1-B.77
IS-2を追い越し、ARL44とトンネルの右の壁との間に車体を捻じ込もうとするカヴェナンターの中で、アコは思い当たったことを共有していました。
「ここって、やっぱりあの段差ですね」
「なるほど、それはARL44には厳しいでしょう」
アコをして転倒させたあの50センチくらいの段差です。まさか、こんな形で再び牙を剥こうとは。
ARL44のハッチが開き、操縦手のピーチが出てきました。
「気を付けてください、滑りますからね」
それだけ言って、細い目をさらに細めています。
「確かに、この水深ではカヴェナンターも危ないかも知れませんわね。ウドミ、一度停めてください。地面の様子を見てきますわ」
リアシュがそんなことを言ってハッチから出ていこうとしたので、アコは慌てて引き止めました。
「いや、私が見てきますよ」
「そうですか……?では、よろしくお願いいたします」
ハッチから出て、車台に腰かけて水面を見下ろすと正直気が引けますが、これも車長孝行です。カヴェナンターの履帯スカートに掴まって、身を落とします。落ち着いていきましょう。
足は、何とかつきます。リアシュはもちろんのこと、朝倉桜子の身長でも水面に頭を出すことはできないでしょうが、アコならギリギリ大丈夫です。懐中電灯を片手に息を大きく吸い、一思いにダイブ。
目を開くと、そこまで幻想的でもない水底が広がっています。というか泥が舞っていて汚いです。地面を蹴って車体の前方に回ります。
「……」
左には、ARL44の一目でフランス戦車と分かる履帯があります。その足元には、精一杯地面をひっかいたらしい深い土の溝。そして、そんな履帯がつっかえているのは、やはりあの段差でした。MAGIのイエローとブルーによる仕事でしょう、木の板が敷かれています。これはまさか、トンネルの入り口の民家の壁だったものなのでしょうか。
ともかく、そのように木の板が敷かれており、車重の軽いカヴェナンターならば何となく行けるような気もします。多分大丈夫でしょう。大丈夫なはず。
念のため自分で段差を登ってみたアコは、段差の上で立ち上がりました。水面は腰ほどです。身長が伸びるイリュージョン、なんつって。
「大丈夫じゃないかなーと思います」
「本当に大丈夫ですの?」
両腕で大きな丸を作って見せるアコに半眼を向けたリアシュでしたが、ウドミに発進の指示を出したようです。カヴェナンターの履帯が動き始めました。
まずは、トンネルの真ん中に陣取るARL44を押しのけなくてはなりません。トンネルの幅は6メートル強ありますが、カヴェナンターの横幅が2.6メートルでARL44が3.4メートルなので、本当にギリギリです。幸いにして、ARL44はトンネルの左側にかなり寄っています。まあ、一度は砲を撃ち合いながらすれ違いましたしね。
ウドミ操るカヴェナンターは、躊躇なくその車体をARL44にぶつけました。車上の二人の車長が何とも言えない顔をします。火花を散らし、金属と金属が激しくこすれ合う嫌な音を奏でながら、カヴェナンターはあっという間にARL44の右横に半ばまで車体を進めました。
履帯が段差に差し掛かります。
アコには泥が舞って良く見えませんが、ウドミには分かるのでしょう。カヴェナンターは、そのまま履帯を回転させ続けます。それと同じスピードで車体も動いているのが、滑らずにちゃんと噛んでいる証拠です。
ザパアアアアと水が割れ流れ落ちる音とともに、カヴェナンターの前底面がアコの視界を覆います。あ、これ、逃げた方がいいですね。
しかし時既に遅く、段差を見事乗り越えたカヴェナンターがその体積分の水を揺り動かして段差の上に登場しました。
「アババババ!」
多量の水に押し流され、体勢を崩したアコの足元を水流が掬うように通り抜け、アコは仰向けで転倒しました。直後、顔面の左右から水が流れ込み、次の瞬間には上下が無くなります。マズい、と思った時には既に、水が口内を満たしていました。
あくまでもバーチャルな水なので呼吸はできますが、このまま行くと残り半分の体力を全損してゲームオーバーです。
「ゴボボベゴボ」
そんなに深くないはずなのに、腰までしかないはずなのに!
バシャバシャ暴れるアコの腕を、何かが掴みました。そのまま、首に腕が回されます。身を任せていたら、口が水面の上に出ました。
「大丈夫、浅いですわよ」
「ゲホッ、それは、ヴエッ、分かってるんですが……」
助けてくれたのはリアシュでした。胸まで水に浸かりながら、駆けつけてくれたようです。
その瞬間、アコの体がリアシュごと抱きかかえられ、何が何だか分からないうちにカヴェナンターの装甲の上に載せられました。首を回すと、ウドミのゴツい腕が目に入ります。
「アコさん、大丈夫でしたか!?申し訳ありませんでしたわ!」
「大丈夫でしたよ、体力も減ってませんし」
平謝りするウドミを宥めるのに、アコは苦心しました。




