1-B.5
遥か遠くの崖の上で蠢くA42Vこと『鬼』役の巨大戦車を視界に、アコ、ウドミ、リアシュの三人は対応を協議中。四月の桜か何かのように眺めていられるのは、一向にこちらに気づく様子がないからです。
「無視するのが一番ではなくて?触らぬ神に祟りなし、ですわ」
「同意見です。どうせ撃っても届かないし」
A42Vは、前脚を屈め後ろ脚を伸ばしたアクロバティックな姿勢でかなりの俯角をつけて、崖の下を狙っているようです。リアシュはそんな鬼の様子をチラリと窺い、言いました。
「その通りですわね。あまり悠長にしている時間はありませんわ。先を急ぎましょう」
三人はいそいそと配置に戻り、程なくしてアイドリング状態だったエンジンが転輪を回し始めます。カヴェナンターは間を置かずトップスピードに至り、行動を再開しました。
「今、森林エリアにいるチームはとても動けないでしょうね」
「ええ。強引に動こうとするなら……崖沿いを行くしかないのではないかしら。いくら多脚戦車でも、垂直に撃ち下ろすことはできないでしょう」
その時、森林の中からかすかに重々しい音が聞こえました。もっとも、342ミリの砲声のように脅威を感じる音ではありません。リアシュが双眼鏡で確認します。
「……距離1000。重戦車ですわ……T29……いえ、あの砲はT34……?」
「T-34?あの、ソ連のですか?」
「いえ、T34重戦車というアメリカの戦車ですわ。試作のみで終わったはずです。PBOに実装されていたかしら……いえ、完成は明らかに終戦後のはず……」
左手を口元に当てブツブツと思考の海に沈むリアシュを尻目に、アコも双眼鏡を覗きます。大分手間取ってから、ようやく見つけました。リアシュはよく、すぐに見つけられるものです。
アコのバレンタイン並に砲が車体からはみ出た重戦車が、こちらにお尻を向けて停車していました。目を引くのは、その進路上に大木が横たわっていること。なお、最初の十分間、林の中を走っていた時には、倒木は見かけることすらありませんでした。
「確かに、T29の車体も120ミリ戦車砲もあります。なるほど……再現は既に可能でしたのね……」
彼女の中で結論が出たようで、リアシュは顔を上げて説明してくれます。
「アメリカの重戦車、T34と思われますわ。PBOではT29は実装されていますが、T34は実装されていなかったはずなのできっと自作したのでしょう。すごい情熱ですわ」
よほど好きなのでしょう、ご立派ですわ、とリアシュは視線に好感を浮かばせて、遠方の重戦車のお尻を見つめています。アコとしては、この人間戦車図鑑みたいな令嬢の方がご立派だと思いました。
こんな顔をしてもらえるなら、アコも史実戦車の再現に挑戦してみようかと思うほどの良いお顔です。
「T29の派生としてはT30という火力支援型もありまして、こちらは砲が40口径155ミリ。それに対して、T34は60口径120ミリで、砲身が一メートルほど長いのです」
120ミリと聞いて小さく感じるのは342ミリのせいでしょう。
「ああもちろん、そこで見分けるわけではありませんわよ?T34はその長砲が重すぎて、なんと砲塔の後ろに、カウンターウエイトとして追加装甲をつけているんです。こんなところまで再現しているなんて……」
言われてみれば、確かに砲塔の後部が盛り上がっています。アコとしては、カウンターウェイト!そういうのもあるのか、と目から鱗の思いでした。バレンタインにも88ミリを……いえ、目標は高く120ミリ!?
なんてことを考えていると、T34重戦車の行く手を遮るように、また一本、木が寝そべりました。よくよく見ると、どうやら数人のプレイヤーが木を切り倒したようです。状況から見て、T34重戦車の乗員でしょう。ここからは三人しか見えませんが、他にもいそうです。
彼らの手元にはチェーンソーと思しきものが握られています。南側と北側にそれぞれ切り込みを入れ、真っすぐ一本目と平行に倒すその手際の良さは、もしかしたらリアルで林業に携わっているのではないかと思わせるほどでした。
「何をやっているんでしょうか?木を切り倒して自分たちの進路を塞いでいるように見えるんですが……」
「そうですわね……ああ、なるほど」
左手を口元にやって数瞬考えていたリアシュは、納得の声を出しました。
「仰角を稼いでいるのですわ」
「仰角?」
「あの重戦車は、A42Vを撃つつもりなんでしょう。そういえば、『ハイパー・タグ・ゲーム』で鬼の戦車を撃破したのはT29と聞いています。もしかしたら、同じチームかもしれませんわね」
なるほど、そういうことでしたか。
奥から現れた二人が、三本目の木をちょうど今まで切った二本の上に倒し、三角形の土台が出来上がりました。それを、ワイヤーか何かでくくって固定しようとしているようです。流石Sランクプレイヤー、アコには思いもつかないようなことを平然とやってのけます。
土台が出来上がると、五人のプレイヤーたちはT34重戦車に乗り込み、程なくして重戦車が動き出して丸太の束に乗り上げました。その砲塔と砲が動いて横腹を晒すA42Vに照準を合わせます。
「倒せるでしょうか」
「どうでしょうかしらね。T34の120ミリ戦車砲は、2000メートルで200ミリを抜きますわ。それに対してA7Vの側面装甲は20ミリ、六倍すれば120ミリです。いくら傾斜しているとは言え、普通に考えれば貫通するはずですが……」
そういう言い方をするということは、そうは思っていないようです。
「倒せない、と?」
「いえ、倒される可能性もあると思いますわ。ただ、あの多脚戦車という形からは、何か意図を感じますのよね」
リアシュはT34重戦車から視線を切り、崖の上のA42Vを見ます。
「正面突破はできないようになっていると言いますか、倒し方が定められていると言いますか……そういう意図を感じるのです」
要するにメタ読みという事のようです。ですが、不思議な説得力がありました。
アコは、黙ってT34重戦車の射撃を見守ることにしました。




