序章という名の説明:噂の青年は一般人くらいには活躍する
住宅地域で奥様方が「やあねぇ」と頬に手を当て、ため息交じりに喋る。
奥様方が言うに、人も寄り付かない、無造作に鬱蒼と生え続ける草や木の中を迷いながら歩くと、更地になった場所があり、風化が進む立体駐車場がポツンと一つ、物々しい雰囲気で建っているらしい。
廃墟には人が、しかも若い男の子がね、一人で住んでるらしいの。
何が怖いか?怖い噂じゃないの。でも少し怖いかも…。
若い男の子はそこで何でも屋をやっているらしくてね。どんな相談でも笑顔で受ける子なんだって。
ある意味、怖いわね。でも、私もちょっと相談してみたいかも……。
私も悩み事があるなら、してみたいと思うのよ。でもね?それがどこにあるか分からなくって、数時間探しても見つからないとか、負傷者や行方不明者が続出してるとか、って言われてるのよぉ。
やあねぇ。
それだけ探し回っても見つからない?でも見つけたっていう人もいて……ぇえ?本当にあるの?
見つけた当人はあると言い、迷い帰る人は無いという。だから噂なのよ。
やあねぇ。
と、そんな噂を追ってここまで五時間、木々を掻き分け、真実を知るのは、ボロボロな高級スーツと高級ドレスを着た貴族の夫婦。
疲労感により体は重く、自然と猫背になってしまう。
ただ、見つけていた。更地にポツンと立つ半壊の立体駐車場。
躊躇う事無く駐車場の中へ……もう少しと踏ん張って、車専用の勾配を登る。そして、一フロア毎に誰かいないか目を凝らして確認する。
そうして、四階。廃車となった車を風よけに、粗大ごみの中からでも漁って来たかの様な、ボロボロの茶色いソファにぐだぁっと身を委ねる一人の青年が居た。
噂が本当だとするならば。
完全オフモードの青年を見つけた途端、重い足取りが嘘かの様に軽やかになり、彼の元へと駆けた。そして、プライドなどなく綺麗な土下座を青年に見せる。
「………………ん?え?いやいやいやいや、何事ですか!?」
青年はソファから急いで立ち上がり、困惑しがてら夫婦に土下座を辞めさせる。
少し顔立ちが良く、優しそうなザ・平凡な高校生っぽい青年。噂にあった、ずっと笑顔のモンスターみたいな妄想の住人ではない。
尋常に驚き笑って、日本語を喋る一般的な日本人であった。
(俺を何だと思ってるの?いや待って、噂が飛躍し過ぎてない?)
「む、娘が……攫われたのです!お願いです!娘を!娘を助けてください!」
「な、なるほど。事情を詳しく聞きましょうか」
立ち上がってからもまた腰を曲げ願う姿を見て、どれほどの誠意なのかは理解する。
「じ、時間が無いのです!」
急ぐ気持ちも分かる。愛娘が攫われた。誰かに取ってそれは自分の命が危機に陥るよりも危機だろうから。
「では単刀直入に。ここまで来るのに何時間かかりましたか?」
けれども、青年にも聞かなければならない事がある。
青年が質問しながらに、夫婦を手で対面にある木の椅子に案内すると、少し嫌がる素振りを見せながら座った夫婦。
「それが…今必要ですか?」
「……なによりも重要です」
旦那の何か言いたげで反抗的な瞳を、青年が出来る精一杯の澄んだ瞳で見つめ返してあげる。
すると、なんてことでしょう。
「……五時間です」
不貞腐れた様な態度で答えが返って来たじゃありませんか!控えめな貧乏ゆすり付きで。
「五時間……」
まあ、夫婦の態度など青年にとってはどうでも良い事だった。
そんな事よりも大事なのは、ここまで到達するのに所要した時間。
夫婦の到着は『救って欲しい』と言う意思が真実であることを意味している訳、だが……。
(うーん……)
青年は表情には出さないが、その裏、彼の脳内では、難しい顔をした自分達が議論を行う程に悩んでいた。
「分かりました。では、場所と時間を教えてください」
と言っても、目先の件を片付けるのが最優先。
「場所は……」と、聞いて数秒、場所から身代金の要求、指定された時間までが即答された。
因みに指定時間は今から一時間後。焦るのは当然だった。五時間も浪費して……ここまで…。
(??なんでこの人たち……わざわざ噂に過ぎない俺を頼ったんだ?……他に行く当てがない?そんな訳があるか。誘拐事件だぞ?金持ち夫婦だぞ?)
