1-A.0
砂漠を五輌の戦車が走っていました。地表には見渡す限り砂塵が立ち込めており、降り注ぐ太陽の光さえ薄暗く感じられます。
五輌の戦車は、行儀よく肩を並べて走行していました。砂煙を上げ、横隊隊形で驀進しています。左から四輌は砂で汚れたベージュ色で、一番右の戦車はもっと汚れの目立つカーキ色でした。カーキの戦車はベージュの四輌と比べると格段に大きな車体を持っています。つまりサイズから言えば、中戦車が四輌と重戦車が一輌という編成の小隊でした。
そんな戦車小隊を、その進行方向の左手にそびえるちょっとした崖の上から見下ろす人物がいました。うつ伏せで崖の縁から頭だけを出すようにして双眼鏡を覗き込むその人物は、体にフィットするデザインの暗めの迷彩服に身を包んでおり、頭にはヘルメットとフェイスマスクをつけていました。
戦車小隊が崖の下を通り過ぎていったのを確認すると、その人物はバッと起き上がりました。バックパックやゴツいベストのせいでその体型は分かりにくいですが、体についた砂を大雑把に払う仕草からは女性のように思えます。背丈はすらっと高く、唯一露出している目元は鋭く、去っていく戦車たちの方に向けられていました。
彼女は踵を返すと崖縁から姿を消し、その数十秒後にまず現れたのは、黒く長い筒のようなものでした。それが角度を変え、小隊の戦車の一輌に向けられます。最初は首を左右に振るように、続いて縦に俯くように角度を調整し、次の瞬間、筒の先端が眩い閃光を放ち、僅かに遅れて爆音が轟きました。
放たれた砲弾は半秒弱飛翔し、吸い込まれるように隊列の一番左の中戦車に着弾。車体後部の上面装甲に食い込み、炸裂します。もうもうと黒煙を上げて、中戦車は停止しました。
弾着を見届けて、崖縁から砲撃の主が姿を現します。車高が低く、砲塔が随分後方にあるその戦車は、暗色のペイントや不釣り合いなほど長い主砲もあいまって、かなり異様な出で立ちの戦車でした。
その戦車が崖縁から身を乗り出し、履帯の前半分が崖からはみ出ても前進を続け、最終的には重力に引かれてその履帯を斜面に叩きつけました。そして、傾斜が四十度はあろうかという崖を、滑るように下りていきます。
一方の小隊の戦車達も黙っていません。黒煙を上げ続ける被弾車を行動不能と判断し、天から見て、左の二輌は反時計回りに、右の二輌は時計回りに旋回して反撃行動を開始します。再び車体を揃えて停車し、ちょうど地面に激突する様に崖を下りきった暗色の戦車が巻き上げた砂煙に向かって一斉砲火しました。
四発の砲弾とすれ違うように砂の煙幕から飛び出た暗色の戦車は、斜面を下った勢いそのままに小隊に向かって直進し、その前後左右に砲弾が着弾するのにお構いなしに小隊との距離を詰めます。それに対し、四輌の戦車は泰然と身じろぎせず発砲を続けます。図式はさながら、城塞とそれに突撃する騎兵のようでした。
小隊が放った砲弾が、突撃する戦車の砲塔を掠めて後方で爆発を起こします。それでも戦車は前進をやめず、小隊の砲撃が止んだ一瞬、砲塔をわずかに動かして走りながら発砲しました。
錐揉み回転しながら飛翔する砲弾は、左から二番目に並んだ中戦車の砲塔の下の方に当たり、その傾斜によって真下に跳弾して上部装甲を貫きました。派手な爆発が起こり、小隊は残り三輌になりました。それを見て、左右二輌の中戦車が前進し、残されたカーキの重戦車を中心にした逆V字の隊列に変化します。
彼我の距離が百メートルを切ったところで、突撃する暗色の戦車は左へと進路を変えました。三輌の砲がそれを追って時計回りします。それらの砲弾を置き去りにして小隊の左手に回り込んだ戦車は、狙いを定め発砲して、重戦車から見て右の一輌を屠りました。
右翼を担う中戦車が撃破されたことで前面に晒された重戦車は超信地旋回して暗色の戦車に向き合うと、緩慢な速度で後退し、それを追い越すように残る最後の中戦車が前に出ます。そのまま停車もせずに発射した砲弾は、暗色の戦車の砲塔を正面から捉えたかのように見えました。
しかし、次の瞬間。
暗色の戦車が首を振るように砲塔を左に曲げ、さらに進路をわずかに左に切りました。それだけで砲弾は湾曲した砲塔に弾かれ、右後方へと飛んでいきます。お返しとばかりに放たれた一撃が砲塔に炸裂し、中戦車は沈黙しました。
暗色の戦車はその勢いを止めず、後退を続ける重戦車に迫ります。側面装甲を狙うため、左に回り込もうとしますが、重戦車は後退しつつ時計回りに旋回しそれを許しません。撃った砲弾は重戦車の正面装甲に弾かれ、暗色の戦車にとって初の無駄弾となりました。
かといって重戦車の砲弾が的を捕らえることもまた、ありません。暗色の戦車の弾が弾かれ、重戦車の弾が空を切るという応酬を繰り返すことさらに一回、暗色の戦車の三発目の砲弾が大きくせり出した重戦車の右の履帯を直撃し、重戦車の履帯が切れました。重戦車はそれに気づかず旋回を続け、履帯はズルズルと外れて重戦車の足元が砂に沈んでいきます。
それを暗色の戦車が見逃すはずもなく、放たれた砲弾が重戦車の右側面を垂直に射貫き、重戦車はガタンと痙攣する様に身じろぎした後に、黒煙を吐き出して停止しました。これで小隊は全滅です。
全てを一輌で終わらせた暗色の戦車は、破壊したベージュの中戦車の間を縫ってゆるゆると進み、少し離れて停車します。そのハッチが開き、先ほどの女性が顔を出しました。そして戦車から這い出るとヒョイヒョイと地面に降り立ち、口元のフェイスマスクを引き下げます。その好戦的な印象を与える相貌には、今は少女のような笑顔が浮かんでいました。
彼女が手近な中戦車に近づき、その上にピョコンと立っている赤いマークに手をかざすと、空中に半透明なウィンドウが浮かび上がります。そして、ウィンドウを何か操作すると、中戦車がいくつかの部品と金貨を残して形を崩し、消えてしまいました。それを残り三輌の中戦車と、重戦車に対して行うと、後には砂の上に散らばる部品と輝く金貨、そして車高の低い暗色の戦車が一輌残るのみでした。
ここは、戦車対戦VRMMO「パンツァーブリッツ・オンライン」の「デザートエリア」。彼女は、金欠に陥り金貨稼ぎの雑魚狩りに励むソロプレイヤー「AKO」。ついでに今は、日曜日の深夜。
強そうな女兵士は、期待外れだったドロップと、数分間後に迫った月曜日に、溜息を吐きました。