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 スピラは強気な姿勢を貫いているが、実際この婚姻話は前途多難だ。そもそもテオス王国について知っている事は殆どない。知っている事と言えば、魔王が治めていて、国民は皆魔物だという事位だ。魔物の殆どは獣に近い姿形をしており、知能は人間と比べると低いものが多い。文献には人型の魔物である、「魔人」なる存在の記録も残っているが、実際見た者はいない。人間的、文化的生活が送れるかさえ分からないのだ。

 唯一救いがあるとすれば、スピラが魔物をこよなく愛する魔物オタクだという事。見方を変えれば、テオス王国は魔物のパラダイスだ。魔物図鑑や文献にも記されていない未知の魔物に、堂々と接触出来るチャンスとも言える。実際、文献には残っているが未だ確認されていない魔物は数多く存在する。


「それにわたくし、ちょっと、わくわくしておりますのよ。未知の魔物に出会えるチャンスですもの!」

「スピラ……。まったくお前という子は……。どこまで前向きなんだ。きっとルーナに似たんだね。お前がお母様似で良かった」

「ええ。ですからお父様、わたくしの事は心配なさ……」


 スピラがそう言いかけた時、国王はすっと立ち上がり、両手をいっぱいに広げる。


「スピラ。おいで」

 言葉の意図を察したスピラは、迷わず国王の胸に飛び込む。国王はスピラの背に腕を回し、ぎゅうっと抱きしめる。


「……お父様」

「スピラ。もし危険だと感じたら、すぐに帰って来なさい。後の事はどうにでもなる。自分の事を大切にしなさい」

「はい」

「不甲斐ない父ですまない」

「そんなこと、ありませんわ。お父様が治めるこの国の民は皆豊かです。家族もこの国もわたくしの誇りですわ」

「……お前は肝心なところで、我儘を言わない」

「お褒めに預かり光栄ですわ。どうか心配なさらないで下さい」





 それからスピラは私室に戻った。

 ここ数日で色々あって疲れが溜まっている様だ。部屋の長椅子にドカッと座り、背もたれに全体重を預ける。


「これからが大変ね……」

 一人そう呟くと、天井を仰ぎ瞳を閉じる。


 これからテオス王国に了承の旨を認めた返書を送り、正式な輿入れの日程が決まる。いずれは近隣諸国の何処かへ嫁ぐ事になるだろうと思っていた。実際、婚約者候補もいた。しかし魔王の妻になるのは想定外だった。国王の前では気丈に振舞ってみせたが、正直不安でいっぱいだ。学院もおそらく退学する事になるだろう。シルワやフランマ達にどう説明しようか、どのタイミングで伝えるべきか。考えるべき事、やるべき事があり過ぎる。

 色々な考えがスピラの頭を巡り、心身ともに疲労がピークに達している、その時だった。


「ミャー……」


 と、か細い獣の鳴き声がする。弾かれる様に足元に目をやると、魔物のミーヤが綺麗な瞳でスピラを見つめていた。

 ミーヤは一か月程前、北の森に訪れた際に、怪我をして蹲っているところを発見し保護した。国内での魔物の飼育や売買は禁じられている為、見つかったら面倒な事になる。しかしあの場に放って置けば、他の肉食獣の餌食になっていたことだろう。幸いミーヤの姿は猫にそっくりで、魔物だと気付かれにくい。初めはスピラも猫と見間違った程だ。怪我が治ったら気付かれない様に、北の森に返す予定だったのだが、何故か懐かれてしまい名前まで付けてしまった。

 因みに魔物は基本的に草食性で、魔物同士で殺し合う事はしない。


 スピラはミーヤを両手でそっと抱き上げ、膝の上に乗せる。


「ミーヤ。心配してくれているのね。なんて優しい子なのかしら」

「ミャー、ミャッ、ミャー!」

「そうね、あれこれ考えたって仕方ないわよね……。ひとつずつ解決していけばいいのよ。ありがとうミーヤ。何だか元気になってきたわ!」

「ミャッ、ミャー!」


 ミーヤが本当にスピラを励ましているのかは不明だが、元気になったようだ。

 するとコンコンと、扉を叩く音がする。


「スピラ、カエルムだ。入って構わないか」

「お兄様! ええ、構いませんわ」


 どうやら国王から事情を聴いた兄のカエルムがスピラを心配して訪ねてきたようだ。

 スピラは慌てて立ち上がり、身なりを整える。

 入室したカエルムは、スピラを見つけるや否や、鼻息荒く大股で歩み寄る。目の前まで来ると、スピラの両肩をがっちり掴む。


「スピラ! 事情は聴いたよ。魔王の妻になるなんて前代未聞だ」

「お兄様……。心配して下さってありがとうございます。ですが、わたくしは大丈夫ですわ。もう決めましたの」

「いいや、駄目だ。君は何も分かっちゃいない。魔王は人間嫌いで有名なんだ。何か裏があるに決まってる!」

「……そうかもしれませんわね。ですが、断るという選択肢はあり得ません。断ればどんな報復を受けるか分かりませんもの」

「そんなもの、蹴散らしてやる!! まったく何を考えているんだ魔王は!」


 普段は穏やかで何事にも冷静沈着なカエルムだが、シスコンを拗らせているせいか、妹の大事となると冷静ではいられないらしい。


「そういう訳にはまいりませんわ。わたくしの命一つと、我が国の国民全ての命、どちらを優先すべきかは明白ですわ」

「僕にとっては、君の命も国民の命も同列だ! ノードゥス王国に輿入れし、同盟を結べば何とかなるかもしれない。元々かの国の王子は婚約者候補だったじゃないか」

「確かにその様な話もありましたが、魔王に求婚された時点で、その話は白紙になったも同然です。ノードゥス王国とて、魔王を敵に回してまでわたくしを娶ろうとはなさらないでしょう」


 ノードゥス王国はリーベルタースの西に隣接している。五年前までは領有権を争いリーベルタースと対立していた。最近になってようやく国境が安定したので、友好の証としてスピラを輿入れさせる計画が練られていたのだ。だが魔王がスピラに求婚したとなれば話は別だ。魔王のお気に入りの姫君を横から搔っ攫えば、ノードゥス王国もただでは済まないだろう。スピラ一人の輿入れを巡って戦争にでもなれば洒落にならない。


「…………。しかし!! このままでは……」


 カエルムは、普段は頭の切れる青年だ。だが今はこの当たり前の予測ができない程に混乱しているのだろう。

 カエルムはこの国の次期国王だ。私的な事情で国事に関わる重要案件を判断することは許されない。しかし妹命のカエルムに「国か妹か」の選択を迫るのはあまりにも酷というものだ。


「…………スピラ。取り乱してすまなかった……。意志は固いようだね……」

「はい」

「そうか……。だが、どうか無事でいると約束してほしい」

「ええ、約束致しますわ。それにわたくしを甘く見ないで下さい。これでも国家魔道士ですから。そう簡単にはやられてやりませんわよ!」

「そうだな……。僕の妹は頼もしい」


 それだけ言うとカエルムは、スピラをそっと抱きしめた。

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