脳内議論中、一人が手を挙げ、核心を突いた疑問を提示すると、他の自分達が素晴らしいと拍手した。
しかし、そんな核心ニキの所為で怪しい雲行きの顔になってしまったのは、全然、全く、これっぽちも、素晴らしくない。
「分かりました。引き受けましょう」
ただそれは、今つつく問題ではない。
現在は焦り昂る貴族に、時間の真実を教えてあげる事が最優先だ。
「ですが、時間がッ!」
「大丈夫ですよ。十分もあれば街に出れますから」
本当は誰しもが迷う事なく十分で到着する場所である。
「十分で…出られる?」
何も言わずに椅子から立ち上がり、駐車場を降り始める青年。
その後ろをいそいそと歩く夫婦は「えぇ?」と顔を見合わせ眉を顰めた。
「え……じゃあ。私達は何故……」
そう、では何故、それ程までに時間を有したのか。
青年に分かり易い説明をしてもらおう!
「ここには、僕の知人の能力が使用されています。人の相談、悩みを解決する事が、僕の現状で修行。それを行う際に、本当に困ってる訳ではない人、遊び半分で、とか、お金が欲しいとか、欲望丸出しだったり、意思のない人が来ても仕様がないんです」
「そう言った人達が入り込まない為の結界という訳ですか?」
「ええ、一生見つけられないと思います」
それは五時間も費やした事への答えではないだろう。
「けれども、私達は……」
「見つけましたね。五時間かけて……」
「意思が弱かった、そう仰りたいのですか?」
「いいえ、意思はちゃんとあったのでしょう」
「では、何故こんなにも」
なので、青年、答えの続きをどうぞ。
「助けたいという気持ちが合った上で、同時に何か、そうですね。その連れ去られた子について……嫌な記憶、嫌な気持ち………ううん、直球に行きましょう。………………死んで欲しい、などと思う事があったのではないですか?」
青年は真剣な眼差しで旦那の目をもう一度見つめた。
「……そ、そんな馬鹿な!!ある筈ないでしょう!」
あからさまに目が泳ぐ、声色が震える、挙動が不審。
「そういうケースが多いと言うだけですよ。別段貴方たちがそうだとは言っていません」
旦那は動揺という言葉の権化だった。
青年は嘆息を吐く。
(図星……ずっぽし、か……………)
だから聞いている。
「だとしても、何故……時間なんか……聞いているのです?関係ない事ではありませんか?私達の依頼には……」
「関係ない、確かに貴方たちの依頼には関係ありませんね」
「で、では!「でも、僕は言っています」」
「?」
「『本当に』困っている人に手を貸す為に動いてる、って」
森を抜け、青年はそう笑って答える。
現在、青年のすべき事は本当に困っている人を助ける事。今、『本当に困っている』のは誰なのかという話。
相談事の先を見越して話を進めている青年は人よりちょっと賢くて、並みより少しだけ顔立ちの良い凡人なのである。
(ディスってんの?褒めてんの?どっちもなの?)
それから何かを察したのか、全く口を動かさなくなった夫婦とは、挨拶もなくぱったり別れた。
(着いて来んのかい)
三十分経過して、残り十分もない約束の時間。
煙突から真っ黒な煙が空へいくつも立ち上っている。ガッチャンガッチャン、ゴーンゴーンと鉄同士がぶつかり合う音や、機械が働く音が響いている。
そこは視界から空を遮断する程巨大で圧巻な工場地帯。
『関係者以外立ち入り禁止!』と真っ赤な文字で書かれた白塗りの木の看板が金網にいくつも引っかかっている。
そんな金網に沿って歩いて数分。金網の切れ目、つまり入口を見つけた。
誰もいない、何もない入口。
(この工場稼働してるんだよな?平然と人質をここに連れて来る奴らの頭も良く分からんが、工場の奴らが何を考えてるのかも分からないな……)
などと脳内で会議を続けつつ、堂々と真ん中を通って工場内へ入ると、すぐ横にトタンで作られたアーチ状の奥に長い倉庫があった。
夫婦から指示を受けた場所だ。
(シャッターで閉じられている…)
錆びて噛み合わせの悪いシャッターを持ち上げ、ぎぃぎぃと体が震わすような音を我慢しながら手が届く所まで上げる。
そこからは自動的に上がる理解のあるシャッター。ガンッと勢いよく上とぶつかる音が鳴った。
その様子を中から何十人の人間がこちらを見て笑っている。
(開けといてくれてもいいのに)
「ぉお。時間ぴったりだよぉおお!?」
(なんでこの人こんなテンション高いの?)
