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お久しぶりの投稿です。今回は文字数が約9000文字あるので、ちょっと覚悟してください笑
『よいかリリウム! 何としてでもこの舞踏会でお前の伴侶となる相手を見付けるのだ。この際、長男であれば家格は多少低くても構わん! 魔法は使えずともお前には愛嬌がある! 自信を持ちなさい!』
『は、はいお父様! でも……私やっぱり……』
『でもじゃないっ! ほら、しゃんとしなさい!! 背筋を伸ばして前を向く!』
『は、はい!! ――こんな感じでしょうか?』
『うむ。それでニコッと笑ってごらんなさい』
夜の闇が迫る頃、リリウムとその父を乗せた馬車は、軽快な蹄の音をパカパカと鳴らしながら宮殿までの道を走らせていた。
今年で十六歳になるリリウムはそろそろ結婚適齢期だ。しかし、魔法を殆ど使えないリリウムには、浮いた話が一つもなかった。この国では、魔法使いである事が上流階級の証の一つでもある。特に貴族は非魔法使いを毛嫌いする傾向が強い。縁談の際も魔力量と属性を加味する家が殆どだ。
父は可愛い娘の為に、あの手この手を使って縁談の機会を設けたが、結果は連戦連敗。非魔法使いに対する世間の風当たりは想像以上に厳しかった。だが、父は諦めてはいなかった。基本的に貴族同士の結婚は両家の利害が一致することではじめて成立する。しかし、魔法使いかそうでないかに関係なく、リリウムの良さを分かってくれる男に出会えれば道は開けるかもしれない。
舞踏会やサロンは貴族同士の出会いの場でもある。特に今夜、王女の十二歳の誕生日を祝して開かれる舞踏会には、国内各地の有力貴族が大勢招待される。つまり、今夜の舞踏会は娘の伴侶を見つける絶好のチャンスなのだ。そんな訳で宮殿までの道すがら、父は娘の淑女指導に躍起になっていた。
――程なくして馬車が宮殿に到着する。
辿り着いた会場内には既に多くのゲストが集まっていた。美しい音楽が流れる中、国中の紳士淑女が優雅にダンスを踊っている。
リリウムは眼前に広がる綺羅びやかな場内の雰囲気に圧倒される。暫く胃の辺りをさすりながらその場に立ち尽くしていると「行ってきなさい!」と父に背中を押される。それから重たい足取りで場内をとぼとぼ歩いていると、不意に後方から声を掛けられる。
『あら! やっぱりリリウムさんだったのね。――ごきげんよう。侯爵夫人のサロン以来ね』
そう口にした女は、ふんだんにレースがあしらわれた豪奢なドレスを身に纏い優雅に扇を靡かせている。周りには数人の取り巻きを引き連れている。彼女らは扇で口元を隠しながら何やらひそひそと囁き合っている。
『ごきげんよう、フロース様!』
『最近どうしてらしたの? サロンではめっきりお見掛けしなくなって……私達皆、寂しく思っておりましたのよ?』
『――えっと……。それが最近、ぷっつり招待状が届かなくなってしまって……』
リリウムはしゅんと肩を落とす。
『――そうだったの……。……でも、仕方ないわよね。貴方ってほら、何というかちょっと間の抜けた所があるじゃない? 侯爵夫人のサロンには、名のある哲学者や詩人、国家魔道士の方々が大勢招待されるでしょう? そんな中に貴方のような方がいても……ねぇ?』
取り巻きがクスクスと嘲笑を漏らす。
『…………そう……ですね。私みたいな者は、侯爵夫人のサロンに相応しくないのかもしれません』
『あら、自覚があったのね。それにしても侯爵夫人は本当に慈悲深い御方よね。伯爵家に生まれておきながら魔法を一つも扱えない貴方を、心ならずも招待して下さっていたのだから……』
『…………はい。本当にお優しい方です。――また折を見てお手紙を出してみます』
