1-B.7
「下の地面が緩んでいる、ですか?」
リアシュの反問にアコは頷きで返事します。
「なんだか、沼みたいになってるように見えるんですけど……」
リアシュは表情に緊迫感を纏い、ハッチから地面を覗き下ろしました。堤防の下の地面は、一見普通の土の地面に見えます。
「水溜りが随分広いと思いませんか?」
「確かに……妙ですわね」
リアシュは難しい顔をすると、ウドミに停車の指示を出しました。カヴェナンターが緩やかに停止します。
「私、少し下りてみます」
「では私もご一緒しますわ」
一人留守番とあいなったウドミの不服気な視線を背に感じながら、アコはリアシュを伴って斜面を下っていきます。
カヴェナンターが北上したことで、60度ほどにまでなったかなりの急勾配の斜面は雨に濡れて湿っていましたが、下りていくにつれ雨のせいだけでは説明のつかないような泥濘に変わっていき、地面に足をつくころには、膝下まで埋まるようになっていました。
アコとリアシュは顔を見合わせ、そして互いの足元を見ます。
「雨のせい……なんでしょうか?」
「確かに強い雨でしたが……ここまでのぬかるみは不可思議です。急いだほうがいいのかもしれません」
二人は頷き合うと、下りてきた坂を駆け足で登り、カヴェナンターに乗り込みました。
「ウドミ、発進してください。様子がおかしいですわ」
「下の地面、膝まで浸かるような沼なんですよ」
「沼……浸透破壊、でしょうか」
カヴェナンターを前進させるウドミから聞き覚えのない単語が出て、アコはそのまま聞き返しました。
「しんとうはかい?なんですか、それ」
「堤防の内部に水が浸透し、内側から崩れる現象です。堤防内が沼みたいになるなんてことは聞いたことがありませんけれど……」
「いえ、その浸透破壊という現象かもしれませんわ。もう少し詳しく教えてくださる?」
リアシュに問われ、ウドミは嬉しそうに答えます。
「ええと、まず川が増水し、堤防内部に水が染み込みます。水が堤防の内側まで届くと、堤防下部の土の支える力が弱くなり、内側の斜面が滑るように崩れます。そして、脆く薄くなった堤防が川の勢いに耐えきれなくなって決壊……という流れですわ」
ウドミがそこまで言ったその時、カヴェナンターを不気味な振動が襲いました。ウドミが咄嗟に90度左折し、急停止します。音が右側から聞こえたからです。
ハッチから頭を出して背後を確認したアコとリアシュは、言葉を失いました。ついさっきまで走っていた地面が、無くなっていたのです。その地面は今、斜面を崩れ落ちていくところでした。
半分ほどの細さとなった堤防上の道の真ん中で停車したウドミが、そんな二人の背中に言います。
「……こんな風に」
「ええ……よくわかりましたわ」
ウドミの説明によれば、次に待っているのは堤防の決壊。元の約半分の厚さになった堤防は、その横を狂ったように流れる川の水に対してあまりにも無力に見えました。
「ここをマップのバツ印の地点と断定しますわ。急いで通り抜けましょう」
「了解です」
ウドミは、細くなった足場で忙しなく両の履帯を動かしてなんとか進行方向に頭を向けると、狭い道を最高速度で走り始めました。が、急停車します。
訝し気にするアコとリアシュの目の前で、カヴェナンターの前方わずか数センチの地面が滑り始めました。
「なっ」
そして、数秒後にはもう跡形もありません。残ったのはとても戦車には通れそうもない幅の水平な地面と、削れて土の剝き出しになった斜面が十メートル以上続くのみでした。
アコは恐れをなして叫びました。
「ここは無理です!戻って東側から高地へ向かいましょう!」
アコは、自分が今度は冷静な判断をしていると信じて疑っていませんでした。だって、そうでしょう。前には道はなく、残った僅かな土すら、いつ濁流に押し流されるかわからないのです。迷う余地はありません。後退するべきです。
だというのに、リアシュは前を見つめています。まるで、悩んでいるかのように左手を口元にやっているのです。
「ここで戻れば……私たちと同じように、堤防上を伝って来ているチームと鉢合わせるかもしれません。この直線的な空間で戦闘になれば逃げ場がありませんし、それに戦闘となり発砲すれば、A42Vに発見されます」
「ですが……!」
「それに、もしそうならなかったとしても堤防を下りた後に待っているのは水に追われながらの東への横断ですわ。森を抜けられたとしても、高地への坂には辺り一帯にスポーンしたチームが屯していると思われます。戦闘にならないわけがありません」
「いやいや、ちょっと!」
反転しない理由を並べ立てるリアシュに、理論立てた反論はできないもののなんとか説得しようとするアコの背後から、さらにダメ押しの一言が飛んできました。
「リアシュ様、私はやれますわ」
「ウドミさん!?」
「ウドミ、頼みますわよ」
「お任せください」
口をパクパクさせているアコに、振り返ったウドミは笑いかけました。女性アバターとしては精悍すぎる顔立ちの口角が綺麗に上がり、そしてその口から愛らしい小鳥のさえずりのような声が漏れます。
「私を信じられませんか?でしたら、見ていてください。まだまだ未熟ですけれど、私も、リアシュ様に選ばれた操縦手でしてよ」
ウドミはそれだけ言うと操縦席に引っ込んで、カヴェナンターは動き出しました。




