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 パルピュイアは上半身が人間、下半身が鳥の姿をした魔物だ。体長は十五~二十センチ。頭には木の枝に似た二本の小さな角が生えている。角の長い方が雄、短い方が雌だ。人が立ち入るのが難しい切り立った崖の窪みに好んで生息する。

 魔物とその他の動物との決定的な違いは、魔力の有無だ。魔力は土、水、火、風、闇、光の六つの属性に分類される。ハルピュイヤは風の属性。身の危険を感じると、局所的な竜巻を起こしたり、風を操って対象を吹き飛ばしたりする。ハルピュイヤの攻撃力はそれ程高くないが、知能が高い。人間の言葉をある程度理解し、簡単な会話が可能だ。


(今日はなんていい日なのっ!! 人語の分かる魔物に出会えるなんて……!! 神様、貴方って最高!!)

 と神へ感謝の祈りを捧げるスピラ。本当は声に出してこの喜びを表現したいのだが、ハルピュイアに逃げられてしまっては困る。

「えっと、初めまして。わたくしはスピラ。――その、もし宜しければわたくしと少しお喋り致しませんか?」

 もしハルピュイアと会話できれば、魔物図鑑には載っていない彼らの生態や、特質を聞き出せるかもしれない。これは絶好のチャンスなのだ。

「ちょ、ちょっと姫様!! 何普通に話しかけてんですかっ!? 危険すぎますっ!」

 アウィスは、すかさずスピラの行く手を遮るように腕を差し込む。

「あら大丈夫よ。前から言っている通り、何もしなければ絶対に攻撃してこないわ」

「それでも危険です!! もう少し離れましょう!! とにかく距離を取らないと――」

 そうやって二人がああだこうだと口論している間に、葉に隠れていた二匹の内の一匹が、姿を現した。

「ククッ、イイニオイ」

 ――すると次の瞬間、一匹のハルピュイアがバサッと翼を羽ばたかせて空中を舞う。次いでスピラの肩にすとんと着地した。

 あまりに一瞬の出来事だったので反応が遅れた。二人とも固まったまま、スピラの肩にとまったハルピュイアに視線を動かす。

「クククッ、スピラ、イイニオイ、ホウコク、ククッ」

(い、今この子、わたくしの名前を呼んだわ!! すごいっ! なんて賢いの!! というか嬉しい!!)

「――あの……お会いできて嬉しいわ。出て来てくれてありがとう。貴方、お名前はあるの?」

 スピラは内心の興奮を悟られぬよう、出来る限り穏やかに問いかける。

「ククッ、ナマエ、ナイ、ククッ」

「そうなの。貴方達はどうしてここに? この森は貴方達の住処ではないでしょう?」

「スミカ? ナニ? ククッ」

 ハルピュイアは首を傾げる。おそらく知らない単語なのだろう。

「お家ってことよ。分かる?」

「オウチ、ワカル、ククッ――ホウコク、ククッ」

「――え? ほうこく?」

 突然出てきた新たな単語にスピラは戸惑う。

「ククッ、ホウコク、ヨロコブ、ククッ」


 するとハルピュイアは再び、翼を羽ばたかせて宙を舞い、もう一匹のハルピュアと共にどこかへ飛んで行ってしまった。

 スピラはハルピュイアが飛び去った方角を惜しむように見据えながら、がっくりと肩を下ろす。もっと聞きたいことがあったのだが仕方がない。


「残念だわ。せっかく仲良くなれるチャンスだったのに」

「会話出来ただけでも、充分凄いですよ!」

 魔物は基本的に攻撃されない限り、人間に危害は加えないが、慣れ合う事もしない。だから今回の様に一言二言であっても会話出来たのは、非常に貴重な体験なのだ。

「そうね……。ラッキーだったと捉えるべきよね」

「そうですよ! やっぱり体質が関係しているんですかね?」


 スピラは幼い頃から何故か魔物に好かれる体質だった。だが、それはスピラのごく身近な人間しか知らない。魔物に好かれる体質の人間などそうそういない。もし、悪意のある人間に知られれば、悪事に利用されかねないからだ。

「そうかもしれないわね。だけど、どうしてこの森にハルピュイアが……。ここはハルピュイアの生息地からかなり離れているのよ」

「――羽休めじゃないですか? どこかへ移動している途中だった、とか」

「んー。考えられなくは無いわね。今は繁殖期だし。餌を求めて飛んでいて、ここまで来てしまったのかも。でも、そうじゃないとしたら――」

 スピラは魔物オタクらしく、ハルピュイアが何故この森に居たのかについて、色々な仮説を列挙し始める。

主は完全に自分の世界に没入しているが、アウィスにとっては何時もの事なので、あまり気にしていない様子だ。長年の経験から、こうなった彼女には何を話しかけても無駄だと理解しているのだ。――それから何の気なしに空を見上げると、かなり分厚い灰色の雲が頭上を覆っていた。

 アウィスは遠慮がちにスピラに向けて口を開く。

「――あのー、姫様」

「……………」

 スピラは未だ、ぶつぶつと独り言を呟いている。

「ちょっと、姫様!! 聞いてくださいって!!」

 アウィスは、スピラの真正面に立ち、両肩をがしりと掴む。すると、スピラははっと我に返り、きょとんとした表情でアウィスを見つめる。

「お楽しみのところ大変恐縮なんですが。かなり空模様が怪しくなってきたので、そろそろ帰りましょう」

 スピラは、頭上を見上げる。すると、今にも降り出しそうな灰色の空が視界いっぱいに広がる。

「――まぁ。これは早く帰った方がよさそうね。まだ色々と見て回りたい所があったのだけれど……仕方ないわね。――帰りましょう」

 スピラは踵を返す。アウィスもその後ろに続き、スピラを追いかけようとした、その時だった――


「ククッ、スピラ、ココ、クククッ」


 突然、聞き覚えのある声がスピラの鼓膜を震わせる。

(――え? 今の声……。まさか、さっきの……!?)

