1-B.4
決意新たに堤防上を爆走するカヴェナンターのハッチから顔を出して、アコはBCS中にも関わらずあろうことかのんびりとした気分でいました。
移動中、砲手は基本的に暇です。操縦手は言わずもがな運転中ですし、車長は頼もしいことにマップを見ながら思案のポーズに入っています。やることといったら周辺の警戒くらいですが、高所を取っていてかつ高速で移動中である以上、そこまで神経を使う仕事でもありません。
荒々しく流れる川を見ながら、アコはついポツリと言いました。
「少し思ったんですが」
「なんでしょう?」
リアシュが、顔を上げて返事してくれました。
「水陸両用戦車って、ありますよね。ああいう戦車ならこの川も渡れるのかなって」
「浮航戦車のことですわね?PBOにはDD戦車や日本の特型内火艇などが一通り揃っていますけれど……どちらも、きっとこんな速い川では流されてしまいますわ」
わざわざアコに並ぶように頭を出して激流を見下ろすリアシュは何か愉快な想像でもしているのか、口角を少し上げて微笑みます。
「下流に大きな滝でもあるのかもしれませんわね。ふふ、そんな滝を戦車で落ちるのなら、少しやってみたいですわ」
アコは、それにはちょっと同意できないなと思いました。なお、実際、BCSでの行動可能範囲とは概してマップにうつっている範囲とされていることが多いです。戦車の足を阻む術など限られている為、行こうと思えばその境界の先に行けてしまうこともあるのですが、そういう場合にはそれこそ滝のような理不尽な感じでゲームオーバーとされてしまうことも少なくありません。
その時、二人の視界の右下から、操縦席の天板を押し上げてウドミが銀髪の頭を覗かせました。アコは、ウドミがこの体勢の時、手がレバーに届いていないことを知っているので、内心気が気でありません。しかし、先の道がしばらく直線だと判断したらしい操縦手は、そんなアコの気など知りもせずに口を開きます。
「リアシュ様、そろそろ走り出して10分ですわ」
「ん、そうですわね。バツ印の正体と思しきものは見かけていませんが……」
「もしかして、もう通り過ぎてしまって……」
いたりして、と言いかけた時、アコの視界の右端がチカッと光りました。アコがハッと首を右に向けた時にはリアシュが「停止!」と叫んでおり、反射的に視線を操縦席に戻した時にはそこにウドミの頭は無く、カヴェナンターはつんのめるように急停車していました。ハッチのロックは今度は仕事をし、アコとリアシュの腰は守られました。
全員口を閉じ、様子を伺います。南の方の一帯の森で、湿った土が爆ぜたように空を舞うのがすぐに見つかり、十秒ほどの後、遠方から重くくぐもった音が響きました。
「今のは……」
「砲声……?」
慄く二人の横で、懐からサッと取り出した双眼鏡で音の主を探していたリアシュが息を呑みました。驚愕のあまりか、遠方を示す指先も微かに震えています。
「あ、あれを……」
その指す方を注視して、アコとウドミもまた言葉を失いました。
少なくとも三キロは離れたところにある巨大な崖。北上していけば最終的にはこの堤防上からその崖の上に行けるようになるはずですし、当然北に行くにつれて彼我の距離は狭まっていくのですが、マップを確認した地点から見たときよりは近づいたと言えど、まだ、人が豆粒程度にも見えない距離。
そんな崖の上に、何やら鉄色の箱のようなものが動いているのが見えます。なんと、ぎりぎり肉眼で。
双眼鏡を覗き込むリアシュが、困惑や焦りが織り交ぜになった声を出します。
「形は……A7Vに見えますわ」
アコも、ウドミも自分で双眼鏡を取り出し、A7Vとかいう何かに似ているらしい箱のような何かを観察します。その間はリアシュが双眼鏡から目を離し、一応の周辺警戒。そして、警戒しつつもA7Vについて教えてくれます。
「A7Vはドイツ最初の戦車ですわ。イギリスの菱形戦車やフランスのルノーFT17などと肩を並べるような、世界でも最初期の戦車ですの」
双眼鏡越しに見えるそれは、確かに装甲に覆われ、砲らしきものを持った、恐らくは戦車と呼べるもので、今はアコたちから見て真右を向いています。恐らくは、というのも、いかんせん距離があるため双眼鏡越しでも小さいですし、その形状はアコの知っている現代的な戦車とはかけ離れていましたし、それに何よりも、その足元が。
「……昔の戦車は、あんなふうにワシャワシャしてたんですか?」
「いえ、そんなことは断じてありませんわ」
その、本来履帯がチラリと覗くはずの足元からは、幅広で湾曲した爪型の装甲板を備えた節足動物のような脚が、四対八本生えているのでした。
「多脚戦車というものですわ。空想上の存在ですが……」
リアシュがどこか呆れた声音で呟きます。それはそうです。ドイツ最初だという骨董品のような戦車に足を生やしてしまうとは、蛇足もびっくりの魔改造です。
「そして形状もさることながら、異常なのはサイズです」
リアシュは確かめるようにもう一度双眼鏡を覗き込みます。
「16シュトリヒ……仮に距離3000として、全長50メートル近くあることになりますわ」
シュトリヒとはミルのことで、一ミルは大雑把に言うと、一キロメートル先の一メートルの物体が視界に占める角度。砲手であるアコは、さすがにその程度のことは知っています。つまり、16ミルかける3キロメートルで、A7Vは全長48メートルの超巨大戦車とわかります。脚が生えているせいで、高さに至っては30メートルはあるように思えました。実際には三キロ以上あると思われるので、もっと大きいでしょう。
「……昔の戦車は、あんなにバカデカかったんですか?」
「断じて、そんなことはありませんわ。A7Vの全長は確か8メートルです」
「六倍、ですか……」
アコ、ウドミともに揃って再び絶句。PBO運営に一言、やりすぎだとツッコみたい気分です。
「元は30トンの戦車です。六倍すると、単純計算で6500トン……もはや巡洋艦ですわ」
リアシュが呻くように言います。
「ということはあの細い足一本に800トンがかかっているのですね……丈夫ですわ」
暗算の速い先輩方です。砲手のアコとしては、他にも気になることがありました。
「砲はどうなんでしょうか。もともとどのくらいの砲を積んでいたんですか?」
「車輛ごとにまちまちではありますが、対戦車砲を積んでいるとすれば基本はノルデンフェルト57ミリ砲のはずですわ。26口径57ミリの砲です。」
「てことは……口径342ミリ……艦砲?」
「ノルデンフェルト57ミリ砲はもともと海軍砲ですから、間違ってはいませんわね」
「まさに陸上戦艦ですね。あんなのがこのタグ・ゲームの『鬼』……」
深刻な顔をするアコとリアシュに、ウドミが、どこか暢気な口調で言いました。
「車体も六倍、砲も六倍……つまり、A42Vですわね」
「そこは六倍していい所ではありませんわ!?」
しかし、リアシュの切れのあるツッコミむなしく、その後ツボに入ったアコが推して、彼の『鬼』のCRSTでの呼び方は「A42V」に決定しました。