『まぁ無駄骨になるでしょうけれど、お好きになさったら良いんじゃない?――ところで、貴方のパートナーは何方にいらっしゃるの? 折角だからご挨拶しておきたいのですけど?』
取り巻きが再びクスクスと嘲り笑う。
リリウムは感情を押し殺すように下唇をグッと噛んで俯く。
こうして嫌味を言われる事には慣れてる。物心ついた時から今までずっと、周りから除け者にされてきたのだ。今日だって何時ものように、ただ時が過ぎるまで耐えていればいい。
暫らく俯いていると、扇に隠れたフロースの口元がニヤリと片頬笑む。
『……そういえばリリウムさんにはまだパートナーがいらっしゃらないのだったわね。でも安心なさって? 私の知り合いで丁度パートナーを探してる殿方がいらっしゃるの。それで貴方の事をお話したら、是非紹介して欲しいと言われて。――そこの貴方、ちょっと呼んできてもらえる?』
フロースがそう言うと、取り巻きの内の一人が群れから外れ、人混みの中に姿を消した。
嫌な予感がしたリリウムは、今すぐにでもこの場を立ち去りたかったが、フロースは侯爵家の娘でリリウムよりも家格が上だ。下手に動いてフロースの機嫌を損なえば、絶対ややこしい事になるに決まっている。ただでさえ、役立たずな自分の所為で家族に迷惑ばかりかけているのに、これ以上苦労を強いる訳にはいかない。
リリウムは仕方なくその場で遣いの女が戻るのを待つ――……
『――閣下! こちらです!!』
フロースはまだ少し離れた場所にいる男に向けて手招きをする。
弾かれる様にフロースが見据える方向に目を遣ると、やせ細った白髪頭の老人が人混みから現れた。
リリウムはその姿を見て顔面蒼白になる。其れも其のはず、その男は、年甲斐もなく女と見れば尻を追いかけまわす様な、生粋の女誑しで有名な人物だった。それに彼はただの女好きではない。彼には過去に三人の妻がいたが彼女達は皆、早世なのだ。噂によると、皆奴隷同然の厳しい家訓で虐げられていたそうだ。三番目の妻に至っては手袋の隙間や襟元から爛れた火傷の痕が見えたと証言する者が複数人おり、貴族間で一時期專らの噂になっていた。因みに三人の妻の死因は、山賊に襲われたとか、病に倒れた等様々だ。しかしその情報を真に受ける野暮な貴族は皆無に等しい。
リリウムは恐怖のあまり、その場に硬直してしまう。同時に喉はカラカラになり尋常ではない手汗が吹き出す。
硬直したリリウムの前までやって来た男は、舐め回すようにリリウムの全身を眺め、ニヤニヤと卑猥な笑みを浮かべる。
『初めまして、可愛らしいお嬢さん。フロース嬢から話を聞いて是非会ってみたいと思っておったのだよ。――私の話は聞いておるかね?』
リリウムは小刻みに震える体を何とか制して質問に応える。
『…………は、はい! 侯爵閣下。お噂は兼ね兼ね伺っております……。お会いできて光栄です。アルブス伯爵家のリリウムと申します……』
『――ああ、知っておるよ。お前さんが“ニヒル”だという事もな。だが安心せい。儂はそのような小さき事は気にせん質だからな。――どうだ? せっかくだし儂と一曲踊らんかね?』
男は片手を差し出す。
リリウムはその言葉に返せずに沈黙してしまう。ここで男の手を取ればもう逃げられない気がした。あっという間に婚約の話が進んで、そのまま結婚に至る未来が容易に想像出来てしまう……。婚約者がいれば断る事も容易いが、自分があぶれ者である事は周知の事実。ここで下手な嘘は付けない。それに男は、侯爵家の人間だ。ここで誘いを断る、という選択肢はない。仮にそんなことをすれば、侯爵家の面子を踏みにじったと非難され、アルブス伯爵家の評判は地に落ちるだろう。その最悪な未来を回避する唯一の道は、男の差し出した手に、自分の手を預ける事。……――そう頭では分かっているのに、体が動いてくれない。まるで頭と体が切り離されたかのように、自分の体が思い通りにならない。