 その考えが一瞬でスピラの頭をよぎり、衝動的に後ろを振り返る。――すると先程までは確かに誰もいなかった筈のその場所に、一人の少年が佇んでいた。髪と瞳は夜の闇より暗い黒。肩には先程のハルピュイアを乗せている。何とも表現しがたい不思議な雰囲気を纏った少年は、ハルピュアに向けていた視線をゆっくりとスピラの方へ動かす。


「お前か。僕を呼んだのは」


 ――その声を聞いた途端、スピラは何故か強烈な眩暈に襲われる。突然起こった体の不調に困惑し、質問に答えられずにいると、痺れを切らした少年は、スピラ目掛けて真っ直ぐにやって来る。

 アウィスは素早くスピラを背に隠し、魔力を帯びた剣を構えて牽制する。

「そこの少年! 止まりなさい! これ以上近づけば子供とて容赦はしない!!」

 相手はアウィスより年下の少年が一人。わざわざ剣に魔力を流すまでもないと冷静に考えれば分かる筈だが、何故か本能がそれを許さない。

 一方少年は、全力で威嚇してくる男に侮蔑の眼差しを向ける。

「――……まったく。何年経とうと変わらないな。これだから人間は……」

 少年は、剣先の一メートル手前でぴたりと足を止める。次いで、右手をゆっくりと肩の高さまで持ち上げてアウィスに掌を向ける。――すると次の瞬間、アウィスは手から剣を落とし、膝から崩れ落ちる。それから倒れてしまわないよう、掌で地面を必死に押し返し、何とか体を支える。自分の身に一体何が起こったのか分からないが、この状況は非常にまずい。

 少しでも気を抜くと落ちてしまいそうな意識を何とか奮い立たせて、アウィスは声を絞り出す。

「……ひ、め、様……お逃げ……く、ださい……!!」

「――アウィス!? ちょっとしっかりして!! どうしたというの!?」

 スピラはアウィスの体を支えながら、必死に声を掛ける。しかし、アウィスはそのまま気を失ってしまった。

 スピラはキッと目の前の少年を睨む。その瞳は静かな怒りを孕んでいる。

「貴方。アウィスに何をしたの?」

「話の邪魔になるから眠ってもらっただけだ。先に刃を向けたのはその男の方だ」

 スピラはすぐにアウィスの口元に手を翳す。――確かに息はあるし、呼吸に乱れもない。

(――良かった。だけど、どうやって眠らせたの? 杖も持っていないみたいだし。詠唱もしていなかったわよね……)

 スピラの頭の中をぐるぐると疑問が駆け巡る。どうやら先程の眩暈は治まったようだ。頭痛は若干残っているが、話せない程ではない。

「貴方、わたくしに用があるのでしょう? 何が目的なの」

「それを聞きたいのは僕のほうだ。――何故僕を呼んだ」

「わたくしが貴方を呼んだ……? 言っている意味が分からないわ」

 まったく話が嚙み合わず、暫く沈黙する二人。先に口を開いたのは少年の方だった。

「この子がここへ連れてきた。スピラとはお前のことだろう」

「――え? ええ、まぁ。――て、そうではなくて!! まさかその子は貴方のお友達なの!?」

「お友達? ――……まぁ、それでもいいだろう。今度は僕の質問に答える番だ。――君は何者だ」

(『それでもいいだろう』って! 適当過ぎるでしょ!? しかも、何でこんなに偉そうなのかしらこの子!)

 スピラの額にピキっと青筋が浮かぶ。どうやら一言、言ってやらねば気が済まないようだ。

「ちょっと貴方ねぇッ……! わたくしもまだ貴方に質問があるの! 貴方の質問に答えるのはその後よ!!」

 すると、先程から二人のやり取りをおろおろした様子で見守っていたハルピュイアが、スピラの肩にやって来た。

「スピラ、ケンカ、ダメ、ククッ」

「――あら、わたくしとしたことが。貴方に怒っているのではないのよ。怖がらせてごめんなさいね。――そうね、ここは年上のわたくしが、大人の余裕でもって対処せねばならないわよね」

「で、君は何者なんだ?」

 少年は白けた表情で問いかける。

 スピラはそのなめ切った態度に内心で憤慨するも、深呼吸で何とか平常心を保つ。

(――ふぅ。冷静に……。冷静に答えるのよ)

「申し遅れましたわ。――初めまして。わたくしは、この国の第一王女スピラ・リーベルタースと申します」

 すっと王女の顔になったスピラは、厳しい淑女教育で身に付けた完璧なカーテシーをして見せる。すると少年はその優雅な所作に一瞬瞠目する。しかし次の瞬間には渋面を作る。

「ほう。それで? ――どうやってこの子を手懐けた? 何を隠している?」

「――はっ? 手懐けたですって!? 貴方さっきから失礼すぎるのではなくって!? わたくしはなにもしていないわ。その子とは、さっき偶然ここで出会って少しお話しただけよ」

「――……そうか。どうやら僕の質問に真面目に答える気はなさそうだな」

「なっ!! わたくしが嘘ついているとでも言いたいの!? ちょっと貴方さっきから――」

「もういい。面倒だ。――直接覗いてやる」

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