倉庫の一番奥から世紀末風にイカれたテンションと奇麗なフォームで普通に歩くと言うギャップを物ともしない男が青年の前に現れた。
きっちりとスーツを着こなす、グラサンを掛けたオールバックの男。刃物を金髪のツインテール少女の首元に突き刺し、ニタァと笑う。
驚きと狂気と喜びが入り混じった声と顔のカオスな状況など気にしてはいられない。
「あらららら?親御さんではない様だがぁあああ?ああぁぁあああ、なるほどぉお!?世話人の一人かぁああ?」
(語尾が、語尾のアクセントと伸ばしが気になる!!)
気にしてはいられない、筈。
「まあ、そんなところですよ」
「じゃぁあああ、さっさとぉおおお、身代金をぉおおおお」
「ないよ」
「ぁああああ?」
「ないんですよ」
現状有利だと思っているのは人数的にも状況的にも身代金を要求している奴ら。
青年は自分が誰よりも弱くて、何もかもが出来損ないだと知っている。だから、舐めて頂けると隙を突きやすくて助かるのだ。
一縷の勝ち筋に繋がる一手。
「こいつがどうなってもいいのかぁあああああ????」
(もっと近くに来い)
美少女の首に刃を当てたまま、ぎこちない足取りで青年に見せつける様、少しずつ近寄
その距離は青年が何歩か歩いて手を伸ばせば届く程。
青年は突然に男目掛けて駆けた。
「!?」
青年の咄嗟な行動に心が逸り、周囲が焦燥感を払拭して銃をしっかり構えるまで数秒。
それだけあれば青年は行動できる。
しかし、そんな中で何人かは要る様だ。そんな状況でも素早く銃を構え、この場を冷静に対処出来る人間が。
男と距離を詰め、短剣の刃をギュッと掴む瞬間、青年の背後から発砲音が一つ。
ミスれば男にも人質にも当たるだろう青年のいる場所へ、正確に標準を合わせ自信を持って発砲する人はその中でもたった一人だった訳だが。
「奪起」
「ッ!?」
残念。
弾丸が背中へと触れる寸前、刃に掌が触れた刹那、そう言葉を放つ。
「な、何をした」
その光景に目を疑うのは青年以外の、そこにいる全員だ。
切断された筈の、撃ち抜かれた筈の、短剣が、弾丸が、ドロドロのスライムの様に形を崩し、次第に青年の中へと吸収され消えていく………。
「……あぁ?あぁぁぁあああー?」
(なんで、驚き方までそんなおもろいの?)
短刀を失った直後、男は青年の顔と自分の手を何度も何度も見返し、鼻を大きく広げ、しかめっ面で驚いていた。
(笑わせたいの?)
