第1話 憑依転生をしたのか?
中学2年生の夏休みと聞いて、まず何を思い浮かべるだろうか?
夏休み最終日まで大事に熟成させた宿題の山か? 友達とともに頑張って練習した部活?
来年は受験ということから目をそらして、目の前にある大きなイベントに対して、期待を風船のように膨らませる。
そんな、何もかもが鮮明に、色づいて見えるであろう終業式の帰りのホームルームが始まる前のひと時。生徒たちのテンションも一段と高く、夏休みの予定の話に花を咲かしている中…
僕といえば……頭を机にめり込ませる勢いで押し付けていた。
痛い!痛い!痛い!
頭は、カチ割れんばかりにズキズキと痛み、お腹から背中のあたりまで火にあぶられたような鋭い痛みに襲われた。
息も上手くできなくなり、口からは萎んだ風船から出るような空気音しか出てこない。
鼻から血が垂れ、机の上にたらたらと落ちていくのを、涙でにじんだ視界でぼんやりと見つめることしかできなかった。
§
うぁあん……ん? あれ? ここはどこだ?
意識が急に浮上し、ハッとしてあたりを見回してみる。時計は12時13分をさし示していた。
そして、とても奇妙で、不気味な感覚に包まれる。
セットしたアラームを止めた記憶もなく、それでいて十分な睡眠をとれたような満足感。そこにフッとよぎる今、何時だろうという疑問。
思い出してはいけない、いや思い出したくない感覚が沸き上がる。
まさか……絶起したのか?
ようやく、脳みそが回転し始めたとき、横で立っている茶色い髪の女の子と一瞬目が合った。
ど、どうも~
女の子に向けて愛想笑いを浮かべていると、その女の子は、手を振り上げ…思いっきりビンタされた。
頭がピンポン玉のように吹っ飛んでいく。
え?は?なんでビンタされたん?
そんな疑問が生まれる間もなく目がチカチカと点滅して意識が遠のいていく。
目が合っただけなのに、平手打ちをされた。そんな世界に対して不平不満を垂らす。一体全体俺は何をしたというのか。
最後に視界に映ったのは眉を顰め、絶対零度の眼差しで見下ろす茶髪ポニーテールの女の子だった。
§
全身が重りににつながれたように重く感じはじめ、だんだんと意識が覚醒していく。それと同時に、全身にかけられた布団にこもった暑さのせいで不快指数が上昇していく。
「あっつ……」
保健室特有の消毒液の臭いが漂う中、一枚の布団をどかして体を起こした。
「あっ………」
横からびっくりしたような声が聞こえてきたので、横を向いてみると、なんとびっくりさっき僕をぶった女の子ではないか!
「あ、どうも~……」
相手に媚びながら、陰の者独特の鳴き声「あ」を発し、コミュニケーションを図ろうと試みる。しかし、茶髪の女の子は眉をひそめるだけで、無言のまま。
いや、なんで!?
き、聞こえなかっただけだから!決して無視されていたわけじゃないから!
誰にしているのかわからない言い訳をしながら、もう一度会話をしようと話しかける。
「あの~、あなたははだr…」
「きっしょ…」
……は? きっしょ? エ? Kissho?
初夏の後半戦に突入したであろう日の夕方、やけに蝉の声が響き渡る保健室。時計の針が刻、一刻と刻む音が厳粛に響き渡る。
もう帰ろう…そして鉄柱なりトラックなりに轢かれよう。そして念願の異世界転生をするんだ!そして、エルフのような美少女に囲まれながら…えへへへへ……
ニヨニヨしながら、俺TUEEEEの妄想に浸っていると、
「きも…」
2撃目を加えられた。
はぁ…
現実逃避を止めて、あたりを見回してみると、やはり懐かしい保健室の風景が広がる。
あれ? そこで、この状況の違和感に気付く。
なんで俺は保健室なんてところにいるんだ?
俺はもう大学生だ。大学には保健室は存在しないはずだが。
そこではっと我に返りさっきの茶髪の女の子を再び見てみる。
制服を着ていた……
制服か…いいよね。ソックス、スカート、リボン、隙が無いと思うよ。でもおいら捕まるよ。
~速報~
男子大学生、高校に不法侵入か?
そんな最悪の未来を回避するために、まずは現状の状況について把握するべく、茶髪の女の子に質問を投げかける。
「あの~、ここはどこですか? あなたは誰?」
「……」
相変わらず無言を貫く女子高生。もういっそクールだ。怒りの沸点なんて通り越して、昇華してしまった。
もうイチかバチか、ここから逃走してしまおうかと頭の中で逃走経路を練り始めていると、
「あ~、やっと目が覚めたんですね。体調などに異常はありませんか?」
僕たちが会話しているのが外に聞こえたのだろうか。
保険室の先生がカーテンを開けながら、ベットまで近づいてきた。
「あ、はい。大丈夫です。体には異常が見当たりません。でも心に深刻なダメージを負いました!」
いままで受けた仕打ちを先生にチクってうさ晴らしをする男子大学生。実にみっともない。
ニヤニヤと茶髪のポニーテールの子に視線を向けると、
「手を出したのは申し訳ないと思っている。」
といきなり、頭を下げて謝罪をしてきた。まさか素直に謝ってくるとは思っておらず、驚いて、鳩が豆でっぽをくらったように呆けてしまう。
「しかし、あの気持ち悪い顔に対して手を出ししまったことに対して怒られるのにはどうしても納得がいかない!」
なんだろ、傷をえぐるのやめてもらっていいですか?
謝罪なのか、喧嘩を売られていいるのかどちらか分からない言葉のナイフが突き刺さる。
「ちょっと、皐月さん?謝罪するのにその言葉選びはどうかと思いますよ?」
どうやら今のが謝罪であったらしい。なわけあるか!絶対息の根を止めにかかってただろ!
「しかしですね、いくら気持ち悪くても、遺伝子レベルで受け付けないような顔をしていても、むやみに人を傷つけることを言ってはいけません。」
そうだ!そうd…
先生!言っていることとやっていることが全然一致していないんですけど!
というか、俺そんなに顔面崩壊してるの?遺伝子レベルで受け付けない顔してるの?
いい加減にしないと泣くぞ?無様に泣きわめき散らかすぞ?
それでも顔面主義ではなく内面主義である俺は、人は顔ではないことを主張したが、自分にすら気を遣えないやつは、内面も汚いという正論パンチを喰らった。
正論過ぎてぐうの根も出ない…
「というか、さっきから疑問に思ってたんだけどなんで俺はここにいるの?」