1-B.79
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!』
濁った汽笛のような音が空を覆いつくすように鳴り続けます。
「え……なんで……?」
頭は呆然としていますが、響く危機感の警鐘が足を突き動かします。都合三回目。いつも、どのくらいの時間が許されていたでしょうか。一分?もっと短い?
重量のあるバックパックを背に、ふらつきながら目指す先。カヴェナンターが、動き始めました。言うまでもなく遠ざかっていきます。
流石は我らがリアシュ様、ありがたいことに小の虫を助けて大の虫を殺す愚行はしない人です。ですが、もう少しこう何というか手心というかそういうものが欲しいところ。
何とか50メートルほど走って、アコは一度息を切らせて立ち止まりました。
「くっ、重いっ……!」
アコのSTRの評価はA。A評価では確か、体重の60パーセントの重量までは、短時間であれば運動力に制限を受けることなく積載できたはずです。一つ5キロはある地雷が10個、さらによく考えたらこのバックパックには15キロもあるボーイズ対戦車ライフルまで入っています。その他合わせれば、しめて70キロくらい、道理で重いわけです。
では、アコの体重はどのくらいあるのでしょうか。身長は170センチくらいで筋肉質ですし、やはり65キロくらいはあるのでしょうか。すると、アコの灰色の脳細胞に曰く、地雷を6個捨てればかなり動きやすくなると思われます。
捨てましょう。残り60個もあるんですから、一割くらい減っても問題ないはずです。ストレージのウィンドウを立ち上げ、バックパックの中の地雷6個を適当に選んで実体化します。空中に現れたそれらをキャッチしなかったため、6個の地雷は無造作に地面に転がりました。
それを見届けることなく、アコは活を見出すべく首を回しました。戦車の中以外にも、助かる場所があるかもしれません。
今まで2回の特殊攻撃を見てきた経験則からは、爆心地は標的となる戦車達の中心になるはず。この不気味な音が鳴り始めた瞬間、あの3輌はどの辺りにいたでしょうか。
「……」
ダメです。そこはまさに境内の中心。この境内の上にいては、間もなく満遍なく焼き払われるでしょう。
石灯籠の影に隠れれば助かるでしょうか。今から走り始めればカヴェナンターに追いつけるでしょうか。頑張れば耐えられないでしょうか。いくつもの思考が浮かんでは消えていきます。あと何秒あるのでしょうか。もう詰みなのでしょうか。
いつの間にか空を仰いでいたアコの目には、太陽と見紛う燦々たる眩い光を纏って落ちてくる爆発物がうつっています。心が折れる音がしました。
ついでに首も折れて俯こうとしたその時、空と地面の間にかなり遠ざかったカヴェナンターが見えました。あそこまで離れれば、恐らく無事でしょう。
あの二人なら、アコが落ちても優勝を手にするかもしれません。そうなればアコも報われるというもの。
その時、アコは気が付きました。目の錯覚でなければ、カヴェナンターは停車しています。確かに車体に損傷を受けることは恐らくないだろう場所まで退避しているようですが、停車するのは余計なリスクです。そして、アコはさらに重大なものを視認しました。
「リアシュ様……!?」
カヴェナンターの車上に、確かに人影があります。大振りなジェスチャーで、アコから見て右を指差しています。咄嗟に右を見ると、参道から分かれた石畳の道が伸びていました。その先には、始めにカヴェナンターが登ってきた急な石階段。
閃くものがあり、アコは走り出しました。
リアシュの考えを理解しているつもりです。この境内で唯一のセーフポイントとは、あの石階段。
リアシュがカヴェナンターで破壊したあの鳥居を通り過ぎます。
石階段の影に身を隠せば、熱も爆風も躱すことができるはず。それらが通り過ぎた後に境内の上に舞い戻れば、無事合流というわけです。
足からスライディングし、お尻を痛めながら石階段を何段か滑り降ります。そして、相変わらず怖いほど急な石階段に腹ばいになってしがみつきました。
「……!」
諦めなければ、案外何とでもなるものです。
顎も額も胸も腹も足も腕も全部を石階段に押し付け、目を閉じ、息を深く吐いて口を塞ぎます。一瞬の静寂を妙に長く感じました。
次の瞬間、まさに大地を揺らす衝撃が起こりました。今までになく近距離で、かつ初めて戦車の外で聞く爆音は、フルダイブオーディオデバイスの出力制限の関係で多少控えめ。そのせいで、弾着の爆発の直後に連結して6回、別の爆発があったのが聞こえました。その間にも頭上を爆風が吹き抜け、その暴力的な衝撃はアコの体にも襲い掛かりますが、アコの前半身は完全に石階段に密着しています。
だと言うのにその直後、アコは地鳴りのような響きと、浮遊感を感じていました。しかし、アコの四肢は確かに石階段にしがみついています。
落下しているのは、石階段でした。