青年はその隙を活用する。
男と少女の間に体を入れ、流動的に少女の肩に左手を回し、右の肘で男の腹部を突き倒す。
「ちょっとごめん!」
「え!?」
そして、膝の裏を右手で持ち上げる。つまりお姫様抱っこをした。
青年が「この一連の流れ、我ながらカッコいいんじゃないの?」と己惚れているのは皆、内緒にしておいてくれ。
青年は踵を返し入口へ向かう。
少女を庇いながら冷静沈着な男達から向けられた殺意、銃口の向きから、指がトリガーにかかり引くタイミングを見て、軌道を予測。
しかし、身体能力は一般人並みなので、予測したとて、発砲されたら、スマートに回避する事など出来る筈もなく、「うわっ」「あぶネッ!」など、人が汚物を足で踏むのを回避する様なダサいアクション、リアクションを取りながら、ぎこちない動きでギリギリの回避行動を行う。
因みに弾丸が体を掠っているのは当たり前、言うまでもなくな。
「……お」
青年が嬉々とした声を発したタイミング、その他の男達がハッとし銃を構えた時には、彼は既に入口に着いた。
ただ余裕を見せたのが命取りとなったのだろう。
「うぉっ……ッツ!」
最後のダメ押し、何十発かの内の一発が青年の踝を貫通した。
何も出来ないような奴が調子に乗るからと青年は脳内で自分をボコボコにしてやるのだ。
がまあ、何とか外へと出られた。すぐに追っ手は来るだろうから、青年は少女を下ろしたら直ぐに小屋へと体を向ける。
「あ、あの!」
「直ぐ逃げな。追っ手は送らないから」
手を伸ばして引き留める少女に笑顔でそう言い放ちその手をそっと押し戻した。
「あ、足が……」
青年の足から流れる血に震える少女。
日常茶飯事だと思っていたこれは、少女からしたらとても無惨な非日常なのだろう。
「大丈夫。明日には治ってる。だから早くね?」
「は、はい!」
青年はグッジョブなど、らしくない事までして余裕を見せる。
(これで少女が逃げられるのなら、どんなことだってしてみせる!!)
人助けをする時、力の持たない青年は死ぬことも含めてなりふり構っていられないのである。
そんな青年の精一杯の誠意が伝わったのか、少し安堵の表情を浮かべる少女は、全力でその工場から逃げていく。
(よしよし)
うんうんと頷きながら青年が小屋まで戻ると、ドア付近で銃を構え、彼を待望している男たちがいた。
(出られないのか?じゃあ、俺、戻る意味なかったんじゃあ!!………………あれ?)
「なんだぁあああああ、そのまま逃げればよかったのにぃいいいいい」
(その通り)
「あははは!」
しかし、入口をもう一度潜ってしまった。逃げる隙は無い。
青年は肩を落とす。馬鹿な青年……ふふふ。
「ああぁぁぁはぁはぁはぁはぁぁあああああああ!」
(気合でも入れてんの?疲れてんの?笑い方まで独特かよ)
「じゃあああああああ、お前はぁああああハチの巣だぁぁぁああああああ!」
「?」
青年は首を傾げる。
(半数くらいの人が減っている?)
そして気づいた。
男達が武器に変化した事に。
真っ白の角ばった近未来的フォルムで、マガジンから銃口に向って水色の光が流れている、意思を持った銃。
それは人間が侵略者に対抗する上で欠かす事の出来ない二つで一つの、一つ目の力。
侵略者を予兆していたかのように、いつの日か生まれた力。
特異能力を持った様々な武器へと人は変化する。
ただ、能力を持った人単体では、発動はしない。
そこで必要になるのがもう一つの力。二つで一つの二つ目の力であり、武器を扱う所持者の事。
つまり、現在銃を構えている男達。
血とも気とも何とも違う、エネルギー体が所持者には流れている。
それを所持した武器に流し込み、循環させる事で能力を発動する。つまり、能力を起動させるためのエネルギーだ。
相互関係あってこその『繋がり』を重要視したこの力は、二人の息があってこそ。
エネルギー量が少なければ、エネルギー消費量の多い武器は扱えない。意志のズレ、『思い』の部分に差異があれば、エネルギーの循環は上手くいかない。
そんな不器用な力。
男達は銃口を青年に集中させず、一人一人が全く的外れな方向を狙う。
そして、トリガーを引いた。
(悪は楽だよなぁ。逃げてれば良いんだもんなぁ)
銃口から飛び出すのは水色の光線。
地面を反射し、壁を反射し、予測のつかない動きで飛び交っている。
(光線の反射が今回の能力。……………にしてもなんで全員が全員同じ能力…………??)
