのでした。
ありのまま今起こったことを話すとこんなところですが、何を言っているのかわかりませんしアコも何をされたのかわかりませんでした。ただ、漏れたつぶやきは一言。
「あれがSランク……」
頭がどうにかなりそうでした。




