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 魔王と二人取り残されたスピラは、とっくに忘れかけていた昨晩の出来事を思い出す。せっかく魔王の真摯な態度に感動していたのに、最後の“あれ”でドンッと谷底に叩き落とさてしまったのだ。近くに寄れば何をされるか分かったものではない、と昨晩の苦い経験から学びとったスピラは、横に立つ魔王からさり気なく距離を取る。すると、その様子に目敏く気付いた魔王は不思議そうな表情でスピラに問いかける。


「どうしたんだ? そんなに離れて」

「……へ? 別に離れてなどおりませんわよ。わたくしのパーソナルスペースはこれくらいが適当なのです」

「……いや、それは少し遠すぎると思うんだが。……まさか昨日からかった事をまだ怒っているのか?」


(そこじゃないでしょうがっ! 何でそうなるのよこの人はっ!!)


「……それはもう気にしていません。そこではありません。昨晩陛下が去り際にわたくしになさった事を、忘れたとは言わせませんわ」

「――去り際に? ………………あっ。額にしたキスのことか」

「そう、それです!! 陛下はわたくしが嫌なら何もしないと、そう仰ったのに!!」

「――んー……。額にキスも駄目なのか。それは僕が悪かったな、すまない。許して欲しい」


(――な、何というか初対面の頃と印象が違い過ぎて、いよいよ同一人物なのか疑わしくなってきたわね……)


「……確認したいのですけれど、あの森で出会った少年は陛下で間違いありませんか」

「ああ、そうだが? 何故今更そんな事を聞くんだ」

「……いえ。ただちょっと確認してみただけです」

「――そうか。リトスの代わりに城内を案内してやりたいところだが、僕はこれから仕事があってね。君は部屋まで送ろう」

「リトスから聞きましたわ。商いをなさっているのですよね」

「ああ。ちょっと不備があってな」

「――ずっと気になってうずうずしていたのですけれど……!! 先程『ペタルーダ』と仰っていましたわよね!? まさかこちらにはペタルーダが生息しているのですか!? 確か蛾の姿に鳥の尻尾が生えた魔物でしたわよね!! 最後にリーベルタースで確認されたのは四百年前でしたわ。それが商いとどう関係しますの!?」

「…………君は本当に魔物の知識が豊富だな。説明するより、見てもらった方が早そうだ。――僕の近くへ」


 少し躊躇いはあるものの、ペタルーダについて知りたいという探求心には勝てず、大人しく魔王の元へと歩み寄る。――すると突然両足が地面から離れ、あっという間に魔王に横抱きにされる。二人はみるみるうちに金色の光に包まれ――気が付いた時には別の部屋へと移動していた。



 そこは全体的にごちゃごちゃしており、他の豪奢な作りの部屋とは全く印象が異なる。部屋の壁に備え付けられた簡素な木製の棚には、埃を被った瓶や変わった形の坪、古ぼけた本などが乱雑に置かれている。天井からは、乾燥させた植物がいくつもぶら下がっており、薬草の匂いが漂っている。一際目を引くのは、中央に配置された大人三人位は余裕で収まりそうな鉄製の鍋だ。

 他の部屋とは一線を画したその部屋の雰囲気に、スピラは心を踊らせる。早く見て回りたい気持ちになるが、魔王に横抱きにされているので身動きが取れない。それにこの姿勢だと否応無しに顔が近付くので恥ずかしい。


「陛下!! 早く下ろして下さいませっ!!」

「――ん? ああ、そうだったな」

「――どうしてわざわざ抱きかかえる必要がありましたの!? 普通に突っ立っていたって転移出来ますでしょう!」

「ああ。だが君は転移に慣れていないだろう。こないだ玉座の間で尻餅をついていたじゃないか。怪我でもされたら僕の心臓に悪い」

「――あっ、あれは!! なんの前触れもなく転移させられたからであって……。そのうち慣れますから! 次からは普通にして下さい!!」

「そこまで言うなら残念だが仕方がないな。僕は結構楽しいんだが」

「なっ! 何が楽しいんですの!? 意味がわかりませんわ!」

「それは……言ったら君はまた怒るだろう」

「…………分かりました。言っていただかなくて結構ですわ。――ところで、ここは何をする部屋なのですか」

「――君はペタルーダが幼虫期に繭を作る事は知っているか」

「ええ、勿論ですわ。ですがそれとこの場所に何の関係が?」

「ペタルーダの繭は丈夫でね。羽化した後の繭をそのままにしておくと、なかなか土に帰らないんだ。初めは、僕が火魔法で燃やして処理していたんだが……。どうせなら糸にして売った方が経済的だと思ってね」