フロースは、硬直したまま微動だにしないリリウムの姿を見て、ニヤニヤとほくそ笑んでいる。
一方男は、一向に返事が返ってこない事に早くも苛立ち始め、不機嫌そうに眉根を寄せる。
『……どうしたのかね? ――早くしないと曲が終わってしまうではないか』
リリウムはその声でハッと我に返り、顔を上げる。――額に嫌な汗がたらりと伝う。全身から一気に血の気引いて行くのが分かった。――それから、の記憶は殆どない。気が付いた時には、その場から駆け出していた。
嵩張るドレスを両手で持ち上げ、全速力で場内を駆け抜ける。途中、踊る人々の肩に何度もぶつかるが、それでも速度が落ちる気配はない。一心不乱に走り続けて辿り着いたのは、宮殿の外れにひっそりと佇む東屋だった。
リリウムはドレスが汚れるのもお構いなしで、目の前の椅子に突っ伏す。綺麗にセットしてもらった髪は見る影もない程に乱れている。土の地面を駆けて来た所為で靴もドロドロだ。
――自分は何て愚かな事をしてしまったのだろう……。逃げ出すなんて一番やってはならない事だ。頭では分かっていた筈なのに……それなのに……。
『あーーーーっ!!!! 私のバカバカバカバカーーー!!!』
リリウムの瞳から大粒の涙がとめどなく零れ落ちる。
『そんなに自分の事をバカバカ言うもんじゃないわ』
『――わっ!!!! …………び、……びっくりしたぁぁ…………』
『……あら。驚かせてしまったみたいね』
リリウムは、一気に上昇した心拍数を落ち着かせようと深呼吸をする。それから、ゆっくりと後方を振り返り、改めて女の姿を確認する。――しかし、庭は薄暗い為あまりよく見えない。
『あ、あの……どなたか存じませんが……私に何かご用でしょうか……?』
リリウムはグスンと鼻をすする。
『特に用はないのだけど……。ちょっと夜風に当たりに来たの。ここは、わたくしのお気に入りの場所だから』
『……そうなんですね。――あの……。私、もう少しだけここにいても構いませんか? まだ会場に戻る気にはなれなくて……』
『ええ、勿論よ。――だけど何があったの? こんな人気のない場所でお伴も付けずに、たった一人で泣いているなんて……』
リリウムは、今出会ったばかりの顔も名前も知らないこの女に、事の顛末を話して良いものか迷う。しかし、誰かに聞いてもらわないとやりきれない気分だったので話すことに決めた。
『――そう。そんな事があったのね……』
『……はい。……私、取り返しのつかない事をしてしまいました……。侯爵閣下もお怒りでしょうし、紹介して下さったフロース様の顔にも、泥を塗るような真似をしてしまいました……。もう家族にも顔向け出来ません……。出来ることなら、このまま何処か知らない街へ逃亡してしまいたいです……』
リリウムは暗い表情で俯く。
『――自棄になっては駄目。取り敢えずその逃亡計画は却下よ。魔法を使えない貴方では仮に平民になったとしても働き口は限られてくるでしょうし……』
『うぅ…………。そ、そうですよね……。私みたいに愚図で、何の取り柄もない女じゃ何処に行ってもやっていけっこないですよね……』
『……貴方を罵りたかった訳じゃないわ。ただ現実的に考えて逃亡はお勧めできないという話よ』
『…………すみません。私いつも“ニヒル”だって陰で馬鹿にされているので……卑屈になっているのかもしれません……』
『そんな、くだらない謗言を口にする者達は放って置きなさい。確かにこの国では魔法が使えないと何かと不便な事が多いと思うわ。だけどそれは、貴方が自分の価値を貶めていい理由にはならないでしょう?』
