1-A.11
デザートエリアを、鉄色のカヴェナンター巡航戦車が爆走しています。砂煙を上げながらの文字通りの爆走です。エンカウントする敵戦車に目もくれず、勾配に直角に、霧の街フォグバーグから北へ向けて直進しています。
「ひゃあああ!」
「びゃあああ!!」
リアシュとアコの二人が、ハッチから身を乗り出して向かい風にはしゃいでいました。あまりの強風に髪はオールバック。時速にすれば毎時50キロ程度と大したことのない数字ではありますが、熟練したPBOプレイヤーはこの程度のスピードでも大変な高揚感を感じることができるのです。BCS以外ではハンガーに死蔵するようなガチ戦車でもない限り、これほどの巡航速度は出せません。そして、このカヴェナンターはそのガチ戦車なのでした。
なお、カヴェナンターの砲塔ハッチは後ろにスライドするタイプで、全開にすればアコとリアシュが並んで身を乗り出しても余裕があるほどの広さがあります。
「すごいです!砂漠でこんなに速く走れるなんて!」
「実はカタログスペックではカヴェナンターの方がクルセイダーよりも速いのですわよ!データベースによれば、整地の最高速度はクルセイダーが時速44キロ、カヴェナンターが時速50キロ!まあエンジンを交換してしまったので、この子はまだ50キロは出ないでしょうけれど!」
「今のこのスピードではどれくらい走り続けられるんですか!?」
「この程度ならずっと走っても問題ないはずですわ!!エンジン選びには特に時間をかけましたの!簡単にオーバーヒートしていただいては困りますもの!それに信頼性には代えられないとはいえ、出力にだってこだわっていますわ!なるべく本来の速度に劣らない、最高速度を目指しました!ほら、良い音でしょう?馬力が違いますわよ!トルクも十分!なんたってイギリス戦車ですもの!坂路の申し子ここにありですわ!!!」
「…………なるほど!」
「さらにさらに!その独特なレイアウトを残しつつ航続距離を確保するために、積んだラジエーターも特別品!かつて燃える棺桶系戦車ばかりを好んで乗り回した伝説のPBOプレイヤーも愛用したというあのチルゾーンQ273を搭載しておりますわ!取り込んだ空気を減圧によって摂氏零度まで冷却し放出するという魔法の空冷式ラジエーター!これ一台で車が買えます!むしろウドミが寒い思いをしていないか心配なくらいですわ!!」
「……………………なるほどっ!」
二人は、風に負けじと大声を張り上げ会話します。車内で話せばいいのに。
ちなみにリアシュの言ったデータベースとは、有志によって運営されている、PBOのメカニックの内部数値を網羅している廃プレイヤーご用達のウェブサイトのことです。全てゲーム内で実際に検証を行って導き出されているというのだから、驚きです。
さて、カヴェナンターは今、デザートエリアの北に位置するアーバンエリアへと向かっていました。目的は、カヴェナンターの強化です。
PBOには、戦車の強化手段として、パーツ交換以外にもう一つ方法があります。それが、スロットというシステム。戦車ごとに決められた数のスロットに、例えば『装甲強化Ⅲ』と書かれた何かを装着すると、その通りに戦車が強化されるというものです。何かとは何なのか、と聞かれてもそこは誰にも答えられません。装着はパネル操作で行うので、プレイヤーはそれの正式名称どころか実際の形すら見たことも無いのです。一応、便宜上プレイヤーには『オーブ』とか『スロットの奴』などと呼ばれています。
最初期から存在した仕様ではなく、新規実装戦車に既存の戦車が太刀打ちできないという状況を改善するべく、三年目くらいに実装されたもので、当初はインフレにインフレで対応する愚策かとも思われましたが、結果的にはPBOのゲーム性を高める要素となりました。それまでの、究極的にはお金さえかければ強い戦車が作れるという状況が覆されたのです。既に、アコのようなスロットの無い時代を知らないプレイヤーも増えてきています。
オーブは敵戦車からドロップしますが、どの種類のオーブが出るかは基本的にランダムであり、さらには、例えば『装甲強化Ⅰ』を『装甲強化Ⅱ』するためには『装甲強化Ⅰ』が大量に必要という周回要素もあります。
アーバンエリアは、出現する戦車から最もオーブがドロップしやすいという評判。データベースにそう書いてあるので間違いないでしょう。三人は、BCSまでの残り約二週間、アーバンエリアで狩りをして、集めたオーブの中から厳選してカヴェナンターに装着するつもりでした。
なお、PBOでは格納庫を介することで別の街にワープすることが可能です。行きたいエリアの最寄りの街にワープした後に出撃すれば、フォグバーグからでもデザートエリアを通ることなく他のエリアへ移動することがもちろんできます。ただし、今回のアコたちのように、アーバンエリアの中でも最奥の地帯に的を絞っている場合、フォグバーグからの方が楽に辿り着ける場合もあったりします。
その時、それまで早口で捲し立てていたリアシュが、ふと口をつぐみ、空を見上げて何かぽつりと言いました。
「ええ!?なんですか!?」
リアシュの口元に耳を近づけようと身を屈めたアコに、リアシュが顔を向けます。そんな姿勢で至近距離からリアシュのグレーの瞳に真っすぐ見つめられ、アコはかなりドキッとしました。やにわに、リアシュが口を開きます。
「アコさん!優勝しましょうね!」
「えっ?……はい!そうですね、勝ちましょう!」
まあ、主観ではかつてソロ部門をざわめかせたアコと、ここまでの情熱をもってやりこんでいるリアシュがいるのです。Aランク以下なら優勝もまったくもって夢ではないでしょう。
「そのためにも、強化オーブ周回、頑張りましょう!」
「はい!」
デザートエリアから立ち昇る砂の霧の向こうに、高層ビル群の残骸が見えてきています。




