1-B.6
まさか観戦者がいるとも知らず、T34重戦車は砲の角度を微調整しています。狙う先にはA42V。初弾に全てをかけるつもりなのか、A42Vが完全に真横を向くのを待っているようです。
A42Vの方は、別のターゲットがそちらにいるのか、アコたちから見て右、南の方角に砲を向けています。そして待つこと十数秒、ついにお待ちかねの瞬間が来たようです。
おっ、と思いながらアコが見守る先で、T34重戦車の120ミリ戦車砲が火を噴きました。いえ、火を噴いたというのは比喩で、こちらに背中を向けている為マズルフラッシュは見えなかったのですが、車体が揺れ白煙が上がっているので砲弾は撃ち出されたのでしょう。
そしてそれを裏付けるように、A42Vの広い側面装甲に炎の花が咲きます。
はたして、結果は。
「……動いていますね」
双眼鏡の中で、もともと鉄色だったA42Vの装甲は、被弾した部分を黒く変色させただけで、凹みの一つも見当たりませんでした。即ち、その避弾経始は概念すら生まれていないような切り立った装甲に垂直の砲弾を命中されて、無傷であったということです。
「鉄ではないのかもしれませんわね」
リアシュが冗談交じりといった調子で言いました。
観客はそんな風に暢気していられますが、T34重戦車の車内は今頃大変でしょう。なにせ、南を向いていたA42Vが旋回を始め、今まさに、その砲が重戦車を捉えたのです。履帯を丸太トライアングルから下ろそうと、大わらわで後退を始めています。
それを見ながら、アコは気になっていたことを質問しました。
「さっき、26口径って言ってましたよね。3メートル越えの口径に対しては流石に短くないですか?案外、威力は大した事ないかも……」
参考までに、金剛型をはじめとする戦艦に搭載された名主砲、35.6センチ砲は45口径です。
リアシュが口を開きかけましたが、言葉を発するよりも速く、推定34.2センチの砲が比喩でなく火を噴きました。戦車砲ではまず見ることのない規模の爆炎が上がり、灰色の煙が濛々と立ち込めます。
撃ち下ろしの砲弾は狙いに寸分違わず、逃げる暇も与えられなかったT34重戦車の279ミリに達する砲塔前面の装甲に直撃しました。
三秒と少し後、轟音がこちらに届くころには、破壊の後がくっきりと見えるようになっていました。
「っ……」
その光景に、アコは思わず喉を鳴らしました。気になったのか、例のノーハンド運転状態で顔を出してきたウドミからも動揺の気配が伝わってきます。
そこにあったのはT34重戦車の車台のみ。砲塔と思しき物体は、その後方、十数メートル離れた場所に転がっていました。乗員はよもや無事ではありえませんし、仮に体力全損を免れようとも、戦車に撃破判定が下れば乗員は全て退場となるのがBCSのルール。廃車確定のT34重戦車には、言わずもがな撃破判定が下ったことを示す赤い『撃破』タグがピョコンと立ちました。
ちなみに、損耗率の高い対人戦でもとりわけ撃破の多いサバイバル形式のBCSでは、大会中の戦車の損傷は大会後には全て無かったことになります。あの拘りの強そうなT34重戦車も、BCSが終われば、頭と胴のくっついた状態であのチームの元に返ってくることでしょう。よかったですね。
さて、口径数がどうした、と言わんばかりの圧巻の射撃を目にしたアコは、すっかりビビってしまいました。観客としての余裕は、T34重戦車の砲塔と一緒に吹っ飛ばされてしまったようです。
「……あの、ここ、危なくないですか」
「こことは、堤防の上のことですか?」
激しく首肯します。
「ですが、今降りたらもう、登るのは一苦労ですわよ」
リアシュが諭すように言いますが、アコにしてみれば何故彼女が余裕そうにしているのかがわかりません。
「あんなのが飛んで来たら終わりですよ!?すぐに私たちも見つかります!なんたって遮蔽物が何もないから!視界が良好だから!」
取り乱し、捲し立てるアコをリアシュは全身でたしなめます。要するに、抱きついて黙らせます。アコは素直に黙りました。
「落ち着いてくださいまし。私、一つ気づいたことがありますわ」
「……気づいたこと?」
怜悧な瞳に見つめられ、アコも少しは冷静になりました。
「A42Vは、崖の下に砲を向けていたにも関わらず、隠れもせずに射撃の準備をするT34を発見することはありませんでしたわ。T34も撃たれないことを確信しているようでした。ですのに、T34が撃った直後、T34に照準し発砲しました。つまり、あの『鬼』は視覚ではなく音で目標を発見するのかもしれませんわ」
「音……」
そう言われてアコは、声をひそめ押し黙りました。
「ふふ、話し声で見つかっていては、既に撃たれていますわよ」
可笑しそうにするリアシュを見ると波浪警報発令中の心も多少安らぐというものですが、しかし、怖いものは怖いです。アコは、何とも言えない表情をすることしかできませんでした。
結局、カヴェナンターは堤防を下りることはなく、ハイウェイドライブを続行することになりました。そして、名残惜し気に堤防の下の地面を見つめていたアコが、最初に異変に気付いたのでした。