『…………うぅ。そうかもしれません。――でも私は、自分に自信が持てません……』
『――わたくしは、貴方をよくやったと思うわよ? 誰だってそんな男と結婚するのは御免だもの。貴方は自分の事以上に、家族や他人を思いやれる優しい人。だから、ギリギリまでそこを動かなかったのでしょう?』
『…………。――でも私……結局、逃げて来てしまいました……』
リリウムの目尻に、じわりと涙が滲む。
『そうね。でも、時には逃げたっていいの。自分の意志を尊重してあげるのは大切な事よ。――それがどれだけ間違っている事のように思えたとしてもね』
『……でも私、……家族にまで迷惑をかけてしまって……。家族は、いつもこんな私の味方でいてくれたのに……』
『ならば、尚更自分を誇りに思うべきだわ。貴方はその危険な男から自分の身を守ったの。仮に貴方がその男の妻になったとして、貴方の家族はその結婚を心から祝福出来るかしら? 貴方の家族は、貴方の命より家の面子を気にされるような方々なの?』
『――わっ、私の家族はそんな冷たい人間じゃありません!!』
リリウムは、泣き腫らした顔で必死に訴える。
『――そうでしょうね。あなたを見ていれば分かるわ』
『…………あの、それって――』
『さっきも言ったでしょう? 貴方は自分の事以上に他人を思いやれる優しい人だって。それは貴方が、沢山の愛情を注がれて育ってきた証だわ。――だから、これ以上自分を責めるのはお止めなさい』
その言葉に、リリウムの抑えていた感情が喉の辺りまで、ぐっとこみ上げる。
『…………で、でも……私、…………』
『私や、貴方の家族が貴方を許しても意味のない事だわ。他の誰でもなく、貴方が貴方を許してあげなくては。――貴方は気付いているかしら? 自分自身を侮辱する事は、貴方の愛する家族を侮辱する事と同義なのよ』
『…………』
女は、それっきり沈黙してしまったリリウムの両手を掬い上げ、優しく包み込む。
冷え切ったリリウムの手に、女の温かな体温が伝わってくる。不思議と心まで温まっていく気がした。それと同時に、押し込めていた沢山の感情が、雫となってはらはらと頬を伝う。それから、自然と女の腰に抱きついた。
女は突然抱きついて来たリリウムを咎める様子もなく、優しく背中を擦ってやる。
どれ位の時間そうしていたのか分からないが、暫らく思いっ切り泣いて落ち着きを取り戻したリリウムは、ゆっくりと女の腰から腕を離す。
すると女はすっと自分のハンカチをリリウムに差し出した。
『…………あ、ありがとうございます……。私……見ず知らずの方に……こんな……』
『気にしないで。落ち着いたならよかったわ。――それで、これからどうするつもりなの?』
『……取り敢えず、会場に戻って侯爵閣下とフロース様に謝罪しようと思います。それから結婚は……何とかお断り出来るように手を尽くしてみようと思います……』
『……それがいいわね。――それと、これはわたくしからの提案なのだけれど……貴方わたくしの侍女にならない?』
その突拍子もない言葉に、リリウムの思考が一瞬停止する。自分は、一応伯爵家の娘だ。女はそれを把握した上で、この提案を持ちかけてきた。つまり、この女は侯爵家以上のご令嬢という事になる。――そこまで思い至って、再びリリウムの顔が青褪める。女が何者なのかも確かめずに身の上話を聞かせた挙げ句、抱き着いて号泣してしまった。しかも、暗くてよく見えないが、女のドレスは自分の涙と鼻水で汚れているに違いないのだ。
焦ったリリウムは、女の顔に自分の顔を可能な限り近付け、何とか姿を確認しようとする。しかし東屋がある場所は陰になっているので、暗くてよく見えない。
『あの!! ちょっとこっちに来てください!』