「まぁ!! そういう事でしたのね! 素晴らしいお考えですわ。それで、今からここで糸取りをするのですね!」

「ああ、そういう事だ」


 すると、魔王が話し終えるのとほぼ同時に、部屋の隅に予め描かれていた魔法陣が光り始めた。――金色の光の中から現れたのは、先程転移魔法で何処かへ行ってしまったリトスだった。肩には大きな生成色の袋を背負っている。


「只今戻りました」

「ああ、ご苦労だったな」


 リトスはその大きな袋の中身を部屋の中央にある巨大な鍋にゴトゴト落とす。

 その様子を(つぶさ)に観察していたスピラは居ても立っても居られなくなり、その巨大な鍋の中を覗き込む。するとそこには、人間の赤ん坊一人がすっぽり収まってしまいそうな位の大きな繭が十個程見えた。スピラはその繭の美しい白に目を奪われる。ふわふわで如何にも触り心地が良さそうだ。


「――なんて美しいの!! 凄い!! 本物だわ……。挿絵でしか見た事がなかったけれど……こんなに美しいなんて……。陛下!! さ、触っても宜しいですか!?」

「――随分と嬉しそうだな。勿論構わないよ」


 魔王がそう言うと、鍋の底に転がっていた繭の一つがふわふわと宙を舞い、スピラの手元にぽとりと落ちた。スピラは瞳をキラキラ輝かせて繭をあちこち撫で回す。ふわふわすべすべのその触り心地に思わず口元が緩む。ペタルーダが羽化した後の穴の中を覗いてみたり、穴に手を突っ込んで内側がどうなっているのか確かめてみたり……。

 感動と興奮で完全に自分の世界に没入しているスピラの姿に魔王は堪えられない、といった様子でくすりと笑う。


「……君はそんなにそれが気に入ったのか」

「ええ! だってこんなに大きくて美しい繭、他にありませんもの! 素敵過ぎますわ!!」

「……そうか。君はやっぱり面白いな」

「わたくしには陛下のツボがさっぱり分かりませんわ。そんなことより!! 早く糸引きを始めましょう!!」


 スピラは自分が繭を見たいと言った事で、作業が中断している事をすっかり忘れている様子だ。

 魔王はそんなちょっと天然な妻の姿を微笑ましく思いながら、スピラの手元にある繭を魔法で運び鍋に戻す。

 するとそのやり取りを側でじっと見ていたリトスが口を開く。


「陛下。私はまだ仕事がありますので、この辺で失礼します」

「ああ。後は任せろ」


 リトスは軽くお辞儀をして部屋を後にした。スピラはその姿を見届けてから、先程の様子とは一転して神妙な面持ちで口を開く。


「――陛下。わたくしリトスに、余計な事を言ってしまったみたいで……。情けない話で申し訳ないのですが、今のわたくしでは力不足なので……。リトスの事を気にかけてあげて下さいませ」

「ん? そうか、やはり何かあったのか。分かった、後で尋ねておこう。――それと、君がそんなに気にすることはないよ。――君はどうもなかったか」

「ええ、わたくしは何ともありませんわ。――やっぱり陛下はリトスの事をよく見てらっしゃるんですね」

「ああ。気の遠くなる様な時間を共にして来たからな。あれは君と違って素直じゃない質なんだ。性根は真面目で優しい子だよ。少し時間はかかるだろうが、気長に付きやって欲しい」

「短い付き合いですけど、素直じゃないことはよく分かりましたわ。――勿論めげたりしませんわよ! 片思いですが、わたくしはリトスが好きですから」

「……それは聞き捨てならないな。僕を差し置いてリトスが好きとは」

「――えっ? も、勿論そういう意味の『好き』ではありませんわよ!?」

「なら、僕の事はそういう意味で『好き』か?」

「え!? そ、それは………いやというか、それと今のお話と何の関係がありますの!?」

「――ふっ。やっぱり君は素直だな」

「……っ! また嵌めましたわね!! もうこのお話はおしまいです! とにかくさっさと続きを再開しましょう!」

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