感情の狭間で
自分でもどうしたらいいのか分からない。いや、本当は全部分かっているのに分からないフリをしてるっていうほうが正しいのかもしれない。
『行けよ。早く行けよ!』と必死に脳に指令を送っているはずなのに、それを煙草の煙が邪魔しているのか、アルコールが感覚を麻痺させているのか、普段は心の片隅で怯えているちっぽけなプライドが邪魔しているのか、それともこのデカいだけが取り柄の体が怠けているだけなのか、俺は指令をただただ無視している。
くわえては離しを繰り返したせいか、煙草はもうふにゃふにゃだ。まるで自分みたいだよなぁと皮肉めいた笑みまでこぼれる始末。
普通、映画やドラマの設定では、ここらへんで親友か誰かがノックもしないで蹴破るようにしてドアを空けて、俺の顔を見るやいなや物凄い形相で胸ぐらをつかんで、『お前、このままでいいのかよ!後悔したままでいいのかよ!!』とか下手なドラマみたいなこと言って、ふてくされてる俺に無言でバイクのキーを投げて、『今からだったら、間に合うから。』とか言って、それに俺も感化されちゃって、急いでバイクで空港に向かって、チェックイン間際の彼女と運命の御再会ー。
まっ、そんなことはないんだろうけど。それに俺、バイクの免許持ってねぇーし。またつまらない笑みがこぼれた。
そんなドラマ的な物語なんかあるわけがない。『すれ違い』で全てが説明できる恋愛に、あれこれ演出を加えたところで、今年最強のC級ドラマ決定だ。
俺はまた皮肉めいた笑みを浮かべながら、テーブルの上に転がったビール缶に手を伸ばす。恋愛の演出は下手なくせに、恋愛でダメになった男を演じるのは得意らしい。このままじゃいけないことなんて、当の本人が一番分かっている。しかし、こうやって酒と煙草を浴びるように堪能していたほうが、普通に考え込んでしまうよりも断然気が休まるということも、俺はよく知っている。
ふと、鏡に映った自分の顔が一瞬だけ目に入った。ずいぶんとまぁ、ひどい顔をしたもんだ。でもそんなおかしな顔を、俺はまじまじと眺めることはできずにまた煙草に手を伸ばした。長い間、あんな顔を見ることはできない。もし見続けてしまったら、俺のちっぽけな威勢はどこかと遠くに飛ばされて、心の中を片方の感情が満たしに満たしてしまうから。俺はそんな不安な感情も一緒飲み込むように、ビール缶を力いっぱい握って、わざと喉を鳴らすようにゴクゴクと飲み干した。机の上には、同じように飲み干されたビール缶が所狭しとひしめき合っている。後どれくらいのビール缶が机の上に積まれていくのか、それは俺にも分からない。
自分でもどうしたらいいのか分からない。いや、本当は全部分かっているのに分からないフリをしてるっていうほうが正しいのかもしれない。
泣き顔と、そんな自分に呆れてそれでもなんだか安心しちゃっている情けない笑顔の狭間で、俺はまだまだ揺らぎそうだ。
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