リリウムはすかさず女の手を取り、開けた場所まで連れて行く。――そうして月明の下に露わになったその姿は……輝く白銀の髪に春の新芽を想わせるグリーンの瞳。月華を浴びてより神聖さを増したその少女は、いつも遠目に眺めていたこの国の第一王女の姿にそっくりだった。
いや、そっくりというレベルの話ではない。白銀の髪色はこの国では非常に珍しい。見た所、年の頃も王女の年齢と同じ位。話している時は、年下だなどとは夢にも思わなかったが、気付いてみれば声音はまだ幼さを含んでいる。
リリウムは驚きのあまり、呆然とその場に立ち尽くす。
暫くその状態で硬直していると、不審に思った少女がリリウムの顔の前で片手を振る。
すると我に返ったリリウムは、慌てて片膝をついて頭を垂れる。
『……こここれは王女殿下!! 此度はた、たたたいっ変失礼致しました!! 御身に働いた無礼千万の数々……何とお詫びを申し上げたら良いのか…………!!!!』
少女は一瞬寂しげな表情をみせる。
『……そんなに畏まらなくていいわ。護衛は巻いてきたから、ここにはわたくし達だけしかいないしね。それにそんなに気にする事ないわ。何も無礼だなんて思っていないもの』
『――ですが……!! その……私の涙やら鼻水やらで……王女殿下のお、おおお召し物が…………』
『ああ、それは全然構わないわ。そんな事より話の続きをしましょう。貴方がわたくし付きの侍女になればその侯爵家の男も下手な事は出来ないでしょうし、貴方もこの土地から逃亡せずに済むじゃない? 悪い話ではないと思うのだけど』
『――それは勿論私にとっては身に余る程有り難いお話ですが………王女殿下には何の特もありません……。私の家は王家の後ろ盾になれる程の力を持っている訳ではありませんし……。非魔法使いの私が、お側に仕えれば王女殿下にご迷惑をかけるかもしれません』
『力が無いのは返って都合がいいわ。どの有力貴族にも属していないアルブス家だからこそ、貴族間の微妙な均衡を崩さずに済む。それに後者の件は心配不要よ。わたくしには既に貴方と同じ魔法を使えない侍女が一人いるの。一人が二人になった所で大差ないわよ』
『…………』
(そう言えば、侯爵夫人のサロンでそんな噂話を聞いた事があったような……。私と同じ伯爵家の生まれで魔法が使えない娘の話を……)
『――それと! わたくしに何の特もないと言ったけれど、そうでもないわよ』
少女はにっこりとっと微笑む。
『――へ? で、ですが…………』
『わたくしは貴方を気に入ったの。貴方はとても素直だし、心根の優しい人だわ。皆、自分の長所には鈍感なものなのよ。――ね、だからお願い! 貴方の様な人がわたくしの側には必要なの!!』
そう言うと少女はリリウムの両手を掬い上げ、縋る様な瞳で見つめる。
先程の大人びた態度とは一転して、その表情からは、年相応の愛らしさが垣間見える。年齢にそぐわない包容力と芯の強さから、目の前の少女が年下なのだという事実をつい忘れてしまいそうになる。一方で、自分を見つめる少女の揺れる瞳は、どこか危うさを孕んでいるようにも見える。出来る事なら、この強くて優しい少女の力になりたい。だけど何の取り柄もない自分に何が出来るというのだろうか。魔法も使えず、利口でもないこんな自分に……。
『出来る事なら王女殿下のお役に立ちたいです……。ですが私では力不そ――』
『貴方がいいの!! 失敗してもいいわ。完璧でなくてもいいの! 向いていないと思ったら辞めたって構わない! もしそうなっても、貴方やアルブス家を咎めたりしないわ!!』
少女はリリウムの手を握る力に、一層力を込める。
(……分からない。王女殿下はどうしてこんなに必死になって――)
『――どうしてそこまでして私なんかを……』
『わたくしの側には、信頼できる人間が必要なの。だけどそう簡単に巡り合えるものじゃない。だから、わたくしはこのチャンスを逃したくないの!!』