上から目線で嘲笑う余裕の男達と、同じく余裕の笑顔を見せる青年。
勝てる見込みはない。けれど、余裕を見せるのだ。火災と一緒。どんな時でも落ち着いて冷静に対処する為に。
青年は光線の動きを見ながら、すたすたと倉庫内を歩く。
「ここか」
そして、立ち止まった。
男共はさらに笑う。頭が可笑しくなったと、奴隷で遊ぶ貴族の様に高笑う。
「舐めてくれてさ……」
先ほど言った。
自分が何も出来ない、こなせない、犯せない『皆無』三銃士を飼いならす落ちこぼれである事を分かっている青年にとって、舐めて頂けるのは本当にありがたい事なんだ、と。
(犯せないは違はない?大抵の人犯さないよ?守ってるのよ?)
光線同士では弾き合わない。壁に当たって地面に当たって、最終的に青年に向う。
「ありがとうね」
青年は分かっている。同時に飛び出した光線がランダムに反射している中、一つとして男達の方へ向かわない事。
じゃあこの光線の反射は何の時間なんだろうか。
男共へ向かわない光線。それはつまり男共が光線をコントロールしている事を意味している。
これは、青年を撃ち抜く前に、それを青年に見せる事によって「うわぁ!どうしよぉぉ!困っちゃたのぉおおお♡」と絶頂乙女の様な困惑で思考を潰し、焦りを誘発させる時間。真面目に言えば弾道予測、タイミングを予測されない為、吸収を阻止する為の、ちょっとした小細工と言った所。
でも、分かっちゃってんのよ。だから、青年は焦らず、笑顔でそれを迎える。
それは何か頭で分析して解析した結果ではない。(少しはしてるけどね?)
ただの直感。それ以上のない直感だ。
(全部直感じゃなi………………来る)
青年の直感通り(考察もしてるよ)、それは同タイミングで四方八方から飛んでくる。
(警戒して光線のタイミングをずらしたりされたら、こんな簡単に回避はできなかった。あー良かった、本当に舐めてくれて、面倒臭がってくれて…まじで、ありがとう)
全ての光線が体を触れた瞬間。
「ダキュラ」を今一度。
「なッ!!」
(甘かったな)
そうして、体へと吸収された光線は八割。
吸収出来なかった光線はと言うと、当然体を貫いている。
右肩、左もも、腹部、貫通。その他、多数に軽傷。
(この程度で済んで良かったぁ。いや、まだこっからかぁ。本当に…………両刀って無い方が良い力だわ……)
所持者、武器化が人類の中で三割程度の人口とする中、『両刀』それはエネルギー、武器化、どちらの力も持って生まれた、数パーセントとしかいない大変珍しい力。
エネルギーと武器化、どちらも保持している両刀は、どちらも使えると言う事ではなく、どっちつかずでどっちも使えないという中々の曲刀だ。
エネルギーは並の所持者の十分の一程度、武器化は、特殊能力もなく武器化をするだけという、一般人より少し強くアスリートと肩を並べる程度の人。ただの人。
更にこのレアケースを引いた人間は努力しても成長しないと言うかなりの悪運っぷりだ。
ただ青年はそれに加え更に変で可哀想な人。
ダキュラという人から押し付けられた力と、何とかなりそうでなんともならない力、冴えた勘、直感を持つ。
(なんかダサくね?俺)
因みにダキュラという力は吸収するだけの能力ではない。
「お返しだ」
吸収した『力』に自分のエネルギーを上乗せし、同威力以上で放つことが出来る。
青年のエネルギーはほぼ皆無の為、残念ながら同威力でしか発動できないけど、ポンコツなんて言わないであげて。
(全部、あんたが言ってんだよ)
今回は八割の光線を取り込んだ。
吸収した青に眩く光る玉が、自分の体より一センチ程の距離を取り、それぞれ撃たれた箇所から、コンロの火の様にボッと出現する。
力を溜め込む様、腰を曲げ、腕をクロスさせ胴に未着させる。
そして、それを開放するかの如く手をバッと天に広げた刹那、光は光線となり、乱雑に放たれる。
壁へ地面へ、幾らか反射し、最終的に所持者の足元を貫く。
(よし……じゃないなぁ)
「ぐぁああああッ!」「うォっ!!」「あぁああーん!」
