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 それから輿入れまでの時間は、あっという間に過ぎていった。


 なんと魔王は輿入れの日程を三カ月後に指定してきたのだ。通常王族の結婚式ともなれば、準備に約一年かかる。婚約式の後、互いの肖像画を交換し合い、文通をして心の距離を縮める。それから花嫁の国内で代理結婚式を行い、輿入れするのが一連の流れだ。だがこの結婚式は、代理結婚式以外の工程を全てすっ飛ばすらしい。そもそも相手は魔王だ。今更常識がどうのこうの言っても仕方がないのだが、それにしても三カ月はあまりにも短い。

 すぐに学院の友人たちに事の顛末を報告し、退学の手続きを済ませた。シルワとフランマは酷く驚いた様子で、ぎりぎりまで反対していたが、最後は渋々了承してくれた。

 それから城内は輿入れの準備で慌ただしくなった。持参金や宝石等の用意を急ピッチで進め、結婚式用のドレスを仕立てる。

 そんな中、暇を持て余した貴族達の間では、代理結婚式の花婿役の話題で持ち切りだった。代理結婚式は国内の貴族や国民に、テオス王国との婚姻関係を示す為に欠かせない儀式だ。通常は、花婿に近しい親族の誰かが担当するのだが、魔王の親族の話など聞いたことがない。そもそも魔族は皆殆どが獣に近い姿形をしており、人語を話せるものは少ない。花婿役としては少々、いや大分違和感があるだろう。スピラの家族もその件に関してはかなり気掛かりだったが、日々の結婚準備に忙殺され、それについて議論をしている暇はなかった。


 ――そして式の当日。

 貴族たちがざわめく中、王室礼拝堂に登場したのは……


 見事な出来栄えの「動く石人形」だった……。


 それを目の当たりにした参列者たちは、例外なくその場に凍り付いた。

 フランマは笑いを必死に堪えているのか、片手で口を覆い肩を震わせている。普段は知的で感情が表情に出ないシルワも、相当驚いたのか、目をひん剥かせて口が半開きになっている。貴婦人達は口元を扇子で隠しながら、なにやらこそこそと囁き合っている。

 一番驚いたのはやはり花嫁のスピラだろう。

 繊細なレースがあしらわれた明るいブルーのドレスを身に纏い、恭しく入場する。白銀の長い髪は編み込まれ、オフショルダーの襟元は抜けるような白い肌をより一層際立たせている。国王にエスコートされながら厳かに中央通路を進むその姿は、まるで絵画の一部を切り取ったかの様だ。

 本来であれば、美しいスピラの花嫁姿に感嘆の溜息がそこかしこから聞こえてきてもおかしくはないのだが、どうやら様子がおかしい。だが、すぐにその理由は判明する。

 通路の先の祭壇で待ち構える花婿代理の姿を発見したスピラは、思わず足を止めた。あまりの驚きに声が出そうになり、反射的に横にいる国王を見上げる。しかし国王は一切笑顔を崩さず真っ直ぐ祭壇を見つめて、歩みを進める。流石に長年、この国を治めてきただけの事はある。内心の動揺はおくびにも出さず、その所作は優雅さを損なわない。スピラはその冷静な国王の姿に我に返った。一国の王女たる人間がこんな細事で動揺していてはならないのだ。


(そうよ、これは取るに足らない出来事。代理花婿が人間だろうが石人形だろうが大差ない……はず……よね? と、とにかく! 式が無事終われば問題ないのよ!)


 と無理矢理自分に言い聞かせて再び歩みを進める。

 やっとの思いで到着した祭壇の前で石人形と横並びになり、天鵞絨のクッションに跪く。大司教は二人を見下ろす形で聖書を片手に、聖句を読み上げる。必死に平常心を保ってはいるが、前代未聞の花婿代理の姿に流石の大司教も相当困惑しているらしい。使い慣れている筈の聖句を何度も読み間違い、何とも歯切れの悪い祝福の言葉となった。それから指輪を交換し、契約書にサインをして、なんとか無事に結婚式は終わった。


 おそらく大理石で出来ているであろう見事な彫刻の人形は、石の塊とは思えない程しなやかに動いた。誰がモデルになっているのかは不明だが、鼻筋の通った美しい顔立ちをしている。髪は腰の辺りまであり、身長はかなり高い。人間の動きと遜色がない動作や、声帯が無いはずなのにどこからか発せられた声の様な音。魔王の遠隔魔法で動いているであろうその人形の完成度の高さに、国家魔道士達は興味津々といった様子だった。魔法道具技師のラピスも、下がりがちな眼鏡を片手でぐいっと持ち上げ、隅から隅まで観察していた。

 その夜は、王宮内で盛大に晩餐会が開かれた。スピラは貴族や、学院の友人達と思い出話に花を咲かせた。


 晩餐会が終わり、出発までの残り三日間。

 夜は王妃ルーナと共に眠ることにした。ルーナは自分がこの国へ嫁いできた時の思い出話や、王妃としての心構えをスピラに聞かせた。ルーナはスピラと違いおっとりとした性格で、少し天然なところがある。一方で芯が強く誇り高いその気質は、しっかりとスピラに受け継がれていた。国王や兄王子はスピラを溺愛しているが故に、とにかくスピラに甘い。カエルムに至っては、妹可愛さに魔王と戦争する気満々だった位だ。しかしルーナは国王からスピラと魔王の婚姻話を聞かされても動じなかった。それはルーナが持つ不思議な力に関係している。ルーナにはちょっとした予知夢を見たり、身に起こる危険を事前に察知する能力があった。その力は国事に活かせる程ではないし、その他大勢の役に立つものでもない。だがルーナの感は高い確率で当たる。ルーナは生まれ持った能力を生かし、その身に起きたであろう、いくつかの危険を回避してきた。

 そんなルーナは、昔からスピラに対して不思議な感覚を抱くときがあった。それは一瞬だけスピラを通して見える。それが何なのかは分からないが、スピラが何かに導かれているのだと確信していた。そしてこの婚姻話はその「導き」によるものなのだという事も。

 ルーナの胸元に顔を(うず)めて、すやすや眠るスピラ。普段はしかっり者のスピラだが、寝顔はまだあどけなさを残している。そんな愛しい我が子の頭を撫でながら、ルーナは物思いに耽る。これからスピラに待ち受ける運命がどんなものになるのかは、誰にも分からない。魔王に関するとんでもない噂は色々と耳にするが、どれも信憑性に欠けるものばかりだ。人間を喰らうだとか、心臓が六つあるだとか、見るに堪えない醜い容姿をしているだとか……。しかし魔王が噂で聞くような恐ろしい人物だとはルーナには思えなかった。その昔、リーベルタース王国と魔王が結んだ条約は人間から魔族を守る為のもの。同族に対する愛情は持ち合わせている筈だ。テオス王国に進軍した者達はもれなく返り討ちにあったらしいが、少なくともここ五百年間、魔王が他国を侵略したという記録は残っていない。この事からも無闇に争いを好む人物でないことは予想できる。それにスピラには、導きがある。


(あぁ、神よ……どうか。どうか、この子の行く末に貴方様のご加護がありますように……)


 神への切実な祈りを捧げながら、ルーナはスピラの額に優しく唇を落とした。

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