何がどうしてこうなったのかは分からないが、少女は明らかに自分を過大評価している。
今まで家族以外で自分を評価してくれる人間なんて一人もいなかった。魔法が使えないと分かった途端に、友人だと思っていた人達は自分の許から去って行った。父が国中を掛けずり周り、やっとの思いで取り付けた縁談も全て失敗に終わった。これでも自分なりに努力はしてきたつもりだ。誰にも馬鹿にされないよう、毎日夜遅くまで礼儀作法やダンスのレッスンに励んだ。どんなに邪険に扱われようと、社交を疎かにしたことはなかった。それがどんな時も味方でいてくれる、愛する家族に出来る唯一の恩返しだったから。だけど本当は、サロンにも舞踏会にも行きたくなかった。ただ自分を笑い者にするだけの為に用意された舞台も同然だったから。
過去の努力が報われた事などただの一度もなかった。全ては自分が魔法を使えない所為。いつだってこの大きな壁にぶち当たる。どれだけ努力したって変える事の出来ない現実。何をやっても報われないのなら、いっそのこと――……。そんな風に考えてしまう日もあった。
だから分からない。少女が何故ここまで必至になって自分を必要だと言ってくれるのか。自分よりも少女の侍女として相応しい人物はいくらでもいる筈なのに。どう考えたって自分には不相応だ。
――だけど……。何なんだろう、この胸の内から湧き上がる高揚感は。心の奥ががじーんと温かくなる。まるで、枯れることを知らない泉のように、体の内側から力が漲ってくる。少女の期待に応えられる自信も確信もないのに――
『――……リウム? リリウム!! ちょっと貴方、わたくしの話を聞いているの?』
『――……へ?』
『『へ?』じゃなくって! ――わたくしの侍女になってくれるの!? くれないのっ!?』
少女は、期待と不安の入り混じった表情で詰め寄る。
『え!? あっ! は、はいっ! お引き受けします!!』
(あ…………)
『まあ!! 本当の本当にっ!? ――まって! 返事は不要よ!! 言質は取ったわ!!』
(――し、しまった……っ!! つい、勢いに任せて了承してしまった……。 ――あーもうっ!! こうなったらやるしかない!! 覚悟を決めるのよ、リリウム!!)
リリウムは、少女に握られたままの両手をそっと解き、目的地目掛けて小走りで駆け出す。
(確かあそこにあったはず……!!)
――それから三分も経たないうちに戻って来たリリウムは、積んで来たばかりのそれを少女に差し出し、跪く。
『私リリウム・アルブスは、今この時から命が尽きる最後の瞬間まで、王女殿下に忠義を尽くす事を誓います!』
少女は差し出されたそれと、頭を垂れるリリウムを交互に見る。
『――これは……。菫の花ね? 花言葉は確か『忠誠』だったかしら』
『はい、その通りです。――私は果報者です。今日受けたご恩に加え、王女殿下の側仕えとしての栄誉まで頂きました。何の取り柄もない私が、王女殿下に捧げることが出来るものなんて、これ位しかありません。――どうか、受け取って下さい』
すると少女は一歩歩み寄り、花弁が散ってしまわぬよう、慎重にそれを受け取る。
『――お立ちなさい』
リリウムはすくと立ち上がる。
『貴方の誠意、しかと受け取りました。これからの貴方の働きに期待しています』
『ご期待に添えるよう、誠心誠意お仕え致します!』
リリウムは凛と胸を張って、少女を真っ直ぐ見据える。
『ふふ。きっとこれから楽しくなるわね! 末永くよろしくね、リリウム!』
少女はにっこりと微笑む。
そうして輝く満月が二人を見守る中、リリウムは満面の笑みで、『はい!』と、元気よく返事をした。
読了お疲れさまでした~!('◇')ゞ