そこら中から聞こえる、悲鳴。
所持者がいなくなれば武器化は溶け、人の姿へと戻る訳だが、青年にとっては面倒極まりない事だ。
過半数倒したら更に過半数増えた。
苦虫を嚙み潰したような顔をしても打開はしない。ただ所持者を倒したことをポジティブに考える。
戦いはまだまだ続くってわけだ、やったね。
所持者がいなくなり、武器化する人々は人へと姿を戻す。そして腰につけている帯刀を取り出し、青年へ向けた。
「うらぁッ!!」
近接攻撃に切り替わり、容赦なく斬りかかる男共に青年は先ほど吸収した小さな短刀で迎え撃つ。
しかしまあ、刃こぼれした小さな刀がギラギラに輝く磨かれた、切れ味レベル百みたいな刀身に適う筈はない。
青年の脳天を狙い振り下ろされる剣に短剣で対応するも、刃には致命的な皹が入る。
力も男共の方が上。
そのまま押し切られ短刀は真っ二つになりました。
すんでのところで、何とか肩を体に寄せて振り下ろされる剣を回避したが、安心している暇はなく、更に剣が青年を襲う。
槍の様に突き刺す剣を割れた短剣で受け流し、柄で反撃を試みるも簡単に避けられてしまう。
(やっぱ地力が違うなぁ)
それでも何故、青年は笑う。鳩尾を最初につかれたボスは不思議だった。
ギリギリの所での回避、否、もう攻撃はいくつも掠っている。逆に青年の攻撃は一つも掠りもしない。なのに何故……。
(こちらが有利なのは確かぁああ……。なのになんで俺らが押されてる様なぁあ……圧迫感、疲労を感じてんだぁあ?)
剣が左の手のひらに突き刺さる。それでも短剣を振って反撃に出る。
当たった。
最初は全く余裕で剣を振っていた男共も動揺を隠せない。血をだらだら流しながらも笑いながら反撃に出るその姿に恐怖を覚えた。
時にはダキュラ、時には自分の体を犠牲にしながら戦う姿。
幾人もの人間が剣を失い、気を失っていく。
数十分後……………。
焦燥し自棄になったのは五人の男。
自衛のために剣を振るい、連携どころか頭を使う事もなくただただ剣を雑に振う。
後ろからの跳弾。
残りの二割が打った光線。しかしそれは青年にとってナイスなアシストだ。
自我もなく剣を振う男たちと交わう前に届いた光線。
「ダキュラ」と、飲み込み、そして、すぐさま吐き出す。
一番最初に吸収したただの弾丸、そして、今まで奪った剣も同時に。
青年の死角無く体全体に配置された剣と閃光に、攻撃を仕掛ける男共が回避する術はない。
「う……うあぁぁ……」
剣はそのまま近接攻撃を仕掛けた男達に突き刺さり、光線や銃弾は、残り二割の男達を正確に撃ち抜いた。
そうして、あれだけ不利だった青年がボスを除く全ての人間を戦闘不能にした。
「よし、じゃあ、貴方で最後ですね」
実際青年の意識は朦朧としている。致死量に達している血を流しながら動いているのだ。
「な、何故…そこまでして倒れなぃいいい…何故ぇえええ、俺達が負けるのだぁああああ……」
「俺は弱いから、死ぬ前提で戦わないと守るものも守れないんですよ」
「お、お前はぁあ、自らの命をぉおお顧みないとぉおおおお?」
「それで死ねたら本望って事ですよ、次こそはね」
「くっ…それ程の意思ぃ。舐めてかかったが最後だったわけだぁああ。うん、これは潔くぅ?参ったぁぁああああああああああああああああああああああ!!!」
「良かった」
「ほ、報復はぁああ」
「分かってくれればいいんですよ」
男の土下座、もう二度とやらないと誓った男に青年はただただそう言って笑顔で去った。
というか気絶しそうだったからさっさと立ち去りたかっただけだった。
次の日、女の子が家族を連れてお礼に来た。
ありがたそうな、そうでもないような夫婦、暗い雰囲気の少女。
(どういう家族?)
夫婦はお礼をして直ぐ家へと帰っていったが、少女はここに残っていた。
青年と向き合い、顔を合わせる。
そして、少女はか細い声で、しかし、強い眼差しを向けて、こう言った。
「頼みがあるんですけど」
「ん?」
「私を殺してください」